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54.Voice

 パーカーが無線の収音機能をONにしていた。おかげで、黒幕の種明かしは全て耳にすることができた。今更、聞き返すこともない。信じられないと喚く意味もない。俺が尋ねるべきことはただ一つ。


「お前の目的は?」


 ギーク、いや、ウーヴェ・ランゲルト。20年前からグレートウォールの科学者として活躍。天才的な発明・開発を繰り返し、最近では寄生植物(パラサイトプラント)討伐に大きく貢献、機械人間討伐にも的確な助言をいくつも行ってきた。

 彼は、初めて会った時から変わらぬ笑顔を俺に見せた。


「君には色々役に立ってもらったから、教えてあげたいところだが……私の目的を告げても、今の君には理解できないだろう。だから、私の正体だけを教えてあげよう。実は、とうにヒントは与えていたんだ」


 ヒント。彼が俺に与えたものと言えば、武器と、助言、更に……ああ、そうだった。彼の助言はいつも適格だ。彼はいつも意味のないことは言わない男だった。そんな彼が、一つだけ奇妙な言い回しをしたことがあった。彼らしくないセリフだった。寄生植物(パラサイトプラント)の騒動を終えた後、黄金の槍に寄生植物(パラサイトプラント)の種を仕込んでもらった際の言葉。信頼の証として名前を名乗った。


「ウーヴェ・ランゲルト。ULか?」


 彼は笑みを強くする。子供のような笑顔だ。名前のイニシャルをとっただけ。ULなんて名前、探せばそこらにいるだろう。だが、どうやら正解だった。


「そうだよ。2854年、私とその研究班が生成した物質。発見当初、仮の名前として研究班全員でULと呼称した。私のイニシャル、ユーモアだったのさ」


 死んだ細胞を蘇らせる液体。それだけじゃない。蘇生した細胞を活性化させ、感覚や身体能力が向上する。当時、蘇ったモルモットは研究所の檻をかみ砕いて脱走した。彼はそう続けた。


「ULを注入した生物は自己でULを生成するようになる。個体差はあるがね。つまり、死んだ生物がスーパマンとなってそこら中を歩き回るようになる。史上最大の発見さ、そうだろう? だが、ULの論文発表を控えた一か月前に研究所が襲われた。私のチームは全員射殺された。私も含めてね」


 そして、彼もこの戦場に送り込まれた、ということらしい。壮絶な人生だな。俺とは違って。だが、前世での事情はどうでもいい。なんせ2854年は、俺にとっては遠い未来だが、今から考えると最低でも200年前のことだ。随分と古い話、昔話さ。問題は今、この時だ。


「結局、お前は敵なんだな?」

「敵? 敵なんかじゃないさ。私達は人間。この世界では数少ない同志」

「ふざけないで!」


 ユリヤが狙撃地点から降りてきて、ライフルを構えたまま叫んだ。


「あんたのせいでグヨンは死んだ! オットーさんも!」

「ああ、そうだ。お前を許すことはできない」


 アーサー隊長が大剣を構えたまま呟く。何故か服を着ていないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「許す必要はないさ。私は君達の敵じゃないが、味方でもない。そんな関係性が成り立つのは、ただお互いを利用するだけの繋がりさ。そして多くの場合、知識のある者は利用し、ない者は利用される。最後に、私はULのことをこの世界の誰よりも知っている」


 だから、俺達は利用される。だから、ULの鍛え方を知っている。だから、異常な戦闘能力を誇っている。そういうことか。


「もうええやろ、葉鳥、こいつ叩くで」

「彼は許されない」


 ヤクザ隊長が低い声を出し、パーカーが彼を睨みつける。

 俺はため息を吐いた。全く、気分が悪いな。ギーク、彼とは長い付き合いだ。風上隊の頃から知っている。俺が所有している武器もほとんど彼の開発。助言は多くの騒動で役に立った。


「残念だ。ギーク」


 俺はリストブレイドを起動する。彼は短い笑いを浮かべた後、指をパチンと鳴らした。突然、真っ二つになって倒れていた大型マシンが起動し、火炎放射器を俺達に向けていた。


「なんだと!?」

「葉鳥秋也、また会おう」


 火炎が俺達に向けて放たれる。俺は黄金の槍を地面に突き立て、寄生植物の壁を生成した。これだけ高出力、広範囲の火炎を防ぎきれるか。その時、腹部を抑えたままセシリアが立ち上がり、ブーメランを構えた。


「は、葉鳥、頑張って。今、助けるから」


 ブーメランを振りかぶって、投げる。ランプは三つ点灯している。竜巻が起き、火炎は吹き飛んだ。即座に、アーサー隊長が大剣を振った。大型マシンは更に分割され、機能を停止した。だが、既にギークの姿はなかった。


 中央都市奪還に成功。情報は即座に全ての街へ報告された。

 東西南北から軍人、技術者が集まり、都市の技術の解析が始まった。人類が得た新しい街だ。人類が百年かけても侵入できなかった街。小型監視カメラによる防衛策も十分。最も安全な街だと称された。

 俺が軍に従わず一人で行動した問題については帳消しにされた。機械人間を殲滅したからだ。オットーさんは手厚く葬られた。ショットタウンの墓場で、グヨンの隣に埋葬された。

