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36.White Foot1

 山の頂から見る景色が好きだ。ただ白く、ただ風が吹く。実に単純。美しい世界を私に思い出させる。


「何をしに来た、ブラック」


 この高度で呼吸ができる生物は少ない。一見すると唯の烏の彼もまた、その稀少な生命の一つだ。


「かはは、なんだよ。機嫌が悪いな。さては、気付いているな?」


 気付いているとも。人間の一団が私の山に足を踏み入れたことも、その狙いが私ではないことも。奴らはその前に侵入した人間を追っているようだ。


「なんで殺しにいかねぇ。獲物だぞ。羨ましいぐらいだ」

「成り行きを見ようと考えた。奴らの狙いが私ではないのならば、勝手に潰しあえばいい」

「かはは、まぁ、その通りだが……今回はそうもいかねぇぞ」


 私は彼に目を向ける。彼の瞳がぎょろぎょろと動いていた。


「人間の一人は"拷問官"だ」


 拷問官。グレートウォールの英雄の一人。人間同士の諍いを荒々しい手で治めることに長けた男だが、当然、私たちの同族を何体も葬っている。


「北のルールを知らん連中だ。山を荒らされる前に消すべきか」

「かはは、そういうこった」


 山を下る。人間と違って道を確かめながら進む必要はない。この山は私そのもの。地形は把握している。降り積もった雪も、崖すらも、全てが私に味方するのだ。

 道中、気配を感じた。直ぐに私は雪に溶け込む。気配を消すよう努めるが、中々鋭い人間達だ。どうやら私に気付いている。五感を働かせて相手を掴むと、一人は把握できたが、もう一人は知らない男だ。北の英雄の"野人"と、名も知らぬ青年。"拷問官"の軍に追いかけられている連中だ。運がよかったな。今の私の相手ではない。

 また暫く道なき道を行くと、見つけた。グレートウォールの連中だ。小隊が3つ。私は観察を続ける。驚いた。女の軍人が、雪に溶け込んでいるはずの私を見つけ、大声を上げながら弓を構えた。


『キメラだ!! 崖の上!!』


 矢が放たれた。私は矢を掴み取り、放り捨てた。全員が矢の軌道を追って私を見つけた。中々やるものだ。多くの人間は、私が強襲するまで気付きもしない。吹雪に目が慣れた北の軍人でも困難なそれを、東の人間が簡単にやってのけるとは。


『ほうほう、ホワイトフットか。できれば戦闘は避けたかったがね』


 拷問官が自分の顎をさする。武器を取り出しもしない。余裕の表れか。下らぬ。

 私は他のキメラと異なり、人間の言葉が理解できる。発声はできないが、喋り方で意志もくみ取れる。戦闘は避けたかっただと? 笑わせる。私の領地に足を踏み入れた者は覚悟をせねばならない。戦地で死ぬ覚悟だ。

 私は地面の雪を掴んだ。握力を加えて固める。


『なんだ? 何をしている?』

『雪合戦でも始めようってか?』


 その通り。これは戯れだ。

 私は雪玉を思いっきり投げた。ただの雪の塊。それが私の手で砲弾となる。

 まず、余裕を見せて『雪合戦でも始めようってか?』と叫んだ兵士と、その冗談で笑っていた二人の兵士が、飛ばした雪玉に直撃してバラバラになった。手足は吹き飛び、臓器が散乱する。


『うむぅ。ただの雪でこれか』


 私は連続して雪玉を投げ続けた。弾は無限にある。兵士達は急いで避けるが、直撃した者は粉々になる。ようやく奴等の顔にも恐怖の顔が見え始めた。そして、その顔を見せた者から死んでいくのだ。

 矢が飛んできた。先ほどの女戦士か。私は矢を掴み、それを捨てようとした瞬間、矢が私の手の中で爆発した。火薬付きの矢だった。私の表皮は特定の部分に甲羅を生成することができる。そのため傷は付かなかったが、不愉快だ。


