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40.Funeral

 病室は変わらない。

 半年間、西の密林地帯、果ての草原地帯、時には北の雪山、東の密林。未来人が気まぐれで落とす道具や部品を探し続けたが、技術的な革新と言えるレベルの発見はなかった。過程で見つかったパーツで新しい武器や装備の向上は行われたが、俺にはさほど価値はない。


「いつになったら、君を助けられるのか……」


 静かに眠る君はあの時から変わらない。


「いつも思うけど、綺麗な人よね。早く会いたいわ。しろさんに」


 セシリアがしろの手を優しくなでながら呟く。


「しろさんって、どこか私の妹に似ているのよね。言ったけ? 私に妹がいたって話」

「いいや、初耳だ」


 勿論、前世の話だろう。多くの人は前世のことは語りたがらない。もう二度と取り戻すことのできない記憶だからだ。時間に取り残された死人だと実感するからだろう。


「全く、あなたにはもったいないわよ」

「ん?」

「だから、あなたの彼女にはもったいないって……」

「彼女? 俺そんなこと言ったか?」

「え? 違うの」

「違うな」


 情報の発信源はヤクザ隊長か。相変わらず人をからかうのが好きな人だ。この場合、からかわれたのは誰なのだろう。俺なのか、しろなのか、セシリアなのか、全員か。

 その日は任務も入っておらず、しろの見舞いに行って、装備の手入れでもしようと考えていた。その見舞い途中でセシリアとばったり出会い、こうしてゆっくりしていたところだったのだが、この後衝撃のニュースが飛び込んできたんだ。


「やっぱりここにいたのね! 探したわよ」

「マッチョナース隊長……どうしたんです? そんなに慌てて」

「緊急任務ですか?」


 セシリアが軍人の顔になる。マッチョナース隊長は頭を横に振り、病室の扉を閉めた。


「いい? 落ち着いて聞きなさい。今から私が言うことに騒いではだめよ。まだ一部の者しか知らされていないから」


 随分と勿体ぶるな……というのが俺の感想だった。どうせ、自分とパーカーの関係が破局したとか、パーカーに恋人ができたとか、そんな話だろうと思っていた。俺は買っていたコーヒーを口に含む。


「グレートウォールの女王が暗殺されたわ」


 吐き出すのを必死に堪えてむせた。セシリアは口を大きく開けたまま硬直している。


「あ、暗殺って」

「しっ、騒がないの」

「本当に死……? 犯人は……」


 分からない、というのが答えだった。


「グレートウォールの王宮内に居住している全員が一晩で殺された。拳銃でよ」

「嘘だろ? あそこには警備兵がわんさかいましたよ」


 隊長は再び首を横に振る。警備兵もろとも殺されたというのか? 


「壁が、破られたわけでは、ないんですね?」


 セシリアがなんとか紡いだ質問は重要だ。壁が破られたということは、街の崩壊を意味するからだ。


「ええ。だから内部の犯行」

「グレートウォールでそんなことができる人間が……」

「相当限られるわね。"二刀流"も"拷問官"も死んだ今、残った英雄は一人、拳法の"達人"ジェット。でも、彼はあり得ないし」


 犯人が誰であろうとグレートウォールは相当荒れるだろう。黒い噂が絶えない女王だったが、その存在は住民にとっては絶対で、俺は嫌いだが必要な象徴だと理解していた。それはこの地で生きる人間であれば認めざるを得ない事実であり、だからこそ、なんだかんだで誰も手を出せないでいた。


「で、どうなるんです?」

「例の一件以降仲直りしちゃったしね。グレートウォールにグラン総帥が向かうわ。トップが出るわけだから、先遣隊と同伴組、後方隊の3チームが必要」


 同伴組にマッチョナース隊、後方隊にアーサー隊が出陣する。英雄二人が出るとは豪華なことだ。


「先遣隊は?」

「そこにあんたが選ばれたってわけ」

「俺?」

「そう、あんた」


 あんたと顎で指されても、俺にチームはない。俺は常に人員が足りない班の補充員として任務に参加していた。


「まさか、俺一人ってわけじゃないですよね」


 隊長は「ははっ」と高い声を上げる。


「そんなわけないでしょ。あんたに新人をつけて、新しい班を編成するのよ。期待の新人らしいわよ。頑張ってね、葉鳥隊長」


 俺も隊長に昇進か。ますます自由が減るな。

 セシリアにしろを任せて、準備を済ませる。急いで集合場所に駆け付けると、既に全員が集まっていた。急なことで大急ぎで準備した割にはみな駆けつけるのが早い。


「ほら、あの子があんたの部下よ」


 俺が近付くと、彼は関節が固まったような動きで俺の方向を向いた。若いが、俺よりは年上だろう。白人のようだが。動きがぎこちない。緊張しているのか? 可愛い奴め。と思ったらどうやら違うらしい。


「わたしはG-X7000と言います」

「なんだって?」

「わたしはG-X7000と言います」


 違うんだ。聞こえていない訳じゃない。言っている意味が分からないんだ。


「彼は自分を機械だと思い込んでいるんだ」


 げんなりしたアーサー隊長が声をかけてきた。右手にオットー爺さんの棺の紐が結ばれている。なんだ、この任務でも爺さんを引きずって歩くのか。いや、それより、なんだって? もう一度言ってくれ。


「何を話してもこんな感じでな。話が通じているのか、通じていないのか……」

「ぷっ、まぁ、葉鳥、頑張んなさい」


 ユリア、いま笑ったろ?

