39.Destiny
無茶が過ぎた。
いくら寄生植物の蔓を何重巻きにしてもロケットガンの直撃を受ければ防ぎきれない。そんなことは理解していたが、あの状況ではそうも言っていられなかった。
俺は同じくロケットガンが直撃したはずのノーマンに背負われながら下山した。距離で言えば彼の方がホワイトフットに近かったのに、彼は「治った」と言って元気に歩いていた。同じ身として理解できない。俺は傷だらけの火傷だらけなのに、なんなんだこいつは。
「ホワイトフットを仕留めた。これはもう、歴史に名を残すわ」
ユリヤが声を張り上げる。その通りだろう。ホワイトフットは強かった。単騎でスノーヴィレッジを半壊させ、英雄を軽く一ひねり。そもそもダメージを与えられる武器がほとんどない。ロケットガンの所有者がこの街に来ていたのは幸いだった。
「これで、ショットタウンの次の英雄が決まりましたね」
俺が声を上げると、全員が俺に視線を向けた。
「ほ、ほ、ほ、本当にいいの? 全部アーサー隊長の手柄にして……」
「勿論だ。キメラを仕留めたのは隊長だろ」
これは、戦闘途中で思いついたアイデアだった。ホワイトフットを殺した手柄は大きい。仕留めた人間の名前は瞬く間に広がるだろう。それが俺ではなく、別の人間だったら? 新たな英雄として名を馳せる。グレートウォールの女王の懸念は消える。
勿論、途中からそんなことも言ってられなくなった。ホワイトフットは強く、全力を出しても仕留められなかった。最終的には目論見通りに言ったが、喜んでもいられない。
「でも、隊長が英雄ねぇ。建物に入るたびに全裸になるこの変人が」
「俺の知っている英雄はほとんど変人ですから大丈夫ですよ」
「私はその中に入っていないよな」
野人の言葉は無視して、俺はそのまま病院に担ぎ込まれた。住民と兵士で溢れかえる病院に。
闇の中でうめき声が続く。その病院の一室で、俺はため息をついて目を閉じた。瞬間、名前を呼ばれた気がした。気のせいだと思って放っておくと、また何度も聞こえてきたので目を開ける。ゾッとした。ヴェロニカが俺の布団に潜り込んでいた。
「冗談じゃねぇぞお前!」
飛び上がると、彼女はへらへらと笑っていた。
「そんなに騒ぐとみんなに迷惑だよ」
確かに、この部屋には重症者もいる。俺は舌打ちをして、小声で尋ねた。
「もう傷は大丈夫なのか」
ヴェロニカは短く頷く。だが、大丈夫なはずはない。あの凄惨な状態は昨日のことだ。アダムの家から病院まで歩いてこれたことも驚きだ。
「治るまで寝てろ。そのうちグレートウォールまで帰してやるから」
「へぇ、優しいねぇ。でも、いいの。一人で帰れる。グエン隊長もさぁ、死んじゃったからねぇ」
そうだ。俺にとっては迷惑なおばさんだったが、ヴェロニカにとっては唯一と言っていい理解者だった。
「ヴェロニカ……」
「いやぁ、隊長の死に方。ふふ、いいねぇ、ぞくぞくした」
ああ、だめだ。一瞬でも同情した俺が馬鹿だった。俺のため息は止まらない。
「帰れるって言っても、あの雪原を一人で渡るつもりか?」
「何度も往復してるし、大丈夫だよぉ。女王様には、さ、秋也くんがもう襲われないように報告しておいてあげる」
あまり期待できないが、それで良しとしておこう。俺が「ありがとう」と言い終える前に、ヴェロニカはくすくすと笑った。
「他の人にとられちゃうのやだし。秋也くん。わたしのおなかの中見たんだから、今度はあなたのおなかの中見せてね、約束だよ」
「……お断りだ」
「じゃあね、ばいばい」
ヴェロニカが手を振るので、俺も手を振り返す。全く、今日は安眠できそうにない。
一晩で火傷や傷は治った。結構な身体だ。時折、自分の身体に違和感を覚える。前世時代の記憶と混同するからだろう。そもそも、この"前世"という単語だって、いつの間にか当たり前のように使っている。この世界に順応してきた証拠か。
「葉鳥、おはよう!」
元気よく、全裸のアーサー隊長が現れた。病院でも全裸だ。いよいよ何でもありだ。
「なにか着てください。ほかの患者に迷惑だ」
「いいさ。それより、ホワイトフットが討たれたことが村中に広まっている。復興もそっちのけでパーティ三昧だぞ。君も治ったのならば来い」
何が「いいさ」なんだ。
村中騒ぎになっていた。喜びの悲鳴があちこちから響く。ホワイトフットの死がこれほど人々に影響を与えるとは驚きだ。
服を着こんだアーサー隊長の周りに人々が群れている。成る程、これが英雄の誕生という奴か。祝われて、担がれて、喜ばれる。ユリヤやグヨンも酒を注がれて、俺は「どうなっても知らんぞ」と距離を置いた。
途中でアダムを見かけた。ヴェロニカが消えたことを謝られたが、俺は首を横に振った。彼女はもう村を去った。無事だといいが。
パーティから離れジュース片手に雪の椅子に座っていると、ノーマンが現れた。ジョッキを持っている。
「酒はいらんのか」
「未成年なんで」
ノーマンはふふっと笑い、俺の隣に腰を下ろす。彼の体重を支えられる雪の椅子の丈夫さに驚いた。
「真の英雄は君だよ」
「なんですか、いきなり」
彼はジョッキを傾けた。面白い速度でビールが消えていく。
「戦闘中も、私達の援護に力を入れていた。君がいなければ結果は変わっていた」
「それは、あの場の全員に言えることでしょう」
「しかし、君の働きが特に大きかったのは事実だ」
そうだろうか。もし彼が駆けつけていなければ、俺は殴り殺されていただろう。
「ホワイトフットを討った。それはこの広大な北の山脈を人間が取り戻したということだ。君はまだ理解しきれていないかもしれないが、この数十年、人間が土地を取り返すなどなかった」
「北の住民は君に借りができた」
何もないところから、聞き覚えのない声が聞こえてきた。
「……誰です?」
「ああ、北の英雄の一人、"透明眼"だ。気配を消す達人で、視認できないスーツを着ている」
「我々は君の力になる。何かあれば連絡をくれ」
俺の手が勝手に持ち上がり、宙にぶらぶらと浮いた。どうやら握手をしているようだが、見えないのでよくわからない。仲間が増えることは嬉しいが、顔ぐらい確認したいものだ。
数日が経ち、俺達はショットタウンに戻ることになった。必要なことは全て済ませた。
「アーサー隊、それに葉鳥、用があればいつでも言ってくれ」
「葉鳥兄さん、お達者で。あんたは生きてくださいよ。そんで、しろさんも救ってくだせぇ」
ああ、わかっている。
この高い山々も、雪原も、しばらく見ることはない。どこか寂しさも感じるが、俺達は戻らなくてはならない。
さぁ、帰ろう。俺が足を踏み出すと、「ちょっと葉鳥」とお呼びがかかった。
「なんですか?」
「ジャンケン」
「は?」
「だから、ジャンケン。オットーさんの棺を引く係を決めなきゃ」
ああ、そうだったな。存在を忘れていた。
置いて帰ってもいいんじゃないかという言葉を飲み込み、俺はグーを出す。
久しぶりだな爺さん。また暫く運命共同体だ。




