48.Sleep
あいつがそう簡単に死ぬとは思えない。だが、あの爆発で生き残れる人間がいるとも思えない。ジェットブーツを使えば爆破現場まで直ぐに確認しに行けるが、そう思い通りにはいかないようだ。
どこからか飛んできた巨大な鉄の塊が、整備された道路に降りたつ。地響きが鳴り、地面が揺れる。
「マシン……」
「話よりもでかいぞい」
そうだ。ショットタウンで戦った奴よりも一回り大きい。それだけじゃない。操縦席から延びる4本の腕に装備された武器が、見たことのない筒状の武器二振りと、大きな鉈二振りに変更されている。
「終わりだ侵入者ども! 覚悟しろ!!」
拡声器でボリュームを上げた声が響く。敵は威嚇の為に天に向けて筒のトリガーを引いた。赤い火炎が辺りを照らす。オットー爺さんの目つきが変わった。
「自ら目の前に現れるとは愚かな」
爺さんは剣を構えた。隙のない構えだが、果たしてあの鉄のマシンに通用するのか。
「オットーさん、あのマシンは前回の奴より強化されている。前回の弱点の操縦席も、真下の燃料タンクもガードが厚くなっている」
「撹乱し、隙を突く。わしが武器を叩く。主は本体を狙え」
作戦というには雑な発言。狙いを絞っただけだ。だが、それ以外に打つ手がないのも事実。
俺とオットーさんは同時に走った。ほとんど同じ速度、タイミングで左右に分かれ、挟み撃ちにする。俺は試しに走りながら拳銃を操縦席に向けて撃った。弾は貫通しない。ULを感知できないため破裂も起きない。直ぐに火炎放射器が頭上から俺に向けられる。火炎が襲い掛かってくる。俺はジェットブーツで空中を駆け回り、火の手から逃れると同時に剣を抜き、斬撃を放つ。斬撃はマシンの腕に当たるが、傷もつかない。
「駄目か……やはり」
ヒートブレイドでなければ。だが、この武器の有効範囲は極端に狭い。
俺がマシンの右半身と戦っている間に、オットー爺さんは左半身と戦っていた。火炎から高速で逃れ、鉈の斬撃を剣で数度受け止めるも、後退していた。
同時に左右の相手と戦うとは。それも俺達相手に。
「考えにくいな……こいつ一人じゃない」
操縦している機械人間が最低でも二人乗っている。操縦席も巨大化されているようだから余裕があるのだろう。
厄介だが、複数人で一つのマシンを動かしているのならば、複雑な操縦は難しいはず。複雑な戦いは、寄生植物の得意分野だ。俺は右手にヒートブレイド、左手に黄金の槍を持ち、寄生植物を発動させる。
「妙な武器だが無駄だぜ」
生み出した蔓の鞭は火炎放射器二本分の火炎を浴びて瞬時に焼かれた。大した出力だ。植物とはいえそれなりの硬度を誇る武器を丸焦げにするとは。グヨンの遺体にも納得がいった。故に許しはしない。
俺は機械人間が蔓に気をとられている一瞬のうちに上空にジャンプしていた。あれだけの火炎を放出したのだ。奴等の操縦席がどうなっているかは知らないが、その眩しさで視界は零に近かっただろう。俺が上空から操縦席に向けて刃を振るおうとしていることに奴等も気付き、鉈を振り回してくるが、問題ない。俺は身体に近付いてくる鉈を二本ともヒートブレイドで斬り飛ばし、そのままマシンを縦に二つに切り裂いた。
「一人で倒しおった……」
残念だったか? なら申し訳ないが、俺も必死なんだ。
縦に二つに分かれたマシンはパッカリと割れ、それぞれが地面に倒れる時、大きな地響きと土ぼこりが舞った。その中から、愕然とした様子の機械人間がよろよろと出てきた。
「何っだってんだ、てめぇ……」
「中型"クラッシュメタル"を……簡単に」
俺は目を凝らす。こいつら武器を持っていない。マシンで十分だと思ったようだ。甘いな。
「二人か……」
俺はゆっくり歩いて奴等に近付く。奴等を怖がらせるため、ではない。奴等が最期に決死の抵抗をする可能性を考慮し、慎重に近付いているんだ。
「待て、葉鳥」
オットー爺さんが俺の進行を遮る。
「お前達が火炎放射器で兵士の娘を焼いた者か? それとも、別の者か?」
機械人間にとってはその問いに意味はないだろう。オットー爺さんの性格から考えて、グヨンを殺したものであれ、殺していないものであれ、敵は容赦なく殺すはず。この問いは、ただオットー爺さんが気になるから尋ねただけだ。だが、機械人間はそうは思わなかったようだ。