 確かに、こんな世界に急に送られてきたら気もおかしくなるだろう。どうかしてしまうのは仕方のないことかもしれない。だが、自分を機械だと思うだって? しかも、そんな奴をなんで軍人にしたんだ。


「きみ、家族は?」

「データにありません」

「誕生日とか……」

「製造日、、、2670年8月20日」

「わかった、もういい」


 やめだ、やめ。疲れるだけだ。

 俺はG-X7000と共に密林に足を踏み入れた。先遣隊だから、任務の成功に大きくかかわる。隣を両手両足を振り上げて歩く変な男と一緒だが、深く考えないようにしよう。

 ちなみに、ショットタウンにはなかった通信技術が確立された。小型のイヤホンで音声送信と受信ができる。グレートウォールの技術を応用したらしい。


「葉鳥、状況は?」


 グラン総帥の声が聞こえてきた。軍のトップの声が耳に直接届く。気が休まらない。


動物(アニマル)も、野盗の姿もありません。今のところ安全ですね」

「イエッサー、わたしも同感です」

「G-X7000! 貴様には聞いていない。聞かれたときに応えればよろしい」

「イエッサー」


 いい大人がいい大人をG-X7000と呼ぶ。俺にどうしろってんだ。

 俺が話しかけない限り、彼は何も喋らなかった。少し速度を上げてもついてくる。息切れもしない。あれ、本当に機械なのか? と頭をよぎった瞬間、彼は「トイレ行ってきます」と木の陰へ向かった。

 戦闘もなく、自称ロボットとの任務は続き、そして終わった。あっさりとグレートウォールに辿り着いた。流石に俺も慣れてきたらしい。

 壁の扉に近付くと、扉は内側から開いた。壁の住民はみな俯き、本心かどうかはともかく悲しんでいるような素振りを見せていた。


「葉鳥秋也隊長、お疲れ様です。グラン総帥は」

「30分以内には着くと思います」

「予測では29分27秒後です」

「ああ、そうかい」


 俺は適当に流すと用意された部屋の椅子に座った。すると、間もなく扉が開き、壁の住民とは思えないテンションの男が入ってきた。


「やあ葉鳥秋也隊長。昇進したもんだね。それが君の部下かい?」

「ギーク……」


 疲れているから放っておいてくれ、と言いたかったが、彼に会ったのはグエン隊長とヴェロニカの裏切り以来だったから、無下にもできなかった。


「わたしはG-X7000と申します」

「へぇ、代わった名前だね。私はMr.ギーク、以後よろしく」


 めんどくさい男とめんどくさい男の対面だ。どんな化学反応が起こるのかと目を向けていたが、別に何も起こらなかった。

 その後も、王宮内で女王の葬儀が行われ、必ず敵は討つとグレートウォールの軍人が決意を固めたところで、儀式は終了。俺達は帰路につくことになった。


「忙しいな。もう帰るのか」

「いいでしょ。あなたも、この街にそんなにいい思いでないでしょ」


 マッチョナース隊長が囁くが、そんなことはない。風上隊長やアビー先輩、威先輩、そして、しろ、短い間だったが思い出はある。それも、いい思い出が。

 グレートウォールの軍人の一人が手を振っていたので何かと目をやるとヴェロニカだった。すっかり元気そうだ。俺も手を振り返すが、パーカーの顔が青ざめていたので直ぐにやめた。

 グレートウォールの扉が開いたとき、密林から荷車が突っ込んできた。荷車は横転し、壁の扉に挟まる。何が起きたのだと騒ぎが起こった。


「なんだ?」

「おい、誰か怪我人は!」


 幸い、扉の周囲には人はいなかった。問題はその後だ。密林側から人間の集団が現れた。皆武装している。


「野盗か?」

「なんでこんなタイミングで」

「おい、野盗ども!! 今、壁の中は軍人だらけだ。怪我したくなかったらさっさと」


 発砲音が響いた。その音で全員の視線が集まる。叫んでいた兵士の顔面が吹き飛ばされていた。

 撃ったのは、集団の戦闘に立っていた男。壁内の人間から一斉に銃を向けられるが、彼は堂々と前に進み出てフードを下げた。その顔は巨大なマスクで覆われている。マスクの奥からよく響く声が発せられた。


「これはぁ、宣戦布告だぁ」


 後方に立っていた部下と思われる集団のうち三人が銃口を街に向けた。俺は遠目でそれを確認し、ゾッとする。三人ともロケットガンを持っている。

 弾が放たれる。凄まじい爆発が周囲を砕いた。



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