45.Return
兵士の一人がアーサー隊長に敬礼する。アーサー隊長はハットを被ったまま短く頷き、引きずっている袋の紐を手放した。その場にいた兵士全員が袋に向かって敬礼する。ユリヤは女性兵士に肩を支えられながら静かに涙を流した。
俺はピーちゃんを手に持ったままアーサー隊へ近付いた。アーサー隊長は俺に気が付くと視線を向け、直ぐにそらした。そして、かすれた声で
「すまない」
と謝罪した。
謝らなくていい。ゆっくり休んでください。そんな、簡単なセリフが出てこなかった。
袋に近付く。直ぐに異臭がした。嫌な臭いだ。そうとしか言いようがない。ひざを折って、袋のジッパーに手をかける。
「葉鳥隊長……」
知らない兵士がひっそりと声をかけたが、誰かがそれを静止した。目を向けると、マッチョナース隊長が立っていた。
「覚悟は良い?」
優しい声音だった。俺は答えず、袋を開けた。
異臭のする赤黒い塊。素直な感想だ。およそ人とは思えない。かろうじて人の形をしているのと、赤黒い中に歯と骨のような白い物質が混ざっている様子から人間だと判断が付いた。塊の上には鎖鎌が置いてある。
何も言えない。帰ってきたら人形を返す、そこから話を広げよう、そう考えていたからだ。
「偵察は途中までは順調でした」
アーサー隊長の声が会議室に響く。普段のような覇気はない。
「東西南北から全軍同時に侵入する。一日目は動物と接触することなく完了。密林を抜け地図の空白部分に足を踏み入れ、そこから2キロ進むと、驚きました。樹木は少しずつ減り、地面はアスファルトへと変わり、開けた街は文明の進んだ都市でした」
超高層ビルの群れ、高く設置されたレールを走るリニアモーターカー、明るい電灯、自動的に進む道。
「私、ユリヤ、グヨンの生きた時代はバラバラですが、全員の前世の記憶を上回る文明がありました。勿論、人は見当たりません。無人の大都市です。私達は他の街の兵士と連絡を交わしながら進みました」
突然、予兆もなく機械人間に見つかった。任務はあくまでも偵察。撤退に重きを置きながら戦闘をし、逃走。しかし、どこへ逃げても機械人間は追ってきた。隠れても無駄だった。
「私達は他の街と連絡をとりました。しかし、どの部隊も同じ状況でした。透明眼ですら逃れられなかったようです。逃げても逃げても追ってくる。やがて、機械人間と何度目かの戦闘が始まりました」
機械人間は筒状の武器をグヨンに向けた。彼女はロケットガンだと判断し、それならば"溜めの時間"があるだろうと機械人間に向かって走り出した。ロケットガンならば隙が大きい。近距離戦に持ち込めば優位。勇気の必要な正しい判断だ。
ところが、その武器には溜めがなかった。即座に火炎がグヨンを襲った。
直後に透明眼の部隊が駆けつけ、戦闘しつつ逃走した。グヨンの遺体は透明眼が連れ戻してくれたらしい。
「密林まで戻った時点で北の部隊とは離れました。グレートウォールとオアシスの部隊がどうなったのかはわかりません」
「ご苦労だった」
グラン総帥がねぎらうと、アーサー隊長は小さく頷いて席に戻る。疲れ切った様子だ。
長年空白だった地図を埋めた。快挙だ。しかし、喜ぶものは一人もいない。隊員が死んだ。それも、若い女性隊員が、火炎放射器で。いくら同僚の死に慣れていても、誰が喜べる?
