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51.Murder2

 速い。初速、加速、ブレイドの速度、全てが優秀だ。攻撃の狙いもいい。意識を向けていない部分を確実に狙ってくる。相手が俺でなければ戦闘にすらなるまい。不利な条件でよくやるものだ。


「だが……俺には勝てない」


 俺の拳は奴のブレイドに直撃、そのまま後方へ押し飛ばす。突風が奴のバランスを崩す。追撃だ。俺は殴りかかる。だが、奴は俺の拳を避け様、ブレイドで首を斬りつけた。残念ながら斬れやしない。


「無駄だと理解できないか?」


 俺の蹴りが奴に当たる。俺の攻撃は全て加速装置で速度が上がっている。奴も避けようとはしているが、避けきれないようだ。奴は再び吹き飛んで後方へ下がる。このリニアモーターカーは10両編成。この調子で奥に押しやり続ければ自然に勝てるが、それではつまらない。


「何か手を打たなければ終わりだぞ」


 嘲り笑いをしてやる。煽りが奴に有効とは思えないが、焦りを生み出すきっかけにはなるだろう。奴は「ふー」と長い息を吐いて、


「いいな」


 と呟いた。意味が分からない。


「なんだと?」

「このところ、自分の能力に限界を感じてたんだ」


 常に無表情だった奴に変化があった。部下を殺す時も虫でも潰すように表情を変えなかった奴が、微笑んでいた。嫌な笑みだ。邪悪さを感じる。


「壁をなくしていた。道具の向上に力を注いでいた。これじゃ駄目だ。俺自身を高めることを忘れていた」


 奴は自分のつま先をトントンと叩いた。


「あんたを倒す為に、壁を壊す」

「気が狂ったか」


 それもよかろう。所詮、俺にとってこの戦いなど余興に過ぎない。

 また奴は懲りずに走ってきた。成長しない奴だ。何度目の特攻だ。確かに速い。だがこの列車の上の突風で減衰した速度は十分に対応できる。

 突然、奴の速度が上がった。信じられない速度だった。先ほどの2倍、いや3倍か!?

 俺は腕でブレイドを防いだ。赤い残像だけが視界に入る。全身を斬られまくっている。俺は叫びながら腕を振った。が、風を切るばかりだ。捕えられない。

 気が付けば、奴は風上に移動していた。俺の顔を風が吹き付ける。いつの間に猛襲が終わったのか分からない。


「何をした?」

「ジェットブーツの出力を上げた」


 奴は自分の足元を指さした。


「もともと50%が限界だった。それを超えると体幹のバランスが崩れて、ブーツに身体が引っ張られる。さっきこの列車に飛び乗った時、試しに60まで上げてみたが、やっぱりそうなってな。ぶつかるように列車に入った。静かに潜入する予定だったのにな」


 奴の侵入時の衝撃はそういう理由だったらしい。


「だが、あんた相手に加減なんて虫のいい話だった。今、ここでブーツの限界を超えなきゃ、俺は勝てない。ぶつけ本番だがやるしかない。今のはこのブーツの先代の所有者がよく使っていた出力75%だ。見えなかっただろ? 当時、俺も先輩の動きが全く見えなかった」


