4.Gun
じいさんは俺達に修行をつけた。
まずは体力作り。俺と女の子は指定された森のコースをひたすら走った。睡眠と飯の時以外、一日中走った。
「森でどんな怪物と会おうが走り続けろ」
あっさりと言ってのける。じいさんは容赦がなかった。
前述の如く、俺の体力と走力は妙に優れていた。いくら走り続けても全く疲れない。逆に、女の子は劣っていた。直ぐ疲れて、息を切らしていた。
「大丈夫か? あの人にばれないように休もうぜ」
俺の言葉に彼女は首を振った。膝に手を付いて、綺麗な顔を歪ませても走り続けた。根性がある。いい子だ。
走り始めて三日目で、彼女は熱を出して寝込んだ。
じいさんが捕ってきた正体不明の肉を焼いている時、そのじいさんが小さく呟いた。
「あの子は体内で生成できるULの量が極端に少ない」
「はい?」
何を言っているのかよくわからない。
「一度ULを投与された我々(ししゃ)は、体内でULを自己生成できるようになる。その量には個人差があり、多ければ身体能力と回復能力が生前を遥かに超える」
「少なければ、その逆ってことですか」
「そうだ。彼女は生存に不利な体質だ」
「じゃあ、俺が二人分強くなりますよ。あの子を守ります」
それでいいでしょうと問いかけると、鼻で笑ってそうだなと返された。不愉快だ。
格好をつけたい訳じゃない。単純に、彼女には恩がある。初日に俺が精神をどうにかしなかったのは、彼女のおかげなんだ。
覚悟を決めた。焼いていた肉は焦げた。
彼女の体調が戻ってから、俺と彼女は別々のメニューで特訓を受けた。
「あの子には知識を与え、射撃を教えていく。だが、覚えておけ。お前が死ねば、彼女が生きていくことは難しくなる。声も出せない非力な娘。この世界にいるのは、お前のようにお優しい人間ばかりではない」
俺は頷いた。続けて、「あなたは?」と返した。
「なんだって?」
「見ず知らずの俺達を鍛えて、生きていけるように助けてくれる。いい人間だ。でも、街にまで送り届けてくれはしない」
「なにが言いたい?」
「あなたの目的がよくわからない」
じいさんはふっと笑った。
「言うようになったな、小僧」
「別に……気に障ったのなら謝ります」
「いいや、当然の疑問だ。大事にしろ。その心意気は、この先役に立つ」
俺の疑問には、シンプルに「仕事だからだ」と返事があった。街に新人を届けて、街の人間から報酬を貰う。日常道具などだ。いくら戦闘能力が優れていても、一人で生きていくことはできないのだと語った。
「いいか、小僧。私は慈善事業などしない。決していい人間ではない。この戦争に興味をなくし、街の兵士にもならなかった。人間のいざこざが面倒で森の奥地に潜めるこの仕事を選んだ。それだけだ」
今度は俺が笑顔を浮かべる番だ。その方がよっぽど信用できる。
街まで送り届けないのは、それが最低限の試験だかららしい。つまり、じいさんの小屋から街までの道のり、常人で一週間ほどのルート。それさえ生き残れない程度の知識、体力、そして運ならば、街にいられても困ると、街側の要求があるのだと。
「安心してくださいよ。俺達は生き残る。生きて街に辿り着く」
「それはよかった。最低でも、お前たちに与えた衣服分ぐらいは元を取りたいのでな」
「町から高級ブーツを届けてやるさ」
猿に追い回されて、時には熊と出くわして、変な虫に追い回されても俺は走った。
身体の動かし方を一通り教わると、次は武器の番だ。
「お前の性格、体力、身体能力を考慮して、私の武器を二つ小僧にやろう」
じいさんから渡された武器は、手首に装着できる二枚の刃が付いたブレイドと、拳銃。
「原始的な武器ですな」
「そう思うか?」