 ギークは指名手配された。今後いかなる街に立ち寄ることも禁止された。グレートウォールの彼の研究場は封鎖され、警備が敷かれている。


「君は四人目の英雄に指名される。確定事項だ。断ることはできないぞ」


 グラン総帥がからかう様に言った。ちなみに、先の戦いでの援軍は、グラン総帥の計らいだった。マッチョナース隊長が秘かに総帥に伝え、至急増員が実行されたらしい。


「俺は英雄って柄じゃない」

「柄でなくても、実力が高すぎる。名のあるキメラを何体仕留めた? そこらの英雄でも中々ない活躍だぞ。それに、私が言うのもなんだが、英雄って柄の人間が英雄をしていることを君は見かけたことがあるかね?」


 ないわけではない、が割合は多くはない。


「しかし、ショットタウンだけ英雄が四人ではバランスが悪いでしょう。南北は三人、グレートウォールなんて残り一人ですよ?」

「確かにそうだが、仕方あるまい。グレートウォールには伝説のガンマンの噂がある。それだけで十分影響力はある。まぁ、女王にMr.ギークに英雄二人、影響力の減少は認めざるを得ないがな」


 ショットタウンの自分の部屋に戻り、ベッドに寝転がる。ため息を吐いて、天井を見上げる。


「疲れ切った顔だなぁ。英雄さま」


 机に置いていたPCが語り掛けてくる。


「うるせぇな。本当に疲れてるんだよ」


 PCはちかちかと点滅し、「下らねぇ」とせせら笑った。


「俺を倒した男がなんて様だ。よっぽど、あの科学者の裏切りがこたえたみたいだなぁ」


 反論する気にもならない。確かに衝撃だった。だが、裏切り、というと違う気がする。俺達はもともと仲間だったのだろうか。

 ああ、そうだ。この喋るパソコンのことを説明していなかった。彼は機械人間のボス、マダーだ。チップだけ刈り取って持って帰ってきた。理由は、もったいなかったからだ。人間の言葉を話せる動物(アニマル)側の存在という稀少性。新兵器やマシンを生成する知識、技術力。未来のことにも詳しい。その価値は、多少の危険を含んでも手元に置いておく意義がある。そう判断した。


「俺に負けたんだから、俺の言うこと聞けよ」

「やかましい。スペアボディに乗り換えれば貴様など直ぐにひき肉にしてやる」

「スペアボディ? そんなのがあるのか。良いことを聞いた」


 あの中央都市のどこかにあるのだろうか。

 マダーと何度か話をしていて、利になる情報がいくつも入った。キメラ連合のこと、神と呼ばれるキメラのこと。そんな存在は知られていなかった。広めるつもりはないが、状況によっては報告する必要もあるだろう。ギークではないが、知識がある方がないよりも有利だ。


「今日の昼頃、街の方が随分と騒がしかったなぁ」

「ああ……中央都市から新しい装置が運ばれてきたらしいな。俺は興味ないから見に行ってないが……あと、本当に黙れよ。もう、寝るんだ」

「よく寝る奴だ。あの時、お前とじじぃが寝ている姿を見たが、罠だと思って暫くほっておいた。本当に寝ているなんてなぁ。どうかしている。敵地の真ん中だぞ」


 分かってる。その件は俺も反省している。

 数日後、病院に呼び出された。一体何なんだろうと面倒に思いながら待合室で待っていた。最近の俺の消沈ぶりに、誰かが気を回して診察を受けるよう提言したのだろうか。自分でも想像以上にギークの件がこたえたようだ。自分が利用されていたこと、何より、自分がグヨンの死の原因だということ。やりきれない気分さ。

 クロード医師とセシリアが俺のもとへやって来た。珍しい組み合わせだ。


「久しぶりだね。英雄昇格おめでとう」

「あんたならいずれなるだろうと思ってたけどね」


 「はぁ、有難うございます」と覇気のない声で答える。リアクションが薄くて申し訳ないが、テンションを上げる元気もない。


「本当に疲れているようだね」

「もともと暗いのに、更に暗くなってるわ」


 おい、「もともと暗いのに」とか言うな。傷つくだろう。

 二人の表情を見ると、何故か嬉しそうだった。ずっと笑顔だ。俺の有り様を見てなんで明るくなる?


「実はね、そんな葉鳥にサプライズがあるの」


 サプライズ? ああ、なんだろうな。心当たりがない。それに、何度も言う様に今の俺に良いリアクションはできそうにない。それこそ、この憂鬱と自己嫌悪を吹き飛ばすようなイベントがあれば、別だろうが。

 俺は二人に連れられて病室に案内された。空のベッドが置いてあるだけの部屋。なんだ。入院のプレゼントか? 確かにびっくりだが、決して嬉しくはない。二人は部屋からそそくさと出て行った。俺はどうしたらいいんだ。


 仕方なくベッドに腰を下ろし、深く息を吐く。手を組み、俯く。

 その時、声が聞こえた。聞き覚えのない声が。しかし何故か、ずっと待ち望んでいたような気のする、声が。


「秋也さん」



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