47.Data
なんてことだ。
目の前に広がる光景は懐かしくもあり、新しくもある。首を上げても全体を把握できない高層ビルの群れ。複雑に絡み合った高速道路。街を円周上に走る洗練されたデザインのリニアモーターカー。電工掲示板や街灯が闇夜を打ち消す。俺の時代よりも数十年、もしくは数百年進んだ文明。
違和感があるのは、これだけ進んだ都市でありながら人が一人も見当たらないこと。理由はおそらく、機械人間が立ち寄らせなかったからだ。
「興味深いねぇ。この都市を機械人間が造ったのか……もともとこの戦地に設置されていたのか。この都市に訪れた人間は殺されたのか、もしくはこの都市に訪れた人間こそが機械人間の正体か。是非調べたい」
確かに気になる疑問ではある。しかし、目を輝かせているギークと違って、おれは兵士だ。優先するべきは探求よりも任務。まぁ、最早軍人ではなく個人的な執念で動いている俺達にはどちらでもいいことか。
「どこかに監視カメラがある筈。見当たらないが」
「小型化されているんだろうね。人間は小型化が好きだから。しかし、監視カメラがあるってことは、それを覗き見る連中がどこかにいる筈だ。そこを特定しよう」
「どうやって?」
「街のシステムのハックで多くの情報が得られる。専門ではないが準備はしておいた。アーサー隊の情報では高層ビルの内部にpcがあり、電源もついているそうだ。まずは潜入から始めよう」
「わかった」
見えないカメラに気を付けながら潜入か。難しい任務だ。ふと隣を見ると、いる筈のオットー爺さんがいなかった。
「あれ? どこに行った」
「あー堂々と歩いているねぇ」
整備された車道らしき道の中央を歩く爺さん。俺の知っている時代なら車に轢かれて終了だろう。今回の場合は、車は一台も見当たらないが、奴等に見付かって終了だ。
「話を聞いてなかったのか」
「耳が遠いのかねぇ。なんせ130歳だ。ULの身体能力向上にも限界がある」
「今から間に合うと思うか」
「無理だろうね。見付かったと考えて行動するべきだろう」
俺達は走った。走らざるをえなかった。俺とギークが走ると、爺さんは抜かれまいと走り出す。そうすると爺さんが先導するはめになり、俺達はどこに向かって走っているのかわからなくなった。
「オットーさん! 作戦をわかっていますか!?」
「あ? なんじゃと?」
「作戦を……」
オットー爺さんは突然停止した。即座に、爺さんの足元に銃弾が跳ねた。
「おでましじゃ」
武装した男達がビルの影から姿を表す。ちくしょう。おでましじゃ、じゃねぇよ。誰のせいでこうなったと思っているんだ。
「ギークは後ろにいろ」
「分かっているさ」
「オットーさん、準備はいいか?」
「わかっておるわ」
爺さんは軍服を脱いだ。ついでにズボンも脱ぎ始め、パンツのみの姿となる。130にして見事な筋肉を誇っている。それは尊敬しよう。だが……
「このジジイ、頭おかしいんじゃねぇの?」
「狂ってやがる」
機械人間は困惑しながら銃を向ける。俺も同じ言葉を使いたいところだ。アーサー隊長の脱ぎ癖の原点を見つけた。なんの喜びもない発見だ。
俺は黄金の槍から作った蔓の壁でギークを覆い、ヒートブレイドを起動し、動いた。機械人間の何体かが俺に攻撃の意思を向ける。俺に敵意を示したのは前方に二人、左右に二人ずつ、手持ちの武器はショットガンとマシンガン。残りの数歩離れて武器を構えている数人はオットー爺さんに意識を向けていた。そちらは任せることにしよう。
「こいつ速え!!」
俺は前方の二人の銃口を避け続け、一体の腕を切断した。銃が腕ごと落ちる。青い液体が飛び散る。
「嘘だろ!? なんだよこいつ」
「いいから撃て!! 仲間に当たっても構わねぇ!!」
銃弾が前方と、左右から放たれる。敵の攻撃の意思は明確に感じる。俺は身体を捻り、身を屈ませ、時にはジャンプしてそれを避けた。地面に着地する間に前方のもう一体の上半身を斬り落とす。
「あ、有り得ねぇ」
こいつら、痛覚はないようだ。負傷しても驚いているばかりで叫びもしない。機械だから当然なのか。
右の二体が引き金を引く間に黄金の槍を地面に突き刺し、蔓で銃口の位置をそらした。左の二体には斬撃を飛ばした。狙いは機械人間自体ではなく武器だ。思い通りに、奴等のショットガンは二つに分かれた。
「この糞やろうが!!」
武器を失った左の二人は殴りかかってくる。右の二人を蔓で翻弄しているうちに、俺は刀を仕舞って再びリストブレイドを起動、殴りかかってくる二人の首をはねた。
残りは右の二人。蔓の相手に夢中のようだ。蔓にショットガンを打ち込むが、俺が槍からULを送り続ける限り再生し続ける。後は簡単だ。隙だらけの二人を走りながら切り伏せた。
「なんだよてめぇは!」
