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59.Trump

 相変わらず、北の風は冷たい。

 崖の上から辺りを見渡しても一面真っ白だ。吹雪と、雪原の凹凸だけが視界に入る。


「秋也さん。生体反応がありました」


 無線からしろの声が聞こえた。しろが発見した反応が、俺のコンタクトレンズ上で赤いマークとして表示される。


「……遠いな」

「10kmぐらいかな」

「兄さんなら楽勝でしょう」


 アダムの声。楽勝、か。そうでもないんだけどな。

 俺は崖から飛び、ジェットブーツを起動させる。空中を蹴り、赤いマークを目指した。冷たい風と雪が肌に当たると、流石に痛みを感じる。


「やっぱり、兄さんの視界は面白いですねぇ」


 コンタクトレンズ越しに街の基地にいるサポーター達に映像が伝わる。この技術は、最近開発されたものだ。中央都市奪還から半年、あらゆる技術は向上した。

 目的地付近に降り立つと、いた。子供だ。震えながら蹲っている。俺はその子の恰好を見て気の毒に思った。半ズボンだ。おそらく、前世で暑い気候のもとで死に、この北の戦地に送られた。運のない子だ。

 俺は「もう大丈夫だ」と声を掛けながら、コートを着せてやった。このコートも技術の結晶、耐久性と寒暖の調整に優れた一品。子供は驚いて、目をぱちぱちさせている。


「あったかい」

「そうだろう」


 俺は向き直り、無線を掛ける。


「少年を保護。転送装置の準備を始める」

「了解。いつでもどうぞ」


 不思議そうな顔をしている少年の視線を華麗に無視して、俺は作業に取り掛かる。四本の棒を少年を囲むように配置し、電源を起動する。


「秋也さん、説明はしてあげないの?」

「面倒だからって無言はだめでしょう」


 二人の気持ちもわかるが、長々と説明してこの子が理解できるはずもない。世界のことも、装置の原理のことも。後者に関しては、俺も何度聞いても理解できやしないが。

 この転送装置は、静止している物体を特定の場所に送り届けることのできる夢のような機械だ。実際は、機械人間が街を攻め込む際に利用していた兵器だが、負傷者の救護や、新人の保護にも役立てる。問題点は起動に時間がかかる点と、送受信装置が一定の距離内に必要である点。つまり、いつでも使えるわけではない。


「秋也さん! また生体反応」

「多分、動きからして動物(アニマル)ですねぇ」


 無線から数秒後、雪煙が見えた。ああ、あれか。


「おい、少年。動くなよ」

「え、でも、あれ……」

「大丈夫、いつものことさ」


 スノーウルフ。集団で獲物を狩る北のハンター。犬好きの俺にとっては厄介な相手だが、初めて遭遇した時と比べて、幾分戦い易くなった。何故なら、あいつらは至近距離に近付くと口が四つに割れる。見た目が怪物なら、俺も戦い易い。


「5、6、7匹か……」


 俺は先行して飛び掛かってきた一匹を抜刀と同時に切り伏せ、次に左右から襲い掛かってきた二匹を回転して斬り飛ばした。その様子を見るなり距離をとった四匹を拳銃で撃ち抜く。無線から「ひゅー」と口笛の音が聞こえた。アダムだろう。

 少年は俺の言葉通り、動かなかった。ただ、呆然と俺を眺めていた。


「よく動かなかったな。スバラシイ」

「お兄ちゃんが何しているのか全く見えなかった」

「ああ、そうか。まぁ、見えない方がいい」


 転送装置に付属しているランプが点灯し、少年の周りが電気を帯び始めた。


「え、え、何が起こってるの?」

「安心しろ。今から綺麗なお姉さんのいるところに飛んでいけるぞ。酒好きの変人もいるけどな」

「それ、安心していいの?」

「ああ。他の班よりはよっぽどまともだ」


 強烈な光が少年を包み、彼は転送された。彼の立っていた部分だけ雪原が削り取られている。残った四本の棒は黒焦げになっていた。これがこの装置の一番の問題点だ。送信装置が一度しかもたない。


「無事転送完了。ところで、綺麗なお姉さんって私のこと?」

「聞いてたのかよ……」

「そりゃあそうでしょうよ。あっしが綺麗なお姉さんなわけはねぇ」

「ああ、アダム。悪かったよ」


 アダムの怒りを含んだ物言いが少しおかしかった。

 スノーヴィレッジに帰還すると、真っ先にノーマンと遭遇した。


「葉鳥、帰ったか」

「ええ。ノーマンさんも」


 グレートウォールの英雄である俺が北の街で任務を行っていた理由は応援だ。近頃、北と南でアニマルが増加しているらしい。不思議なことだが、そういった戦力の波が、この戦場では定期的に発生するようだ。


