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46.Warlock

 「任務だ」と言い張り街を抜け出すのは簡単だった。日頃の行いの賜物だろう。やはり、人間真面目でなくては信頼は得られない。

 ジャングルを歩き出して抱いた感想と言えば、オットー爺さんが自らの足で密林を歩いていることへの違和感だ。大きな剣を担いで軽快に歩く様子は、アーサー隊での有り様からは想像もできない。


「"虐殺魔神"オットー隊長……話には聞いたことがあるけれど、まだ生きていたとはねぇ」


 ギークが興味深そうに瞳を向ける。俺も噂は聞いていた。彼はショットタウンの元英雄。だが、その二つ名は初耳だ。"虐殺魔神"だなんて、随分と物騒じゃないか。


「今や寿命の尽きかけた老いぼれ。その名に意味はない」

「そうかい? 噂じゃ、5匹のキメラを葬っているそうじゃないか。武器はその刀かい? 随分と大きいねぇ」


 俺は二人に目を向けた。オットー爺さんはどうした? と表情で伝える。


「グヨンの仇討ちの為に全てを投げ出すおつもりですか?」


 彼は俺の瞳を真っ直ぐ見つめて「勿論だ」と答えた。


「どちらにせよわしの身体は長くない。前世で60年、こちらで70年生きた。肉体の限界が近付いておる。わかるのじゃ。最期はアーサー隊に囲まれて逝くつもりじゃった」


 130歳。驚きだ。世界記録じゃないか?

 オットー爺さんが「最早それも叶わぬ」と肩を落としているところに、ギークが「黒炭にされたからねぇ」と余計な発言を挟んだところで、前方に気配を感じた。


「ギーク、レーダーの反応は?」

「レーダー? 持ってきていないよ」

「なんだって? サポートがお前の仕事だろ」

「凡人のそれと同じにしないでくれ。私のサポートはレベルが違う。そんな私にレーダーは不要なのさ」


 何を言っているんだ。結局、役に立っていないじゃないか。


「わしが見てこよう」


 前に躍り出たオットー爺さんを慌てて呼び止める。彼は迷惑そうに振り向いた。


「なんじゃ?」

「何も分からないのに近付くのは危険でしょう。マシンかもしれませんよ」

「なんじゃと? 願ったりかなったりじゃろうが」


 そう言い残したあとの爺さんは速かった。草木を掻き分け一瞬で移動した。その速力はジェットブーツを使いこなしたアビー先輩並みだった。

 俺とギークは慎重に気配のもとへと近付き、目を開いた。オットー爺さんが大剣を片手にため息をついている。


「ただのワニじゃった」


 一口で大人を五人ほど丸のみできるであろうサイズのワニが、頭を切断された状態で転がっていた。


「"ブラウンアリゲーター"をものの一瞬。これが"虐殺魔神"の力だよ」


 ギークが俺に説明していることに気付かず、反応に遅れた。ああ、確かに強いんだろう。しかし、そうやって凄さを知れば知るほど、では普段の姿はなんなのか? と思わずにはいられなかった。

 俺達はひたすら歩いた。動物(アニマル)の数は寄生植物(パラサイトプラント)騒動以後減少していたから、進行の速度は騒動以前と比較してめっきり上昇していた。


「思い出したことがあるんだ」


 俺の言葉に、「なんだい?」と首をかしげるギーク。


「俺が倒した機械人間が自爆する前に、食事をしたとか、女を……その……どうこうしたとか、そういう例えを使ったんだ。まるで、そうした経験があるみたいに」

「ほう」

「機械の癖に奇妙じゃないか? それとも、あれは時間稼ぎの嘘だったのか……」


 ギークは短く笑った。相も変わらず笑いのつぼがわからん。


「機械人間は元人間だよ」


 俺にそれほど大きな驚きがなかったのは、予想がついていたからだ。奴らの言動を考えてみれば、およそ機械らしくないのがわかる。まだ出会った頃のGX-7000の方がそれらしかった。


「気付いていたんだろう? それをわざわざ私に言わすなんて、悪い子だ」

「お前も気付いていたな。なんで言わなかった」


 機械人間のことを調べあげている代表者の彼だ。どの段階で発覚したのかは分からないが、発表の場はいくらでもあっただろう。


「それも分かっているんだろう?」


 わかっている、というより予測だが。


「機械人間が元人間だと知られれば、寄生植物(パラサイトプラント)騒動の時より面倒な展開になる。あのとき、死体相手でさえ戦える者が少なかったのに」

「そう。友好な道が、なんて言い出す人間まで出てくるだろうねぇ。そんな会議を重ねてる間に人間は滅びる。あのマシンが量産されて、大型武器が揃えば、ね」


 ギーク。彼の考えは俺と随分と似通っている。あのマシンの使い道も、俺と同じ結論に達している。認めたくないが、この変人は俺と同じ思考回路を持っているらしい。違うのは、俺が普通だということと、謙虚だということぐらいか。


 密林の中で再び気配を感じる。その事を呟いた瞬間、オットー爺さんは相談もせずに飛び出していった。


「速いな」

「速いねぇ」

「それはいいが、自分勝手過ぎる」


 再び追い付いたときには目を向いた。オットー爺さんの前には体格のいい男が三人立っている。服装から兵士でないことは把握できた。ただの野盗か、機械人間かだ。


「ギークは隠れていろ」

「勿論」


 即答か。準備万端といった彼の様子から、もしかすると戦闘でも何か策があるのかと思っていたが、期待しすぎたみたいだ。

 俺はオットー爺さんの隣に立つ。隣にいるだけで、爺さんからの殺気をびしびしと感じた。男たちは俺達を見て嘲笑った。


「いかれたジジイの次はお坊ちゃんか」

「軍服だぜ」

「武器も持ってるな。いただくぜ」


 チンピラのような口調。いかにもやられ役な態度。しかし、彼等が機械人間ならば戦闘力は高い筈だ。

 途端に爺さんは走り出していた。彼は剣を振り上げ、なんの容赦もなく三人のうち一人の首を叩ききった。彼の頭は半笑いを口元に浮かべたまま地面に転がる。身体はぐにゃりと折れ、大量の血液を首から噴射する。


「人間じゃったか……」


 遅れて、何が起きたか把握した残りの二人は悲鳴を上げた。せっかくショットガンを持っていても使う気にはならなかったらしい。


「覚悟もなく武器を持つな!」


 爺さん。全く容赦がない。恐怖でパニックになった二人の野盗は口を大きく開けたまま首を飛ばされた。


「虐殺魔神は健在だねぇ」


 拍手をしながら現れたギークは愉快そうだ。俺はというと、そうでもない。確かにこいつらは録でもない人間だろう。しかし、殺す必要があったのか。爺さんを止めなかった時点で俺も共犯だが。

 爺さんは野盗のショットガンを一丁頂き、装備した。


「昔を思い出す」


 恍惚とした表情だ。さぞ楽しい思い出なのだろう。

 そのまま進み続け、地図の空白地帯に差し掛かる。アーサー隊の報告通りなら、ここからまた暫くジャングルを進み、段々と超文明都市が現れる。


「行くぞ!」


 爺さんが叫んだ。今やすっかり昔を取り戻した彼は、俺達を先導して下さるようだ。


「う~ん。段々と面倒くさくなってきたな」


 ギークが呟いた。爺さんに対してだろう。同意しよう。流石はアーサー隊の育ての親だ。



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