「……正直に答えたらどうする?」
機械人間の一人が尋ね返す。
「一考の余地はある」
オットー爺さんが答える。俺が倒したんだけどな、という言葉は飲み込む。
ただ、俺はこの後の機械人間の行動を予測できていた。だから、俺は機械人間が答えを返す前に、ギークから伝えられていた奴等の弱点、後頭部をヒートブレイドで切り飛ばした。ギークは簡単にはいかないと言っていたが、簡単だった。二体とも同時に。瞬時に機能を停止する。当然、爺さんは憤慨する。
「何をする!」
「オットーさん、俺は共通感覚でこいつらの考えが読めました」
例の如く、自爆するつもりだった。オットー爺さんの疑問に答えるつもりは彼等には更々なかった。ただ時間稼ぎをして、中型マシンを爆発させて俺達ごと消滅するつもりだった。
「機械人間は自分たちの命よりも人間を殺すことを優先させます。悔しいが覚悟がある」
オットー爺さんはため息を吐いて、剣を背中に仕舞った。
「人殺しは人殺しじゃ」
その通りだ。そして、機械人間に手をかけた俺も、遂に人殺しとなった。人間なら今まで幾度も切ってきたが、そこに命はなかった。俺は初めて、人の意識を永遠に奪った。
「後悔はないが、気分はよくないな」
だが、ここで立ち止まるつもりはない。グヨンの敵討ちだけではない。俺は守るために戦っているんだ。
だから、既に切って放置していた機械人間達の前に戻って行き、その全ての意識を奪った。頭だけ残された機械達を、淡々と、淡々と、狩っていった。誰一人恐怖の声を上げなかった。あれだけ騒いでいたのに、罵声を浴びせることもなかった。最後の一体だけ、俺に声をかけた。
「お前、人間だよな」
どういう意味だったのか。俺に分かる時がくるだろうか。
爆破現場のビルに上り、軽く様子を伺う。粉々になったデスクやガラス片、PCの残骸が残されている。ギークの姿、というか遺体は見当たらなかった。消し飛んでしまったのか。爆発物らしきものも見当たらない。何が起こったのか全く把握できない。彼は最後に何か言っていたが、思い出せない。
日が暮れて、街の街灯が自動的に点き始める。高層ビルの窓明かりも点いていくが、これもおそらくは自動だろう。遠くにリニアモーターカーが走っているのが見えた。あれも自動なのだろうか。
オットー爺さんのもとへ戻り、ビルの陰に隠れて休む。辺りにカメラが設置されている可能性もあるが、中型マシンを破壊した時点から機械人間に遭遇していない。
「あの博士、機械人間は31体と言っておったな。わし達が、というか主が、相当数仕留めたろう。数は確実に減っておる」
「ですが、スパイは確実に残っている。何より、機械人間のボスがいる。マッチョ……キャサリン隊長と、グレートウォールの英雄ジェットを肉弾戦で相手取って一歩も引かなかった奴が」
少なくとも、あのボスを倒さねばこの騒動は終わらないと確信できた。
「それにしても……随分と明るいの」
「オットーさんは前世でもこんな光景を見たことはないのですか」
「ない。わしは1800年代を迎えることなく死んだ」
俺が生まれる前に既に死んでいた人と会話している。今更だが、奇妙な話だ。
「でも、変ですよね。これだけ明るければ、遠くまで明かりが届くはず。吹雪に阻まれる北ならまだしも、グレートウォールやショットタウンから見えそうなもんですが……」
高層ビルを眺めて呟くも返事がない。ふと横を見ると、オットー爺さんは眠っていた。見慣れた光景だ。まぁ、この数日よく頑張ったものだ。130歳の年寄りがあれだけ戦えているだけでも驚くべき出来事だ。
俺は眠らない。段々と睡眠をとる感覚が短くなっていく。今では2週間ぐらいなら平気で起きていられる。おかしな体質になったものだ。
そして、気が付いたら周囲に多くの気配を感じて、目を開けた。まだ辺りは暗かった。
「あれ? 俺」
「寝ておったぞ」
「この気配は……」
「囲まれとるようじゃ」
なんだって? そんな筈はない。俺は眠らなくても大丈夫なはず。
「敵地の真ん中でお眠りとはな!!」
「あんたもだろ!!」
この叫びがとどめだった。奴等が一斉に動き出した。




