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50.Murder1

 このリニアモーターカーは永遠に走り続ける。内部のモニタには街の各場所に設置された監視カメラの映像が送信されている。

 数十年間共にした仲間が次々と消えていく。だが、そこに悲しみはない。俺達はデータ化された時点から死に対する恐怖を失った。死は解放だ。この機械の身体からの。


「大型クラッシュメタルを動かしているのが誰なのか判明できません」

「俺達以外に操作できるものは存在しないはずだ」


 部下が端末を操作しながら困惑を口にする。モニタの中で暴れているマシン。俺達の最強にして最大の兵器。計算上では狂戦士(バーサーカー)に匹敵するパワーを持ち、一台で街を破壊することも可能。だが、


「放っておけぇ。所詮は試作機。俺達の計画に変更はない」


 どれだけの損害を出そうが構わない。俺さえいればあれは量産できる。俺さえいれば人間の殲滅は可能なのだ。

 俺達はキメラと異なり、神と呼ばれる一匹の生物に敬意を持っていない。全ての感覚を捨て去り、人間を殺す快楽のみを与えられた俺達には、この戦争が全てだ。戦争が終わった先には何もない。何も必要ない。ただただ終わりに向けて進むだけだ。

 リニアモーターカーが一瞬不自然に揺れた。快適な乗り心地のこの乗り物は、今まで小さな衝撃を起こすこともなかった。


「見てこい」


 部下3名に命じる。彼らは武器を手に後方へ向かった。

 モニタを見ると、大型クラッシュメタルが大暴れしていた。その戦闘に巻き込まれ、中型と小型が壊滅した。これで、残る同胞はリニアモーターカーに乗車している俺と3名の部下となった。問題はない。残る彼らはULの量がその他と比べ圧倒的に多い優秀な殺戮機械だ。だが、何故こうなった。何故、俺達が追い込まれていった。中途半端なまま計画を進めざるを得ない状況を作った、奴が原因だ。まさか、大型クラッシュメタルに乗っているのは……

 何かが俺の足元に転がった。三つの破損した頭。後方を確認しに向かった部下のものだ。


「ああ、ご到着かぁ」


 振り向いた俺の前には男が立っていた。部下の大半を殺した男だ。


「驚いているようには見えないな」


 表情を変えずに男は言った。足元には首のない身体が三つ倒れている。


「最初に貴様と対面した時点で気付いていたぁ。あの時、俺達は貴様一人を殺しきれなかった。俺達を倒せる武器がないだけで、戦闘力は貴様の方が優れている。俺達を倒せる武器を手に入れたならば、この結果は必然だぁ」

「冷静なことだな」


 男は走った。速い。直線しか移動できないリニアモーターカー内でさえ、一瞬奴の姿が視界から消えたように感じた。奴の赤いブレイドは俺の首元でピタリと止まった。


「どうだぁ、斬れないだろぉ」


 奴の表情には驚きはなかったが、不自然がっていた。今まで容易に機械人間を切り裂いてきたのにも関わらず、何故斬れないのか。答えはこれだ。


「高速硬化防御装置。皮膚表面5mmを薄い盾で覆う」


 俺は腕を振り上げて奴を殴り上げた。奴はリニアモーターカーの天井を突き破り外に吹き飛んでいった。猛烈な突風が車内に侵入する。俺はジャンプしてリニアモーターカーの天板に着地した。凄まじい風だが、俺の身体には影響しない。奴は膝をついて口元を袖で拭った。


「列車の上でバランスを崩さずに姿勢を保てるとは大した奴だ。だが、ここまでだ。このステージは貴様に不利に働くが、俺に影響はない」


 俺は上着のコートを脱いだ。コートは風に舞い、街の中に消えていく。

 奴は俺に向かって走ってきた。向かい風が奴の速度を落とす。体幹のバランスを崩す。吹き飛んでいかないだけ人間にしては優れていると褒めてやろう。速度の落ちた赤いブレイドを俺は腕で受け止め、弾いた。


