55.Reunion
君をなくしてから半年以上経っていた。意識のある君よりも、意識をなくした君との時間の方が長い。
君が意識を取り戻すことを諦めはしない。だが、目覚めた君と何を話そうか、なんて、悲しい妄想にはもう飽きていた。時間はどんどん進んでいく。君がいない世界は随分と寂しい場所だったよ。
「しろ、お帰り」
俺は車椅子に座るしろへ手を差し伸べた。しろは、懐かしい笑顔で、少し照れたような顔で、俺の手を握った。すると、彼女は目を大きく開けて驚いた。
「秋也さん、手が大きい。成長したんですね」
なんだよ、それ。
「しろは、喋れるようになったんだな」
彼女は「はい」と明るい声で答える。
中央都市からこの街へ運ばれた新装置というのは医療機器だった。ULの少ない者専用のデバイスで、体内のULを一時的に増幅させ、身体の回復を促す。誰がなんの為に作ったのか、もともと中央都市に設置されていた装置なのか、分からない。なんでもいい。
体内で増幅されたULはしろの脳を治療し、声帯も回復させた。史上最高のその装置は、俺の事情を知っているショットタウンの兵士達が優先的にこの街へ運ぶように促したようだ。
「それを俺に秘密にしていたのは……」
「この装置がどの程度の損傷まで治療できるのか正確に分からなかった。君を落胆させたくなかったからね。確証が得られるまで話せなかった」
クロード医師の発言は納得できる点とできない点があったが、置いておこう。
俺はしろの車椅子をおして街を歩いた。人工的に作られた池の近くで止まり、腰を下ろす。
「やっぱり、風上さん達は亡くなったんですね」
しろは、風上隊長の最期を見ていなかった。だから、もしかしたらという希望があったのだろう。寄生植物騒動の際、彼等の亡骸が襲い掛かってきたことは秘密だ。余計な心労を掛けたくはない。
「ああ、しかし、なんだ。未だに君が目を開けて、話していることが信じられない。不思議な気分だよ。ふわふわしているような……」
「夢みたいに?」
首を傾げて笑う所作。しろの癖なのだろう。
「この世界に来てから、秋也さんにずっと助けてもらって。もし、私が話せたら伝えたかったことがありました。ずっと、ずっと」
「ありがとう」と、彼女は言った。違う、しろ。感謝を伝えるのは俺の方だ。
太陽の光が俺達を照らす。空は変わらないな。俺が生きていた時代も、しろが生きていた時代も、蘇って見るこの空も、随分と美しい。心地よい風が身体を撫でる。こんな風に、環境を感じる余裕は今までなかった。しろの隣にいると落ち着く。不思議なものだ。
「秋也さん。私が眠っている間のこと、たくさん聞きました。凄く活躍をして、風上さんと同じ英雄になられたんですね」
英雄か。実感はないし、あっても何も変わらないだろう。
「だから、もう危険なところへ行かないで、とは言えません。秋也さんはたくさんの人の心の支えになっているから。でも、私は力になれない」
しろは車椅子の上で脚を伸ばした。細い。長い間、管から送られてくる栄養だけを頼りに生きてきたんだ。自分の脚で立つこともできない。いずれ回復しても、しろのULでは戦力になれない。それはどうしようもない事実だ。しろは俺の顔を覗き込むように身体を近づけた。
「秋也さん。私にできることはありますか?」
しろにできること? あるさ。
「家で待っててくれ。それだけで無限に戦える」
俺も変わらないな。しろの前だと格好つけたくなる。しろは微笑んでいた。
「待ってます」
ある日、グラン総帥に呼び出された。総帥の部屋を開けると、驚いた。マッチョナース隊長、ヤクザ隊長、アーサー隊長がソファに座っていたのだ。
「遅いわよ」
「遅いやんけ」
「遅いぞ」
三人の英雄に遅刻魔扱いされたら「すみません」と謝るしかない。予定時間には間に合っていた筈だが言い訳もできない。
