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58.Lizu 3

 仰向けに倒れた彼女は苦悶の表情を浮かべている。白いシャツがみるみる赤く染まる。一撃で殺すつもりだったのに殺せなかった。

 気配を察知して、私はその場で飛んだ。ライフル弾が足の下を通り過ぎていく。見ると、怒りで顔を歪めた小太りの男がライフルを構えていた。


『落ち着けフィリップ!』

『む、無理ですよ。パーカーさん、あいつは……彼女をっ!』


 更に銃声。私は身体を捻ってそれを避ける。小太りの男は数名の仲間に取り押さえられた。


『何するんです!』

『相手はキメラだ。闇雲に撃っても当たらない。落ち着け。お前はセシリアを助けるんだ。俺達が相手をする』


 ショットガンの男は武器をカスタマイズする。両隣にいる兵士は剣を抜いた。


『相手は本間隊長と渡り合ったこともあるキメラだ。油断するな』

『了解!』


 剣を持った二人が走りかかってくる。


「遊びのつもり? 隙だらけっ」


 私は空中を駆けて向かってくる二人の首を切り伏せた。確かな手ごたえがあった。だが、肉を切った感触がない。殺したはずの二人は、私の背後から切りかかってきた。


「何よっ」


 私は再び飛んでそれを避けた。


『機械人間が使っていた厚さ数mmのシールドだ。容量は少ないが量産化に成功した。俺達も進化している』


 ショットガンが放たれた。弾速が通常よりも遅い。私はそれを余裕で避ける。ところが、避けた弾が私を追尾した。油断していた私は弾の数発を腕に受けた。腕に複数の穴、血がにじむ。しかし、破裂しない。


『パーカーさん! 行けますね』

『このまま押し切るぞ。油断はするな』


 技術の進化。おそらく、人間に中央都市を奪われた影響。

 次々と兵士の増援が駆けつけてくる。実力はしれている。しかし、盾が邪魔で仕留め切れない。その隙にショットガンの男が弾を放り込んでくる。実力として厄介なのはショットガンの男だけ。正確に隙を突いてくる。それ以外は雑魚、なのに、一人も殺せていない。


「邪魔なのよ……邪魔なの!!」


 私は全力で飛んだ。視界に写った兵士を斬りまくった。そのうち、一人の盾が壊れた。耐久の限界を迎えたのだ。私がそいつに狙いをつけると、またショットガンの兵士が走ってきて、仲間を庇った。私の爪はショットガンを斬りつけたが壊せない。硬い。武器自体の硬度も変化している。


「鬱陶しい!!」


 私は力を入れてショットガンの男を後方に吹き飛ばす。その間に、雑魚兵士の銃弾が数発身体に打ち込まれる。小さな破裂が起き、身体から血が流れる。痛い。致命傷には至らない。でも、ただの兵士にここまでやられるなんて。

 そこで、私はゆっくりと近付いてくる男を目でとらえ、絶望した。


「"ヤクザ"……」

『騒がしい思ったら、どっかで見た顔やなぁ』


 木刀を振り上げる。前回、こいつと戦った時は、無茶苦茶な戦い方に振り回されて苦戦した。もし、この男まで強化されていたのならば、私には勝てない。でも、引くわけにはいかない。


『へぇ、やる気やんけ』

『本間隊長……』

『悪いな、パーカー。こいつもらうで』


 負けない。こんなところで死ぬわけにはいかない。人間なんかに殺されてたまるか。

 私は限界まで速度を上げ、ヤクザに向かっていった。首を斬ってやる。私の爪がその首元に届く。やった。そう思った。直後、衝撃が肩から腹にかけて襲った。

 私はそのまま叩き落とされるようにうつ伏せになった。血で地面が染まっていく。私の血だ。身体が動かない。右肩から腹にかけて斬られている。ああ、痛いなぁ。とても、痛いなぁ。斬られるって、こんなに痛かったんだっけ。

 歓声が聞こえた。私を倒したことへの、喜びの声だ。


『やりましたね、本間隊長』

『だいぶ弱っとったわ。お前らの手柄や。それより、小娘の様子はどうや?』

『病院の前ですからね。治療は十分に行えます。命に別状はないようです』

『そうかい』


 死にたくない。死にたくない。私は、まだ死にたくない。

 私は這ったまま少しずつ動いた。動くと、口から血が溢れた。


『隊長、とどめは?』

『お前らの手柄や。好きにしい』

『人間の部分を多く持ったキメラか。全く、殺しにくいな』


 私の頭の上でカチャッという音が聞こえた。銃口が向けられた。いよいよ、その時がきたんだ。

 記憶が頭に浮かんだ。どこかの家で、人間に囲まれて過ごす記憶。なんだろう。とても暖かい記憶。人間を殺すことよりも、遥かに幸せな記憶。


「かはは、なんだ。ピンチじゃねぇか。リズ嬢、助けてやるよ」


 衝撃が地面から伝わった。銃が私の頭から離れるのがわかった。


『なんだ、こいつ。空から……』

『またキメラやな』


 顔を上げて見ると、ブラックがいた。ただし、いつもの小さな烏の姿ではない。その姿はバッドに似ていた。二足歩行で大柄の人間のような体格で立っている。全身は黒く、顔だけ烏、瞳だけ蜻蛉だ。


「ブラック……なんで」

「かはは、まぁ、大切な俺達のお姫様だからな。するってえと俺は姫を助けに来た王子様か? かはは」


 ショットガンの男が銃を撃った。ブラックは翼を広げ、羽ばたき、弾丸を吹き飛ばした。その突風で油断していた兵士数名が転がった。


『おいおい、えらい強いやんけ』

『あんなキメラ、目撃例がありません』

『新しい奴か、そうじゃなけりゃ……会った奴が全員殺されてるかや』


 ヤクザが走る。速い。私と対峙した時よりも。


「かはは、また今度相手してやるよ」


 ブラックは再び羽ばたいた。凄まじい突風は地面の石畳すらはがし、病院の看板が飛んで行った。

 気が付いた時、私はブラックに背負われて空を飛んでいた。ブラックは再び姿を変え、先ほどの姿よりも大柄で、より烏に近い姿で飛翔していた。


「……あんたがこんなに強かったなんて知らなかった」

「能ある烏は爪を隠すってな。かはは」

「何よ、それ……」


 私の傷は塞がっていた。私の再生能力はそれなりに高いから。

 でも、心の中にできた空間は塞がらない。遠い昔の記憶と、私の世話をしてくれた彼女の存在が、私の胸を温かくする。それが、とても辛かった。


「あいつら、強くなってるわ」


 何か喋らないと飲み込まれてしまいそうだ。


「ただの兵士ですら、殺せなかった」

「かはは、安心しろ。結局、人間は滅ぶ。根拠はあるぜ。言えねぇけどな、かはは」


 人間は滅ぶ。私が殺せなかった、あの人も、いずれ。

 殺すべきだった。こんな感情、処理できない。

 私は嗚咽を上げて泣いていた。


「かは……おいおい、どうしたリズ嬢」


 死んでいった仲間達、私が殺してきた人々。

 私はどうすればいいのだろう。




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