57.Lizu 2
私はキメラの中で唯一、完全なヒト型に身体を変化できる。この身体は役に立つ。
人間の姿でジャングルを歩く。見た目には、幼い子供が薄布一枚でジャングルを彷徨っているように見える。この姿を目撃した人間は、大抵油断して近付いてくるから、後は首を刈り取ればお仕舞い。
でも、今回は違う。私の目的は街に侵入して、指示された特定の人間を暗殺すること。だから、さっそく声を掛けてきた兵士の命は救われた。運がいいね。
『大丈夫? 大変だったでしょう? もう安心よ』
膝を折り、私の目線に合わせて喋る人間は、まだ若い女性兵士だ。何を言っているのか聞き取れないけれど、優しい口調だから、私をただの新人と見ていることは理解できた。
『セシリア隊長~あれ、その子は?』
『子供じゃんか』
若い女性が二人、また現れた。女性のみの班構成のようだ。
『きっと新人の子よ。でも、あんまり反応がなくて』
『ショックを受けているんじゃないすか?』
『嬢ちゃん、名前は?』
何かを問いかけられたようだが、分からない。私はホワイトフットやマーダーのように人間の言葉を理解することはできない。だから答えられないし、反応もしない。
『ちょっと、不気味な子っすね」
『こら、突然こんなところで目を覚ましたら心が疲れて当然でしょ。街に連れて帰りましょう。おいで』
最初に私に話しかけた兵士が私の手を引く。街の方向へ進み始める。作戦は成功した。
私の手を引く彼女は綺麗だった。私は殺人衝動に駆られる。殺したい。殺して彼女達を食べてやりたい。でも、私は我慢した。他ならない兄さまの頼みだ。失敗する訳にはいかない。
街の警備と金網を抜け、狙撃手の見張るポイントを抜け、私はショットタウンへ侵入した。バッドの死んだ土地。寄生植物事件から随分と復興されている。
見張りの警備兵と私の手を引く彼女が何か言葉を交わしていた。
『お帰りセシリア。その子は?』
『パーカーさん。この子はジャングルで見つけた新人です』
『全然愛想ないですけどね~』
『こらっ』
『体の調子が悪いのかもしれないな。病院に連れて行こう』
病院、と聞こえた。嬉しいよ。私はそこに用がある。
『誰かに任せようか』
『いいえ、私が連れていきます。手も空いているし』
『げっ、マジで』
『あんた達は戻ってていいわよ。私が連れて行くから』
何やらホッとしている二人の兵士を侮蔑した目で見た彼女は、私を見るなり直ぐに笑顔を作った。
『じゃあ、行こうか』
その時、大声が聞こえた。小太りの男が息を荒げながら走ってくる。
『ぼ、僕も行くよ。ついていく』
『フィリップ、あんた見張りの任務は?』
『ちょうど交代の時間だったんだ』
『そう。ありがとう。じゃあ、行きましょう』
流れは分からないが、どうやら面倒見のいい彼女と、小太りの男が私を案内してくれるらしい。
街を歩くと、多くの人間を見かけた。殺したい。私の腹の底からゾクゾクとした感情が湧き上がり、身体がぶるぶると震える。
『大丈夫?』
『どうしたの?』
『この子、震えてて』
いけない。私は深く息を吸って吐いた。落ち着け。騒ぎを起こすな。
突然、引き寄せられた。温かく、柔らかい感触。私の手を引いていた彼女が、私を抱きしめていた。何をしているのだろう。意味が分からない。いい香り。不思議。心が落ち着く。
『落ち着いた?』
彼女の言葉に、私は無意識に頷いていた。何? 私は今、何をした?