「葉鳥、この後少し時間をくれないか?」

「え? ああ、まぁ、帰還報告が終われば時間はありますけど」

「そうか。では後で俺の隊舎に来てくれ」


 そう言って彼とは別れた。なんだろう。ノーマンからのお誘いとは珍しい。

 俺は俺達に与えられた仮の隊舎へ戻った。扉を開けると、しろが防寒着を着込んだ姿で登場した。


「秋也さん、おかえりなさい」

「ただいま。大丈夫か? まだ寒い?」


 しろはふふっと笑った。白い息が上がる。


「やっぱり、私は長く住めないみたい」


 ULの総量が少ないしろは、北の大地には向かない体質だ。隊舎は温度を上げて、できるだけ過ごしやすくしているつもりだが、どうもそれだけでは限界があるらしい。


「しろだけでも早く帰れるように進言してみるよ」

「大丈夫。私も葉鳥班なんだから、一緒にいさせて」


 彼女に「一緒にいさせて」と言われて、俺が断る理由はどこにもない。

 その後、俺はノーマンの隊舎に向かった。彼の隊舎は巨大な作りだった。人口が少なく、土地が広大なスノーヴィレッジでは、他の街と比べて建物が大きい。隊舎だけで本基地なみの大きさだ。

 ノーマンはおしゃれな部屋でワインを用意していた。二人掛けのソファに、ノーマン一人で座っている。今更だが、彼の容姿は彼の通り名通りだ。"野人"。普段毛皮を着ているから原始人のように見える。だからこそ、俺が彼を部屋を含めてみた時、似合わないと思ったのも仕方がないことだ。


「何か飲むか?」

「オレンジジュースを」

「本気で言っているのか?」

「未成年なんで」


 彼は「そうだったな」と笑って、俺にワインを注いできた。人の話を聞いていないのか?

 その時、部屋の扉が開いた。


「ちょっとぉ~ノーマン。私が来るときは出迎えてよねぇ。あなたの隊舎、ただでさえ広いの……に……」


 ボディラインに沿ったピチピチのスーツを着た女性が、長い髪をかき上げながら現れた。俺の姿を見るなり動きを静止させ、直ぐに叫び声を上げて扉の陰に隠れた。


「なになになに!? ちょっと、ちょっとぉ!! 人がいるならいるって言ってよね!!」

「ははは、すまんすまん」


 俺はノーマンに視線を向けた。彼は笑って立ち上がり、隠れていた女性を引っ張り出してきた。


「葉鳥、こいつが"透明眼(ステルスアイ)"だ。姿を見せるのは初めてだな?」

「やだぁ、私、こんな格好なのにぃ。言ってくれてれば、普通の格好で来たのにぃ」


 透明眼ステルスアイ? 北の英雄の一人で、機械人間騒動の際はアーサー隊長達を助け、初めて中央都市から帰還した兵士。俺も、声だけならば面識はあったが……


「いや、でも、待ってください。俺が会った時は、男の声でしたよね」

「うん? ああ、変声器だ。こいつは変わり者でな。極度の恥ずかしがり屋で、自分の格好を見られるのも、声を聞かれるのも恥ずかしがって、こうなる」


 ノーマンが指をさす。今、彼女は蹲り、顔を両手で隠している。耳まで真っ赤だ。


「カ、カティア、ですぅ。よ、よろしくぅ」


 顔を隠されたままの自己紹介。俺は「ど、どうも」と答えた。


「さてと、もう一人、そろそろ来る筈なんだが……」

「もう来てますよ」


 その男はフォーマルなスーツを着て、トランプを美しい手さばきでカットしながら現れた。風上隊長並みに若く、顔立ちの整った男だった。


「ああ、マシュー」

「ノーマンさん。こちらが、あの」

「ああ、"無表情(ポーカーフェイス)"の葉鳥だ」


 男は背筋を伸ばして俺に近付いてきた。縮こまっている透明眼ステルスアイとは大きな違いだ。真っすぐ俺の眼を見て、チャーミングな笑顔を見せる。


「北の英雄の一人、"ギャンブラー"のマシュー。宜しく」


 なんだよ、格好いいじゃないか。ハリウッドスターみたいだ。

「よろしく」と俺が手を伸ばそうとすると、彼はトランプのデッキの中から一枚引き、そのカードを見て、爆笑した。笑った顔もイケメンだ。それはともかく、なんで笑っているんだ。俺にはカードの裏面しか見えないが、表を見たところでその謎が解けるとは思えない。

 彼は笑いながらノーマンの肩をバンバンと叩いている。


「ははっ、おいおいおい、はははっ、彼は、ははははっ、面白っ、面白い人だねぇ」


 ノーマンの右隣にはいまだに顔を赤くして小さくなっている女性。左隣にはトランプを見て3分以上も笑いっぱなしのイケメン。


「この三人が北の英雄だ」


 ああ、そうかい。


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