 およそ人間の動きではなかった。


「だが、あんたの盾は破れなかった。次はそれを砕く」


 奴は腕のブレイドを仕舞い、黄金の槍を手にした。派手な武器だ。蔓を生み出す槍。だが、その攻撃では機械人間のメタルすら傷付けられなかった筈だ。


「舐めるなクソガキが!!」


 俺はダッシュを仕掛ける。鬱陶しい向かい風が身体を叩き付けてくる。機械の重量と体幹バランスの計算で問題はないが、速度は落ちる。だが、奴の速度は上がる。


「舐めちゃいない。俺も全力だ」


 声だけが聞こえた。最早、視界にとらえられる速度ではなかった。

 衝撃が俺の上半身を襲った。何が起きた? 見ると、黄金の槍が俺の腹を貫こうと迫っていた。しかし、盾がそれを阻害する。 


「無駄だぁ」

「そうでもねぇよ!」


 突如、俺の視界を植物が覆った。巨大な蔓が上空に延び、根が列車に張り付く。更に成長を続けている。俺の腹から巨大な大樹が生まれた。なんだ、これは。何をしている。


「貴様!! なんだこれはぁ!!」

寄生植物(パラサイトプラント)はULを餌にする。あんたの盾はあんたから生成したULそのものだ。それを奪って成長する!」


 まだ成長を続ける植物は、列車の突風を受けても崩れなかった。列車の上に木が生えた。奇妙な光景だ。俺は叫び、加速装置の威力をマックスにして全身を捻った。一気に衝撃が生じて、視界が零になる。俺の身体は列車の上を転がった。

 俺は立ち上がる。前方車両に大きな木が生え、黄金の槍が突き刺さったままになっている。奴はどこに行ったのか。瞬間、赤い残像が見えた。刹那、俺の左腕が切り裂かれ、飛んでいき、街に消えた。


「盾は消えたな」


 そのようだ。この盾は事前にULを溜め込んで使用する装置。溜め込んでいたULが尽きれば効力は失われる。莫大なULを消費するためそんな仕組みにせざるを得なかった。一生懸命貯めたULはあの木の栄養にされたようだ。

 俺は切り取られた左腕を見る。青い液体が漏れている。


「これで、あんたに攻撃が届く」


 奴は構える。この状況では、俺は裸の兵士に等しい。しかし……


「勝ったつもりか……あぁ? 舐めるなと……言ったはずだ!!」


 俺は加速装置をマックスにしたまま腕を横に薙ぎ払った。その衝撃は、遠くにある高層ビルの窓まで届き、ガラスが割れた。黄金の槍を持たず、油断していた奴はその衝撃をもろに受け、列車から吹き飛んで高層ビルの一室まで飛んで行った。


「ああ……常人ならこれで終わりだろう。死んでいるはずだ。だが、分かっているぞ。俺は分かっている。貴様は生きている。待ってろ。とどめをさしてやる!」


 俺は列車の天井に手を当てて、迎撃用システムを起動した。そう。機械人間の中でもUL消費が激しく俺にしか扱えず、小型から大型のクラッシュギアでもその扱いづらさ故搭載しなかった特別兵器、ガトリングガンだ。

 俺は奴が飛んで行った高層ビルに砲身を合わせ、撃ちまくった。これが最後だ。弾はビルの窓ガラスを粉々に破壊し、設置されたデスクやPC、壁や支柱をも粉々に砕き、それでもなお撃ち続け、ビルは煙を上げて崩落を始めた。

 列車が円周上に走り、崩落し始めたビルの反対側に位置した時、俺は目を大きく開いた。


「馬鹿な……まだ……」


 生きている。奴はビルの反対側から飛び出し、夜空を蹴って、列車に向かって走っている。


「いい加減くたばれぇ!!!」


 俺はガトリングガンの照準を奴に向けて、撃ちまくった。俺のULが尽きるまで、いや、例え尽きても、奴だけは殺す。粉々に砕く! 

 連射される弾を避けるため、奴は列車に近づけなくなっていた。そうだろう。いつか、弾は貴様を捕える。


「貴様の負けだ!」


 不意に、奴が空中で弾を撃った。ハンドガンの弾を一発。そんなもので何が変わるのか……

 奴の弾は、俺が放った発射直後のガトリングガンに当たった。弾はULに反応し爆発。そして、それは傍の弾も巻き込み、次々と誘爆を始めた。ガトリングガンは爆発を起こし、俺は後方に吹き飛ばされた。


「クソヤロウがぁ!!」


 奴が近付いてくる。俺は加速装置を準備する。来い。返り討ちにしてやる。

 空中を蹴って近付いてくる奴を殴りつけてやろうと右腕を構えた瞬間、斬撃が俺の関節部に当たった。遠距離から、奴が斬撃を飛ばしたのだ。俺自身の身体に影響はないが、加速装置は故障した。


「貴様っ……何故」


 諦めない……!

 赤い残像が見えた。闘いの終わりを告げる軌跡だ。



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