56.Lizu 1
全ての生き物には役割がある。私は"神の妹"。未だに理解はできていない。
私達は多くの生物が混じり合って作られた。記憶も意識も混在して、まともではいられない。私達が私達を実感できるのは、命の終わりを実現した時だけ。人の死を味わう時だけ。
「随分と減っちまったな」
ブラックの呟きには誰も反応しない。わざわざ口に出さなくてもわかっているから。広い洞窟の中で空席がいくつもあれば、誰だってわかる。
この場に集まったのは、キング、マリオネット、リデル、ブラック、そして私。マンティスから始まった死の流れは、クロコダイル、バッド、プラント、ホワイトフット、マーダーの犠牲まで続いた。一年足らずで、これほど。
リデルがおどおどと声を上げる。
「信じられない。ホワイトフットまで殺られるなんて」
「北を支配していた彼が……」
キングがぼそりと呟く。ブラックがかははと笑った。
「ああ、だが、あいつはあの時、冷静さをなくしていた。俺達の本能に刻まれた"北の街を襲うな"って規律さえ無視するほどになぁ。あいつの最大の売りが薄れちまってた」
「何故だ……ブラック。何故、奴は冷静さを失っていた」
「知らねぇよ、マリオネット。頭でもぶつけたんじゃねぇの」
冗談のつもりなの? 笑えないわ。
私が黙っていると、キングがそっと私に耳打ちした。
「リズ様、大丈夫ですか?」
「なに? 突然」
「いえ、いつもより口数が少ないようなので」
そうかしら? と流すことしかできない。
兄さまの共通言語でキメラが次々と死んでいく様子は伝わっていた。でも、こうして数の減りを見ると、気分が悪くなる。なんで、人間なんかに彼等が殺されたの? あいつらは、私達の玩具でしかないのに。生きている意味なんてそれだけなのに。
バッド、教えてよ。あなたを助けられなかった私に、あなた達の為に何ができるの?
「待たせたね」
兄さまの共通言語が響く。混乱の中にあった私達は安らぎを取り戻す。
「悲しいことが起きる。次々と仲間が死んでいく。これほどの犠牲は伝説のガンマンが暴れていた時代以来だろう。速度だけで言えばあの時よりも酷い」
「神、何が起きているのです?」
キングが疑問を呈すると、兄さまは間を置いた後に答えた。
「新しくグレートウォールの英雄になった男……無表情という呼び名の青年。彼がこの流れを作っている。死んだキメラ達の記憶を深くまで読み取って分かった。戦闘直後で弱体化していたマンティスの首を斬り飛ばし、"二刀流"とクロコダイルの戦闘現場にも立ち会っていた。バッドとプラントを直接打ち負かし、"野人"と"盗賊王"がホワイトフットを殺した戦闘にも加わり、マーダーと一騎打ちを果たし、生き延びている」
経歴だけ聞くと化け物に思える。マンティスは実力派のキメラだし、バッドの速度はキメラ史上最速で、プラントはよく知らないけれど、あの寄生植物軍団を目にしたときは心が躍った。ホワイトフットは言うまでもなく、マーダーは英雄二人を同時に打ち破った男だった。
「ガンマン並みですか。英雄を飛び越えて"伝説"と呼ばれてもおかしくはない」
「実力だけで言えばね。ただ、本人の性格上の問題なのか、あまり表に出ない人物のようだ。だから、私も把握するのに手間取った」
「かっ、じゃあ、そいつは、三害に任すしかねぇか? おっと、今は二害か」
ブラックがマリオネットとリデルに視線を向ける。
「私の島に来れば……いつでも殺してやる」
「お、俺もだ。俺の陣地に来れば直ぐにでも」
兄さまは落ち着くように諭した。場が静まり返る。
「確かに、元凶は"無表情"だ。しかし、彼が作ったこの流れが問題だ。そこで……マリオネット、君の趣味を再開させる許可を与える」
「なんだって!?」
「おいおい、神ぃ、冗談じゃ済まんぞ、かはは」
なんのことか分からない。けれど、マリオネットはふふっと笑った。
「本気か? 神」
「勿論だ。私は嘘はつかない」
「かはは、南から人間が消えちまうぜ」
「それだけじゃない。キング、君の百獣軍団を解放しよう」
この言葉に、周りはいよいよ静まり返った。相変わらず、私にはなんのことだかわからないけれど。
「神、百獣軍団を放てば、人間はいよいよ……」
「滅ぶだろう。仕方がない。この戦争に勝利してしまえば未来人の次の行動が読めなかったからこそ人間を滅ぼさないでいた。だがそれ以上に、この流れを放置することは危険だと判断する」
私はブラックに小声で尋ねた。マリオネットの趣味と百獣軍団が何なのか。ブラックはかははと笑い声をあげた。
「リズ嬢は知らねぇのか。マリオネットの趣味ってのは、簡単にいやぁキメラの生成だな」
「キメラの?」
「ああ、あいつの能力は知っているだろう? あいつは死体を動かせる。その死体を自作で混合させてキメラを作る。意思はないがな。百獣軍団ってのは、戦争中期の動物達さ。強すぎて、キングに抑え込まれていたが……」
解放される。みんなが真剣に『人間が滅びる』という事態を受け止めているところを見ると、その実力が窺い知れる。
「今まで、この戦地はただの虐殺場だった。だが、これからは戦争になる。みんな、気を引き締めよう。勿論、反対する者がいるのならば意見を聞く。君はどうだい? 狂戦士」
全員が出入り口を振り向く。信じられない。あいつがいる。肩で息をして、荒々しい呼吸音が聞こえる。そんな状態でも、兄さまに言われるまで誰もその存在に気付けなかった。気配の消し方だけでも一級品。文字通り、最強の戦士。
「かは……驚いたな。あんたが、ここに」
「……どういう心境の変化だ」
狂戦士はゆっくりと歩き、長らく空席だった椅子に座る。
狂戦士は、キメラにとっては伝説だ。英雄を仕留めた数は、この場にいる全員を足した数よりも多い。そもそも、一人で街を滅ぼせる生き物なんて彼だけ。そんな彼だが、その威圧感は仲間の私達ですら圧倒する。別に彼が悪いわけじゃないけれど、一人だけ実力が異質すぎて近寄りがたい。
「彼は、無表情に興味をもっているらしい」
自分を満足させるだけの存在なのか、という点で。私達にはない感情だろう。
狂戦士は共通言語を発さない。だから、話が通じているのかも分からない。ただ威圧感を放って、その場にいるだけで緊張感を持たす。
「それと、リズ」
兄さまの言葉に「はい!?」と大声を上げてしまった。恥ずかしい。緊張していることが皆にばれていないだろうか。
「君には別の任務を与えたい。引き受けてくれるかい?」
兄さま。違うよ。引き受けてくれるかい? じゃなくて、命令してくれればいいの。あなたの言葉は、私達にとって絶対なんだから。死ねというならば、今すぐに死ぬ。私達にとってあなたはそういう存在なの。




