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38.White Foot2

 狙い通りだ。"奴"は一人でも追ってくる。

 おそらく既存する英雄よりも強い。名も広まっていない謎の青年。自分を狙っている兵士すら助ける、その正義感。実に面白い。

 雪山には珍しい平らな立地まで着くと、私は手で掴んでいた兵士を投げ捨てた。力なく空中に舞う男を、奴は人間とは思えない跳躍力で捕まえ、雪に寝かせた。残念だな。そいつは囮だ。数秒前までは生きていたが、運んでいる最中に死んだ。

 囮が死んでいることに気が付いても、奴は表情を崩さない。感情すら把握できない。ただ相変わらず、敵に向けて、私に向けての強大な殺気を放つ。

 私は雪玉を掴み、振りかぶって投げた。奴は黄金の槍を雪の地面に差し、蔓を作り出して壁を生成した。変わった武器だ。プラントの技に似ている。蔓は私の雪玉を受け止めたが、耐えきれず潰れた。だがその間の数秒で奴は安全地帯に移動していた。


「私は君を殺したい。久しぶりだ、この感覚は」


 雪玉を掴み、投げる。殺戮の快楽。若い頃を思い出す。

 奴は円を描くように走って避けた。拳銃を取り出し、私に向けて発砲する。威力の弱い拳銃だ。狙いもなく撃ったところで私の表皮に弾かれる。


「どうした。そんな攻撃に意味などないことは理解しているはず」


 私の真下の積雪から蔓が飛び出てきた。拳銃を撃ちながらいつの間にか槍を地面に刺していたらしい。その瞬間を見逃していた。拳銃に注意を向けた隙か。蔓は私を拘束した。


『動くなよ』

「無理な相談だ」


 私は力を込める。蔓は難なく破れた。


『やるな……』


 さぁ、雪合戦の続きだ。

 雪玉を投げ続ける。轟音が響く。奴はダッシュ、速度の緩急、ジャンプ、蔓の壁を使って巧みに避ける。少しずつ近付いている。並みの生物では気付けない程度に、少しずつ。

 瞬間、奴は剣を抜いた。その切っ先が私の目の前を通り過ぎる。後一歩踏み込んでいたら両目を獲られていた。

 私は拳を振るう。目の前で奴の姿が消える。奴は屈んで避けていた。器用なことだ。私は叫び、拳を何度も振るった。この拳の速度、威力は北の生物を一撃で仕留めることもできる。それを奴は器用に避け続ける。そしてできた僅かな隙を狙って、回転しながら蹴りをくらわす。ただの蹴りではない。異常な強さを誇る。私の巨体が僅かに浮く。ブーツに秘密があるようだ。


「良い腕だ」


 私は移動し、巨大な積雪の塊を両手で持ち上げる。


『おいおい」


 雪の塊を放り投げた。この量、面積。スノーヴィレッジに投げれば半壊させることもできるだろう。さぁ、どうする。どう生き残って見せる。

 奴は刀を鞘に納め、しばらくしてから剣を抜いた。斬撃が積雪を二つに分ける。グレートウォールの武器だ。拷問官の部下も使っていたが、使用者によってこうも威力が変わるとは驚いた。半分に分けられた雪の塊は落下し、凄まじい雪煙を上げた。その煙の中から奴は飛び掛かってきた。些かも闘志をなくしてはいない。私は腕に甲羅を纏い、奴の剣を受け止める。


「だが、そろそろ限界だろう」


 私は奴を押し返した。後方に飛んだ奴は膝をついて着地する。


「楽しめたよ。さらばだ」


 私は飛び上がり、とどめの拳を奴に振り下ろす。その拳が奴に届く刹那、止められた。巨大な斧に。


『まだまだ、やられんぞ』


 野人。私の一撃を食らってもなお、ここまで追ってきたのか。そのうえ、私のとどめの一撃を受け止めている。

 どこからか銃弾が飛んできた。甲羅ではじき返す。受け止めたが、威力がある。ライフルだ。スナイパーの姿は見えない。遠方から、この吹雪の中を狙っている。腕のいい狙撃手だ。