「お前が先に殺した3人。ULの量が豊富な俺の側近だった」

「……そうかよ。他の奴とそんな変わらなかったぜ」


 嘘か。それとも、本気でそう感じたのか。


「一人はデッカーと言ってなぁ。医師志望の学生だったそうだ。もう一人はモーグ、こいつは優秀な機械工学の博士だ。最後の一人はバーグ、こいつはしがない会社員だが、娘二人の為にそれはもう一生懸命働いたと言っていた」

「何が言いたいんだ」

「お前が街で殺しまわった機械人間もそうだ。他の街の住民と同じ、それぞれ過去があり、家族がいた」

「情に訴えるつもりか?」

「違う……わかっていないなぁ」


 俺は頭を横に振る。


「俺達が死に、再び目覚めた時には小さなチップの中に意識が閉じ込められていた。ほとんどの感覚を消され、ただ人間を殺すためだけの存在にされた。だが、それは貴様達も同じだ。俺達を殺すための駒だ! 未来人の行いによってすべての死者は無意味な物語を持つ駒へとなり下がった!」


 俺は足元の装置を起動させた。リニアモーターカーの天井から火炎放射器が台座とともに現れ、即座に引き金を引く。闇夜を消し去る赤い火炎が放射される。奴は蔓の壁を作ってそれを防いだ。


「この戦争が終わった後に、この大陸にいる駒はどうなると思う!? 帝国に温かく迎え入れられると思っているのか!? 答えはNOだ。未来人は全てを消し去るだろう。人間だろうと動物(アニマル)だろうとキメラだろうと関係ない。わかるか? 俺達に希望はない」


 俺は火炎放射器を天井に仕舞った。奴も植物の壁を解除する。


「俺達にはこの戦争が全てだ。戦争が俺達を生かしている。だが、そんな無意味な生はないだろう。だからこそ、俺達が戦争を終わらせる。次に俺達も消える。全ては消える。そして自然に戻る」


 俺は自らの身体に付属させた戦闘装置を起動した。身体の各部から蒸気が漏れ出る。人間の外装を模した肉の革袋が所々消滅し、メタルのボディが露出する。身体能力を著しく向上させ、同じ機械人間ですら握り潰せる力を得る。

 向かい合う奴は黄金の槍を背中に仕舞い、両腕のブレイドを起動させる。不思議なものだ。こうして街の光に照らされた奴のシルエットを見ると、俺がこの世界で唯一恐れた存在を思い出す。いくつもの武器を従えた最強の生物。味方ながらその戦闘力の高さに身震いした、あの狂戦士(バーサーカー)を。


「聞き捨てならねぇな……」


 奴がぼそりと呟いた。リニアモーターカーの走行音がけたたましく響く中、奴の声は不思議に通った。


「なんだと?」

「お前はまるでこの大陸の全てが無意味だと言っているように聞こえる」

「そう言っているつもりだが」


 違うとでも? 否定できるとでも? 俺達死人が生きていることになんの意味がある。


「悪いが俺はそうは思わない」

「ほぉ……何故だ」

「俺には大切な人がいる。守りたい人たちがいる」


 なんと幼稚な。呆れ返るほどつまらないセリフだ。


「ガキめ。貴様に話を振ったのが恥ずかしくなるわ」

「生きる理由は自分で作るもんだ。それは今も昔も大して変わらねぇさ。全てを無意味だと言っちまえばそれで終わりだろうが。俺は……」


 奴は構えた。前傾姿勢。今にも飛び掛かってきそうだ。


「戦う。植物だろうが動物だろうが機械だろうが。キメラだろうが、未来人であろうが! 最期まで戦い続けてやる!!」


 いいだろう。かかって来い。

 その理想も信念も、貴様が全てを無意味だと悟るまで、潰し続けてやろう。



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