35.Enemy
「ずっと気になっていたんですが」とアダムが言った。
「兄さん、あんたの武器……」
ああ、説明していなかったな。俺は口角を上げて頷いた。
「俺が皆の意思を引き継ぐ」
「やっぱりですかぃ。あんたに使いこなせるかねぇ」
アダムは懐かしそうに武器を眺めていた。後半のセリフは聞かなかったことにしてやる。
俺は大男について雪山へと続く道を歩き始めた。雪山は平地よりも吹雪いており、気温も極端に下がる。当然、動物も潜んでいるため気を引き締めなければならない。
「あなたの隊員は?」
俺が大男に尋ねると、彼は首を振った。
「スノーヴィレッジに隊はない。必要な時に必要な人員を集めて任務を行う。今回はただお前を第17番基地に匿うだけなんでな、私一人で問題はない」
「基地ですか?」
「ああ、山小屋だ。軍の武器や食料の補給場所。流石にそこまでは透視の義眼も届きまい」
安心はできないが、彼を信じるしかなさそうだ。
進めば進むほど気温の変化を感じる。吹雪は酷くなり、視界は狭まっていく。
「そういえば、あなたの名前を聞いていなかった」
「ほう、余裕だな」
「どういう意味ですか?」
「ULの少ない者ならば、寒さで口を動かすこともできない。心の小さい者ならば、雪の恐怖で思考もままならない。この任務、途中でお前が死ぬことも考えていたが、どうやら心配なさそうだ」
その言い方は、死んだら死んだで仕方がない、という要素を含んでいた。自ら山登りを提案しておいてなんと無責任な。だが、確かに俺は厄介ごとの火種でもある。今は怒りを抑えよう。
「で、名前は?」
「ノーマンという。葉鳥」
そうだ。なんでこの男は俺の名前を知っているんだ? 尋ねると、彼は短く笑った。
「今回の騒動の原因と同じだよ」
一考して、理解した。つまり、俺の名が英雄候補として人間の街で広まりつつある、ということだ。彼が俺と接触しただけで名前を当てたことから、広まっているのは容姿も、か。写真撮影などした覚えはないが。
「英雄は二つ名があるだろう。人種の違う人間でも覚えやすいようになっている。本人の特徴を掴んでいるから、俺はお前を見ただけで把握した」
二つ名か。少年雑誌の愛読者としては興味をそそられる。
「俺の二つ名は? なんて呼ばれているんですか?」
「無表情」
「なんだって?」
「"無表情"の葉鳥」
ださい。いや、ださいとか以前の問題だ。
「安心しろ。普段から表情が無いわけではない。異常な状態に直面した時、お前は常に冷めた顔をしていた。それが由来だと察したよ」
「異常な事態……」
「ああ、お前の班員の奇行、俺と相対した時、噂によると戦闘時も、お前は表情を変えず、敵を殺しまくったらしいな。まぁ、そんなものだ、二つ名なんてものは。俺なんて"野人"だぞ。失礼な話だ」
次からは表情豊かに動物を殺していくべきか。止めておこう。余計に奇妙な名前を付けられそうだ。しかし、この大男は自分の二つ名も名乗った。つまり、
「あなたも……」
「ああ。"野人"ノーマン。物騒な名前だろう?」
そうだな。ぴったりだ。
吹雪が弱まったタイミングで辺りを見渡した。いつの間にか随分と歩いたようだ。スノーヴィレッジが遥か下方に見える。辺りは白と、天の灰色しかない。観察していると、スノーヴィレッジに近付いてくる集団が豆粒のように確認できた。グレートウォールの部隊だ。集団は巨大な何かを引きずっている。
「マンモスだ。奴ら、仕留めた獲物で交渉するつもりだろう」
「俺とマンモスの交換ですか」
「おそらくな。しかし、奴らは直ぐに街にお前がいないことに気付くだろう。間違いなく追ってくるぞ。急ごう」
遠目で見てもマンモスの大きさがわかる。俺が見てきた生物の中でもおそらく最大サイズだ。倒すのにさぞ苦労するだろう。だが、奴等の部隊の移動速度に大した変化がないところを見ると、負傷者もいない。優秀な部隊。困ったものだ。
夜中まで歩き続ける。ULのおかげで大した疲労はないが、常人なら厳しい環境なのだろう。ふと、視線を感じた。何かがゆっくりと近付いてきている。
「ノーマンさん、なにかいますよ」
「ああ」
当然、気が付いていたか。彼は歩みを止めて斧を手にする。俺も銃に手をかける。
吹雪は酷く、視界は悪いが気配を感じる。ところが、気配は俺達を観察するようにゆらゆらと動き、やがて遠ざかった。
「……こんなことあります? 動物が襲ってこないなんて」
「……珍しいな」
「俺達に気が付かなかった?」
「いや、考えにくい。どんな生物であっても、五感は奴らの方が優れている」
疑問は解けないが、考え込んでいても仕方ない。俺達は進み続けた。
ようやく小屋にたどり着いた。木造の小屋だが、ノーマンが扉に手をかざすと扉が自動で開いた。
「すげぇ。なんですかこの小屋」
「ボロ小屋に見えるのは細工だ。生体認証で開く」
小屋の中は温かかった。食料も豊富にあり、銃や剣などの武器も揃っている。
「スノーヴィレッジは村に技術をかける必要がない。動物が襲ってこないからな。山に点在する小屋に力を注いでいる」
「成る程。兵士の特権ですか」
質のよさそうなソファに座る。一体、どうやって運んだんだか。ノーマンを見ると何かを考え込んでいたので、俺は声をかけた。
「どうしたんですか」
「さっきの気配だが……心当たりが一つ」
そんな言い方をされたら尋ねない訳にはいかない。俺の疑問に、彼は重い口を開いた。
「キメラの三害を知っているか?」
聞いたことがなかった。
「この戦争の初期から人間側の脅威とされている存在。ただでさえ厄介なキメラだが、特に戦闘力が高い三匹だ」
「その中に狂戦士は入ってますか?」
「この三匹の特徴は、どこに生息しているかわかっていても戦闘力の高さから誰も倒せないでいるという点だ。バーサーカーは東西南北関係なく突然現れる。故に入っていない」
場所がわかっているのに倒せない。ゾッとする話だ。つまり、今まで人間側の英雄たちが徒党を組んでも殺せなかったため放置されている化け物、ということ。そんなのが三匹も。つくづく絶望的な戦争だ。
「そのうちの一匹、"ホワイトフット"というキメラがこの山脈に生息している。奴は戦闘力が高いが頭も切れる。何も考えずに襲い掛かってくる動物とは違う。おそらく……」
「さっきの気配、ですか。でも、なんで襲い掛かってこなかったんでしょう」
「予想だが、別の集団を見つけたんだ。より数の多い、殺しの快感に浸れる相手を」
俺を殺しに来た連中、グレートウォールの軍隊か。
「……どっちが勝つと思います?」
「言っただろう? 戦争初期から誰も倒せないでいる、と」
両者共に応援する気にもならない最悪の戦いだ。幸運などとは思わなかった。キメラが勝っても、グレートウォールの連中が勝っても、事態は好転しないだろう。
遠くで轟音が聞こえた。爆発音だ。
「始まったか」
「俺達はどうすれば……」
「お前が出ていけば余計に展開がややこしくなる。今は耐えろ」
冷酷なようだが、勿論だ。
俺はどちらの味方でもない。残念ながら、両者の敵だ。