 瞬間、突然湧いて出てきた女の兵士が長い髪を揺らしながら鎌で攻撃を仕掛けてきた。威力はないが鬱陶しい。私は一歩引く。


『葉鳥、大丈夫か』

『ええ、ノーマンさん、あなたこそ、思いっきり殴られてましたよね』

『ああ、治った』


 治った、か。人間なら、死んでいるべき傷のはずだが。


『アーサーがロケットガンのエネルギーをマックスまで貯めている。その間、アーサー隊と俺と葉鳥で時間を稼ぐぞ』

『了解、グヨン、頼りにしてるぞ』

『ま、ま、ま、任せてよ』


 奴等の狙いは分かった。目の前で教えてくれたのでな。

 だが、結局やるべきことは変わらない。目の前の人間を消していけばいい。それだけだ。奴との一騎打ちが果たせなかったのは残念だが、これは戦争だ。都合のいいことばかり言ってはいられない。


「本気を見せてやろう。人間ども」


 私は甲羅を生成した。鎧のように全身を覆い、右手のみ武器、ハサミを作る。


『鎧……蟹か?』


 そうだ。私は多くの生物の混合種、特に戦闘に役に立つのがこの生物の鎧だ。

 左手に雪玉を持ち、叩き付けるように投げた。青年が蔓の壁を作り全員を守る。野人が飛び出てきて斧を振るう。私は右手のハサミでそれを受け止める。力の押し合いだが、それだけなら私が有利だ。

 髪の長い女が鎌を投げつけてくる。鎖鎌だ。私の左腕を絡めとるが、こちらは勝負にすらならない。私は女との綱引きに容易に勝利し、女を鎖越しにぐるぐると回して吹き飛ばした。すると、青年が現れ、彼女をキャッチして救い出した。

 野人との押し合いをしている間にライフル弾が飛んできた。鎧をまとった私には問題にならない。スナイパーの位置を捕捉し、雪玉を投げる。これでスナイパーは死んだだろうと予測した直後、また青年が現れて側面から斬撃を飛ばして雪玉の勢いをそいだ。

 そうこうしている間に野人の押し合いに勝ち、野人は後方に吹っ飛んだ。できた隙にハサミで切り刻もうと武器を向けると、青年が走ってきてハサミを蹴り飛ばして軌道をそらした。


「成る程、理解したよ」


 青年を最初に殺さねば誰も殺せない。一連の流れでそれを証明して見せた。

 青年に狙いをつけた直後、野人が叫びながら襲い掛かってきた。同じことの繰り返しだ。もっと頭を使うべきだ。私はハサミで受け止め、左手で拳を振るおうと準備をしたが、左腕は蔓で絡めとられた。


「力勝負か、いいだろう」

『やれ、アーサー!!』


 野人が叫んだ。馬鹿な。この距離で例の武器を使えば野人も、青年も消し飛ぶ。

 スナイパーと共に現れたもう一人の男は武器を構え、それでも躊躇っていた。当然だ。


『奴を討てる唯一の機会だ!!』

『しかし……』

『隊長、問題ない。やるんだ』


 妙に冷静な青年の声が響く。男は意を決し、引き金を放す。光の巨大な球が銃口から打ち出される。力の塊。凄まじい圧。村で食らった攻撃とは比較にならない。

 この攻撃に私は耐えられるのだろうか。わからない。このような状況に陥ったことがないからだ。光の弾が私の身体を覆うその時、青年は蔓を私から切り離し、自分と野人を蔓で覆った。果たして、彼らは生き残れるのか。

 その時、青年のくちもとに笑みが浮かんだように見えた。それがなんの笑みなのか、私にはわからない。

 甲羅がはがれていく。私の表皮が焼けただれていく。どうやら、私の身体はこの攻撃に耐えられないようだ。

 "スノーヴィレッジを襲ってはならない"。この本能に刻まれたルールを理性で破った、私への罰なのか。ここで迎える私の死に、果たして意味はあるのか。いや、もはや意味を求める必要もない。

 神よ、私の死に悲しむだろう。しかし、悲しむ必要はない。何故ならば、山で死ねるは本望。見よ、この美しい景色を。

 


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