『やっと反応してくれたね』
明るい笑顔を私に向ける。私はただ驚き、再び歩き出す。まだ、胸の奥が温かい。これは、何なの。
私はキメラ。神の妹。人間は殺される為だけの存在。
病院に入り、広い部屋で順番を待つ。私は私自身の動揺から目をそらすように、本来の目的に集中した。医師の殺害。それも技術と知識の高い医師。黒人のクロードと呼ばれる男。見当たらない。何処にいる。
椅子に座って待っていると、看護師の中で異質な存在が彼女に話しかけた。
『あら、セシリアにフィリップ。病院に用?』
『キャサリンさん』
ショットタウンの英雄、"おかま"。接近しただけでわかる。相当強い。危うく、戦闘態勢に入るところだった。私は無心に努める。
『この子をお医者さんに診てもらいたくて。できればDr.クロードにお願いしたいんですが』
『あら、新人さんね。可愛らしい子』
『え、キャサリンさん。女の子に可愛いって思う感情があるんですか』
『何言ってるのよフィリップ。今のは子供を可愛いって思う、人間なら誰しもが持ち合わせている感情を言葉にしただけ。勿論、私はもっとマッチョな子が好みよ』
『はぁ……そうですか』
『何よその反応。今度あんたとはみっちりと恋愛談義しなきゃね』
『ひっ』
会話は分からないが、実力者にも私の正体はばれていないようだ。
『そうそう。Dr.クロードは今日例の装置の調整に立ち入ってて病院には来てないわよ。今日はDr.アランが担当』
『え……なら、出直します』
『それがいいわね。あのじじぃにそんな子見せたら何言われるか分からないわ。で、その子どうするの?』
『一日ぐらいなら、私が面倒見ます』
『そう、じゃあまた明日』
『行こっか』と言われて、私は手を引かれた。困った。結局医師を確認できなかった。でも、会話の中でクロードという名前が聞こえた。この病院のどこかにいる。ならば、夜間に探せばいいだろう。今は、取り合えずおかまのもとから離れよう。
私は彼女に手を引かれ、おそらく彼女の部屋と思わしき空間まで歩いた。
『フィリップ、ありがとうね。じゃあ、また』
『え、あ、うん。あ、うん……』
男の情けない声が少しずつ扉の奥へ消えていった。
部屋の中は片付いていた。綺麗な部屋だが、これと言って特徴的な物はない。目につくのは写真。男二人に囲まれて嬉しそうに笑う彼女。どういう関係なのだろう。
駄目だ。何を思っている? 私はキメラ。人間なんかに興味はもたない。
『取り合えず、お風呂に入ろうか。洗ってあげる』
個室に連れていかれ、服を脱がされて、ホースからお湯を掛けられる。これは何だろう? 何なのか分からないが、心が落ち着く。疲れがお湯と一緒に流れていくような感覚。どこかで、昔、感じたような。
懐かしい。なんで、こんな感情が。
『え、どうしたの? 目に染みた? どこか痛かった?』
私の眼から水が流れていた。胸が痛い。引き裂かれそうだ。
お湯の出る部屋から出た後も、私の瞳からは水が流れ続けた。苦しい。これは、なんなの。彼女は困惑しながらも、私の頭を優しくなでていた。
「やめて……やめて!!」
私は彼女の手を払った。彼女は驚いていた。
『どうしたの?』
「わからない……わからないけれど、苦しいの!」
私は彼女の部屋を飛び出した。頭がおかしくなりそうだ。駄目。このままじゃ、私が私でいられなくなる。早く、やるべきことをやるの。
病院まで走っていく。建物の中は暗い。明かりがついていない。辺りを見渡すと、白衣の老人が私を見て驚いていた。
『なんだ、こんな時間に……』
「うう……ああああああああああああああああああああ!!』
私は両腕を鈎爪に変化させ、翼を生やし、高速で、老人の首を刈り取った。老人の頭は転がっていき、辺りが赤く染まる。
足りない! 足りない!! 思い出せ。私は私だ。地面に倒れた身体を切り刻み、中身を引きずりまわし、頬張った。
足音が聞こえた。振り向くと、眼鏡をかけた黒人の男が、手に持っていたカバンを地面に落とした。
『Dr.アラン……なんてことだ』
おそらく、彼が私の狙いだ。だけれど、今や、相手が誰であろうと関係はない。殺すだけだ。
私は翼を広げ、高速で近付く。首を刈り取ってやる。だが、そこで銃弾の気配を察知し、方向を転換させた。
『Dr.アラン! 逃げてください』
昼間の男。ショットガンを持って立っている。見回りか? 異常を察知して駆けつけてきたのか?
銃声で、兵士が駆けつけてくる。その中に、寝間着姿のままの彼女もいた。
『そんな……』
『セシリア? 武器も持たずに何してる。下がれ!』
彼女は近付いてくる。状況を理解していないのだろうか。
ふと、彼女の表情が困惑から、微笑みに変わった。
『大丈夫……大丈夫だよ。落ち着いて』
『セシリア! 下がれ!!』
ゆっくりと、私に手を差し伸べる。
私は、彼女の手を取りたくなった。その後、何が起こるのかは分からない。でも、もう一度彼女に抱きしめてもらいたくなった。
「でも、それはできないんだよ」
私の爪は彼女の身体を切り払った。