「聞いてねぇぞ!!」
青い液体が地面を濡らす。首や上半身のみとなっても叫び続ける男達に囲まれている。奇妙な状態だ。蔓の壁を解き、中から現れたギークは拍手をしながら悲惨な現場を歩いた。
「無力化を目的とするならひとまずこれでいいだろう。彼等の意思決定の核が身体のどこにあるのか判明していない今、殺すことはできないしね……少々やかましいが」
そう、彼等を殺すこと、完全に停止させる方法は分からない。勿論、身体を損傷させ続ければいつか叶うことだろうが、時間のない中、そんな実験はできない。
「情報をハックさえできればそれも判明するだろう」
「じゃあ、早くやってくれ」
俺は指をさして高層ビルの入り口を示した。
「いいのかい?」
「俺とオットーさんで奴等を引き付ける。今がチャンスだ」
少し離れた場所で、オットー爺さんは機械人間5人と戦っていた。爺さんは素早く、その大剣で奴等の武器を全て損傷させていた。常人にできる芸当ではない。だが、やはり機械人間自体にダメージは与えられない。
「まぁ、君がいるなら心配はいらないか。じゃあ、行ってくるよ。奴等を丸裸にしてくる」
彼は口笛を吹きながら悠々とビルの中に消えていった。
「さて……」
俺はダッシュで近付き、五人をヒートブレイドで切り裂いた。今度は顎から下を斬るように狙った。喋れないようにするためだ。だが、奴等は口から発声しているわけではなかったようだ。
「なんだてめぇ!?」
「今何しやがった!!」
「嘘だろ……俺の身体……」
下顎のない頭が電子音声のような声を上げている。気味の悪い光景だ。
戦闘をこなしても息切れすら起こしていないオットー爺さんは、俺の腕を見て「ほう」と声を上げた。
「丈夫な武器じゃな。奴等を焼き切る熱に耐えられるとは」
「ええ。一つはともかく、もう一つは狂戦士からもぎ取った武器ですから」
「噂は聞いておる」
噂? なんの噂だろうか。オットー爺さんは喚いている機械人間の頭を蹴っ飛ばした。
「仲間を殺され、狂戦士に復讐を誓っておるそうじゃな」
「ええ……まぁ、大まかに言えば」
「奴は強い。昔から人間の脅威じゃった。じゃが、おぬしなら叶えられるかもしれぬ。強さもそうじゃが……その目。復讐の鬼の目じゃ。今のわしと同じ」
復讐は力を生む。歴戦の戦士にそう言われれば納得もいく。現に、普段常に眠っている老人がこれだけ戦えているのはグヨンの為だ。
イヤホンから通信が入った。軍から孤立した今、連絡をしてくる人物はただ一人。
「ギーク、どうだ?」
「まだ60%ってところだが、色々分かったよ。中々興味深いねぇ」
声のトーンが上がっている。知識が満たされ喜んでいるようだ。
「今の俺達に有用な情報は?」
「そうだねぇ、まずは……」
そこからの彼の話は長かった。ここは戦地の真ん中だぞと怒鳴りたくなった。
まとめると、機械人間はやはり元人間で、人間の意識をデータ化する技術を使って機械の身体にインストールされているらしい。これはやはり動物側の技術だそうだ。そして、そのインストールされたデータは機械人間の後頭部にあるマイクロチップに入っている。
「人間の後頭部の骨は分厚い。機械人間も同じで、その部分の装甲は他と比べて頑丈にできている。これはヒートブレイドでも一太刀という訳にはいかないだろうねぇ」
他の情報としては、この都市は未来人が提供した戦地で初期から存在していたこと。そこを機械人間が占拠したこと。やってきた軍人は軒並み捕えられ技術を奪われ、実験台にされたこと。
「あとはねぇ……ほぉ、これは中々驚きだ」
「勿体つけるなよ」
「そうだねぇ。今、機械人間のリストが開かれたんだよ。未来人が制作の段階で作ったものかねぇ。そんなものが何故PCに保管されているのか……人間へのご褒美のつもりかねぇ」
長い。なんなんだ。聞き流していると、突然
「スパイがわかったよ」
と言い出した。それを先に言え。
「機械人間は全員で31体。グレートウォールを襲った連中とスパイで全員だね。ボスはマスクの奴だねぇ。こいつだけULの量がそこらの奴と段違い。頭もいいようだ。例のマシンは彼の設計だよ。逆に彼を叩けばマシンの製作は止まる。それでスパイだけど……あれ」
ギークにしては珍しく、言葉が詰まった。
「ちっ、マダーのやつ」
高層ビルの中ほどが突然爆発した。イヤホンから爆音がしたので耳を離し、つけなおすとノイズだけが聞こえている。
「おい? おい!!」
呼びかけても返事がない。ガラスの破片がパラパラと舞い落ちてくる。
「葉鳥くん……彼は」
「……わかってます」
混乱はしなかった。慣れてきたからだろうか。人の死に。
ギークのいた部屋が爆発した。原因は分からない。外部からの攻撃ではなかった。内部から爆発したのだ。