「隠れても見つかった理由には見当がつく」
ショットタウンの科学者、フォックス博士が呟く。
「簡単だ。監視カメラだろう。文明の進んだ都市ならば当然存在する。この戦地に慣れてしまった我々にはその発想も浮かびにくいが……」
ああ、そうか、と俺は思った。世の中にはそんな物があったな、と。
武器のレベルでも負け、隙が生じれば襲い掛かられ、こちらから襲撃しても分が悪い。スパイの存在もある。暗い雰囲気のまま会議は終わった。
俺とGX-7000しかいない隊舎で俺はソファにもたれかかる。街で発行された新聞には、先日のマシン襲撃の件と偵察隊の帰還が報告されていた。グレートウォールとオアシスの兵士は誰一人帰って来なかったらしい。
「俺達、ピンチですね」
GX-7000は頭を抱えていた。
「どうしてそう思う?」と、俺は答えた。
「だって、誰の目で見ても明らかじゃないですか」
もともとこの戦争自体負け戦だ。兵士の士気が落ちている理由は、機械人間への恐怖からだろうか。相手は俺達と同じように喋り、武器を使い、頭を使う。
俺はピーちゃんことグヨンのぬいぐるみを探った。普段、彼女が鎌を収納していたスペースだ。目的があったわけではない。なんとなくだ。だから、手紙が出てきたことには驚いた。
「遺書」
GX-7000が呟いた。俺は読めない。
「読めるのか?」
「私、四か国語の読み書きが可能です」
へぇ、意外だな。読んでくれと言って手紙を渡す。
「初めに、アーサー隊長、あなたは私の父のような存在でした。気味悪がって誰も受け入れてくれない私を、あなたは拾ってくれた。ユリヤさん、あなたはお母さん。いつも私を勇気づけてくれました。オットーさん、あなたは私の師匠であり、おじいちゃん。最後の弟子だからと言って、可愛がってくれました」
途中から鼻をすする音が混ざる。おい、GX-7000、設定はもういいのか? 今更だが。
「私達は家族、掛け替えのない、家族。みんな大好きです。今まで有難う」
ああ、そうだ。アーサー班は確かに、家族のようだった。
「……最後に、葉鳥くん。弟みたいで、かわいいと思ってました。私には前世で弟がいたんです。先に私が死んじゃったけれど、ずっとかわいがっていました。しろさんの為に、頑張りなさい」
引っかかるな。弟? しなさい? そんなつもりで接していたのか。驚きだ。笑っちまうよ。
俺は立ち上がり、武器を装備した。GX-7000が首を傾げる。
「何してんですか」
「ちょっとな」
今、街は敗戦ムードだ。これからの方針はおそらく、自分の街をいかにして機械軍から守るか、という方向にシフトされるだろう。当然だ。戦える武器が少ないから。その少ない武器を所有している俺は、街の警備に配属されるはずだ。
悪いが、冗談じゃない。このままズルズルと守りに徹せば、いずれ人間は敗北する。攻め込まれ続ければ負ける。当たり前の話だ。
扉を開けた瞬間、マッチョナース隊長がいた。巨大な筋肉おかまが突然出現するんだ。驚く権利はあるだろう。
「何しに行く気?」
「わかっているでしょう」
機械人間を潰す。
「駄目よ。軍の命令がどうこう言っても気にしないでしょうからそれは言わないでおく。でもね、いくらあんたでも勝てない。場所は敵のホーム、集団で、頭を使う。準備が整うまで待ちなさい。せめて、機械と戦える武器が、中隊で構成できるようになるまで」
「その前に人は負ける。わかっているでしょう。敵がなんで乗りにくいマシンなんかに乗って襲い掛かってきたのか……大型武器を携帯させるためだ。ロケットガン、ガトリングガン、火炎放射器。他にもあるかも。個人では持ち運べない武器でもあのマシンなら運べる。個人ではUL量が足りない武器でも、マシンから供給できる。前回の襲撃はその実験だ」
もし大型武器を持ったマシンが30機まとめてかかってきたらどうする。英雄の有無なんて関係ない。どの街だろうが殲滅される。
敵がそれをしないのは準備段階だからだ。大型武器はまだ量産されていない。グレートウォール襲撃時点でロケットガンは三丁。俺に向けたガトリングガンも、おそらくグヨンを殺した火炎放射器も、まだ実験段階だ。つまり、時間を与えれば完成させられる。
「軍もそれは分かってるわ。でも……」
「わかってます。だから俺が行く。俺は英雄じゃない。もともとこの街の人間でもない。俺は守りたい者を守るために戦う」
「この街にいられなくなるわよ」
分かっている。軍の命令に背くんだ。なにより、しろ。君を置いていくことになる。君に会うことすら難しくなる。だが、堪えられないんだ。座して死を待つのが。君を守れないのが。仲間を、家族を殺されて黙っているのが。
「機械人間は必ず滅ぼします。その代わりに、しろのことをお願いします」
マッチョナース隊長は寂しげな目をした。
拍手が聞こえた。わざとらしい拍手だ。姿を現したのはギークだった。
「なんで、この街に……」
「機械人間の分析に呼ばれたんだ。自爆したとはいえパーツがいくつか見つかっているからねぇ」
白衣をはためかせ、俺に近付いてくる。
「私も同行するよ」
なんだって?
「君の熱意に心打たれたのさ。全てを失っても班員の仇を討とうとする、君の姿にね」
そうだ。グヨンをあんな目に合わせた連中をそのままにはしておけない。
そして、ギークの心情もまた読めた。俺の姿に心打たれた? 馬鹿言っちゃいけない。あんたは、中央都市に興味があるだけだろう。文明の進んだ世界に。
「足手まといにはなるなよ」
「大丈夫さ。今回は色々準備をしたからねぇ」
次いで「わしも連れてってくれるか……」と静かな声が聞こえた。
「オットーさん……」
いつも寝ていた筈の老人が、戦闘スーツを着て立っていた。
「わしの残りの寿命の使い道が決まった……」
オットー爺さんの眼が見開かれる。
「最後の弟子の仇を討つ……」