『ランス、ミーク、ライフルで撃ち抜け』


 拷問官の命令で雪弾を避けながら私に向けて発砲してくる。弾は甲羅で弾いたが、私はこれ以上雪玉を放っても無駄だと理解した。残りの連中は"戯れ"では死なないらしい。

 生き残ったのは拷問官と、ランスとミークと呼ばれた奴の直属の部下二人。弓矢の女と、仲間の死体を見てはしゃいでいる少女。その他は臓器をまき散らして死んでいる。

 私は崖を飛んで奴らと同じ高さに降り立つ。


『甲羅を何とかしないと殺せません』

『俺達の手持ちの武器では厳しいかと……』


 部下の助言に、拷問官は嬉しそうに笑った。


『何を言う。私の得意分野ではないか』


 突然、奴の背中から六本の脚が生えてきた。それぞれの脚先には回転する刃物や鈍器、ベンチやハサミなど、おそらく奴の二つ名に直結する武器が装備されている。


『相変わらず趣味が悪い』

『何を言うかグエン隊長。これは芸術だよ。さて、君達は奴の動きを止めるよう動き給え』

『しかし、あの甲羅が……』

「甲羅を生成することが不可能な部分があるだろう? ヴェロニカ、君がほじくるのが好きな部分だ』

『目玉ですね!!』

『そうだ! その通り!』


 堂々と作戦を披露してくれる。人間はこれだから滑稽なのだ。

 ランスとよばれた男が武器を中距離型の銃に持ち替え、ミークと呼ばれた男が刀を手に持ち、走ってくる。確かに、人間としては速いだろう。人間としては。

 私はミークの剣を避ける。ランスの銃弾を甲羅で止める。私の眼をめがけて飛んでくる矢を拳の風圧で吹き飛ばし、娘の投げナイフを払った。

 いつの間にか背後に回っていた拷問官が笑いながら私に回転する刃を振るう。私は甲羅で受け止める。甲羅に一文字の傷がつく。


『惜しい』


 回転する刃の連撃が私を襲う。生成した甲羅が傷つき、私の腕から剥がれ落ちる。


『今だ!! 全員でやれ!!』


 散弾と矢、斬撃と投げナイフが同時に私に襲ってくる。私は拷問官を手で掴み、その盾とした。


『あ!? ちょっと待て!!』


 彼はまずショットガンで顔面を吹き飛ばされ、矢が右目に突き刺さり、ナイフが左目に刺さった直後、斬撃で頭が飛んで行った。

 残った拷問官の身体をミークに叩き付ける。隊長の身体に潰されて死ぬとは部下冥利に尽きよう。ランスが叫びながら銃を撃ちまくっているが、生成しなおした腕の甲羅で防いだ。腕の角度を少し変えると、甲羅で跳弾した弾が少女の腹に埋め込まれる。『え?』と首を傾げた彼女の腹はULに反応し爆発。彼女はそのまま蹲った。


『ランス!! 何をしている!!』


 女の隊長が叫び、混乱しているランスに矢を放った。矢は見事に彼の首に突き刺さる。彼は倒れ、ばたばたともがいている。そのうち死ぬだろう。

 女隊長が私に矢を向ける。私は走り、彼女を片手で掴んだ。


『ぐっ……はなせぇ……』


 まるでなっていない連中だ。腕の甲羅をはがした程度で油断するとは。手の中でもがいている女の隊長はまだ諦めていないようだ。根性だけはかってやろう。

 少しずつ手に力を込めていく。彼女は「あああああああああああ」と声だけ挙げている。最期には、圧で頭から上と腹から下が内側から爆発した。飛び出た左目を見て納得がいった。特殊な義眼だ。これで私を見つけたわけか。


『た……たいちょお……』


 うずくまったまま少女が私を見ていた。まだ生きていたのか。彼女の下の地面は赤黒く染まり、臓器も落ちているのに、ULの量が多いのだろうか。それにしても異常だが。

 驚いたことに、彼女は笑みを浮かべた。口から血を流しながらだ。


『すごおい……たいちょお……すごおい、しにかたぁ』


 錯乱しているのか。なんなのか。


『わたしの……なかみ……はは、ほらぁ』


 自分の腸を掴んで笑っている。気が狂っている。ただ不気味だから、さっさと殺しておこうと私は手を振り上げた。その瞬間、私は感じたことのない殺気を覚えた。殺気の主は、私と少女の間に崖から飛び降りてきた。先ほど無視した青年だ。


『しゅうや……くん? はは、みて、わたしのなかみ』

『黙ってろ』


 表情は無だった。これほどの殺気を纏っておきながら、怒りを微塵も感じない。不自然な人間だ。その青年に気を取られていた。もう一人が近付いて来たことに気付くのが遅れた。背後からの大きな圧を両腕で受け止める。私は数メートル吹き飛ばされた。腕を甲羅で守っていなかったら両腕が斬り飛ばされていただろう。相手は"野人"だった。


『葉鳥、やれ』


 突如、私の全身に蔓が巻き付いた。有り得ない。この極寒の中で植物など育たない。

 いつの間にか野人のもとに少女を抱いて移動していた青年は、右手に派手な槍を持ったまま、拳銃を構えていた。そんな小さな銃で何をするつもりか。


『落ちろ』


 青年は銃を二発撃った。弾は私ではなく、私の地面、先ほどの女隊長の残骸に向けられていた。弾は女隊長に当たると爆発。死体を爆散させるとともに、地面の雪が崩壊した。

 私は蔓に絡まれたまま落下する。崖に誘い込まれていたようだ。即座に戦場を利用して私を戦闘不能に追い込むとは。


「拷問官よりよほど面白い。貴様を相手にするべきだったか……」



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