「さて、よく集まってくれた。キャサリン、本間、アーサー、そして遅刻魔・葉鳥」
遅刻魔だって? そんな噂を広められたらたまったもんじゃない。無表情の件と言い、俺には碌な名前がない、と文句を言おうとするも、総帥は手を上げて俺を制した。
「冗談だ。さて、今回集まってもらった理由は、葉鳥には前回抗議されたが……グレートウォールの英雄の件だ」
英雄だけが集められたということはそういうことだろう。つまり、戦力のバランスの問題だ。ショットタウンに偏った戦力をグレートウォールに流す。いくら東の動物のレベルが低いと言っても、何が起こるか分からないのがこの戦場だ。
「特に、今は中央都市の監視に定期的に各街から英雄を排出している。もし"達人"ジェットがその番を担えば、グレートウォールに英雄は一人もいなくなる。この状況はまずい。故に、ショットタウンから英雄一人グレートウォールへわたってもらいたい」
「俺は嫌やで。壁に囲まれたところで生活したないわ」
ヤクザ隊長は即座に拒否したが、グラン総帥は気に留めていなかった。もともと君には期待していないという表情だ。
「残り三人はどうだ。勿論、強制はしないが」
「私もお断り。私はこの街の男を……この街を守るために生きているの」
「俺も断る。オットーさんの守った街を守り続けたい」
理由はともかく、皆断るだろうという予測は当たった。ならば、仕方あるまい。
「俺が行きます」
「本気なんか?」
「本気なの?」
「本気か?」
また言葉が揃っている。仲の良いことだ。
「この街にも、皆さんにも本当にお世話になりました。でも、俺はもともとこの街の住民じゃない。この中でグレートウォールに一番思い入れがあるのも俺だ。俺が行くしかないでしょう」
それに、女王のいなくなった街ならば、しろが無理矢理戦場に連れ出されることもない。勿論、しろがこの街に留まりたいと願うならば俺が単身で向かうことになるが。俺は彼女が断ることはないだろうと確信していた。彼女にとってはグレートウォールの方がよく知る街なのだ。
引っ越しの日。俺は武器とマダーのチップを持って出発した。街の出入り口には兵士達が見送りに来てくれた。英雄三人の他、パーカー、ユリヤ、セシリア、フィリップ、GX-7000。俺は歩けるようになったしろと共に挨拶に回った。
「元気でな、葉鳥」
「パーカーさん、お世話になりました」
「偶にオットーさんとグヨンのお墓に来てあげてね」
「勿論です」
「隊長! 俺、あなたみたいになってみせます!」
「む、無理はするなよ」
セシリアは目に涙を浮かべていた。なんだよ。最初に会った時から随分と変わったもんだな。
「セシリア、らしくないぞ」
「うる、うるさいわよ」
「小娘はいつまで経っても変わらんのー」
「うっさい!」
改めて向き合い、セシリアは俺でなく、しろを見詰めて言った。
「元気でね。もう無理しちゃだめだからね」
「ありがとう、セシリアさん」
「あれ、俺は?」
「男が言いよって来たら守ってあげなさいよ!」
ああ、それだけか。その涙はしろに向けてのものだったのか。知らぬ間に仲良くなってたんだな。俺、図に乗っていたか? 隣でフィリップがにやりと笑ったのが鼻につくが、まぁ良しとしよう。
「アーサー隊長……」
「大丈夫。俺達の絆はどこに行こうが消えやしない」
「マッチョナース隊長……」
「あんた最後までその呼び名変えないつもり?」
最後じゃないさ。
「本間隊長」
「男に余計な言葉はいらん」
最後に、俺はしろに顔を向ける。
「行こうか」
「どこまでも」
しろと二人で密林に歩き出すと、師匠の下から旅立った日を思い出す。だが、俺達は歩き方すらままならなかったあの時とは違う。
敵は多いが、俺達は戦い続ける。この戦いが終わるその日まで。