俺は武器を右手首に装着した。付随するリングを指にかけて引っ張ると、ブレイドが飛び出す。
「西暦3000年オーバーでもこんな武器を使っているのか……」
「そう、リストブレイド。普段袖口に隠せるため、携帯には悪くない。刃は軽く頑丈で、手足のように動かせる。自分の手が刃になったのだと考えればいい。ブレイドは指先のギミックで裏表変更可能……そしてもう一つ」
「なんすか?」
「全ての武器の中で最も間合いが短い。臆病者には使えん武器だ」
ほう。暗に勇気があると言われたようだ。あのじいさんに。悪くない。
もう一つの銃は丸みを帯びたフォルムをしている。銃なんてゲームの世界とモデルガンでしか見たことがないが、それらとは勝手が違うようだ。リストブレイドと異なり、この武器はスマートなデザインで未来的要素を感じさせる。
「そのハンドガンは初心者から上級者まで使用できる利便性の高いものだ。注意点としては私やお前の時代と異なり弾を込める必要がない点と、トリガーを引けば撃てるのではなく、引いてから離して初めて射出できる点」
「なんですかそれ」
「撃ちだすのは空気の弾だ。引き金を引くと、銃が体内のULからエネルギーを抽出し、銃内部で空気を弾に変える。引き金を引く時間が長いほど弾の威力は高くなり、引き金を離して弾が射出される。弾は相手の身体に入ると、敵のULを感知して破裂する」
じいさんが猿を破裂させたのがこの系統の武器だったわけだ。
「この世界にある銃のほぼ全てが同じ原理だ。ULの回復力がある生物を相手取るには、私達の時代の銃では、つまり、ただ貫通力があるだけでは致命傷を与えることが難しい。誰が考えたのかは知らんが、実によくできている」
じいさんが誰かを褒めるのを聞くのは初めてだ。まさか、それが銃の設計者になるとは。
俺は射撃と、近接戦闘をじいさんに直接習った。じいさんはやはり強かった。こんな化け物だらけの森で長年生きているだけのことはある。
武器の練習が始まってからというもの、俺は自分の意思で睡眠をとった記憶がない。じいさんに気絶させられて、次の日起きるということが恒例となった。そして、俺が起きた時、いつも彼女が俺の近くで寝ていた。どうやら、看病してくれているらしい。始めの間は、彼女が俺を心配してくれていることがただ嬉しかったが、これが毎日となると、感謝より申し訳なさが勝った。
ある日、俺は目を覚まして直ぐに、椅子に座って寝ている彼女の肩を二度叩いた。
「おはよう、あの、な、偶にはゆっくり横になって寝てもいいんだよ」
彼女は笑って、寝ぼけた目で俺を指さした。
あなたも、おなじことをしてくれた
なんとなく意味が伝わった。彼女が熱で寝込んだ数日のことを言っているらしい。確かに俺は、彼女のことが心配で何度も様子を見に来たり、水を飲ます程度のことはしたが、たかが数日だ。
「君は本当にいい子だな。全く、昔の俺の周りにそんな子はいなかったよ。いたら、多分告……」
はっとして言葉を止めた。彼女は首を傾げて微笑んでいた。
「そうだ、な、名前」
慌てて口に出す。
「君の名前を知りたい。どうにかして伝えられないかな。いつまでも、きみ、じゃあね」
彼女は腕を組んでう~んと悩む仕草をしてから、指を立てて閃いた様子を見せた。俺は、その仕草をなんとなく古く感じる。二世代ほど生きていた時代が違うんだ。仕方がないか。
あなたが決めて
彼女はそう伝えていた。
「俺が?」
と尋ね返すと、彼女は頷いた。
「じゃ、じゃあ……」
俺はどもる。ヨーロッパ人の名付け親になったことなどない。ポピュラーな名前すら思い浮かばない。
「し、しろ。しろはどう?」
彼女は嫌な顔もせずに、嬉しそうに頷いた。
高校でかわいがってたウサギの名前だ。
俺は飼育係だったんだ。




