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34.Village

 大男に連れられてスノーヴィレッジへ到着した。巨大な峰々の麓に白い家が点在している。警備は薄く、グレートウォールやショットタウンのような動物(アニマル)除けの柵もない。


「これは……動物アニマルが襲ってきたら終わりじゃないですか」

「いいや、この付近に動物アニマルは近寄らない」


 大男は警備兵に会釈しながら答える。何故かと尋ねると、わからないと答えた。


「戦地で唯一の安全地帯。しかし問題は、その恩恵を一番預かりたいであろうULの少ない者が、この極寒に耐えられないことだ。結局、この村に住めるのはULが一定量を超えた、戦士としても優秀な人材だ」


 極寒。確かに寒いが、俺の感覚では耐えきれないほどではない。それはおそらく、俺のULの量が基準値を満たしているということだろう。ULは環境適応能力にも影響を与える。


「さて、お前達が探している男、名は何という」


 道中、大男には簡単な事情を説明しておいた。全てではない。どういう展開になるかわからないからだ。グレートウォールとショットタウンの今後の関係に影響を与える重要人物だと伝えていた。


「アダム・べリマン。40歳ぐらいのロシア人です」

「アダム? ウォッカ好きの、か?」

「そ、そうです。そいつ」


 大男がアダムのことを知っているとは期待していなかった。アダムは10年以上前にグレートウォールに渡っている。それ以前も兵士に所属した経験はなかった筈だ。だが、このスノーヴィレッジは集落自体が小さい。村人が互いのことを把握していてもおかしくなかったのだ。


「アダムなら、最近この村へ戻ってきたぞ」

「その後は?」

「ん?」

「村へ戻ってきて終わりではないでしょう。その後の行方は?」

「いや、村へ戻ってきて、空き家に住んでいる。偶に酒屋で見かけるぞ。今は職探し中らしい」


 俺はアーサー隊長とユリヤに顔を向けた。二人とも困惑している。俺も同じような表情をしているだろう。テロリストが職探し中? なんの冗談だ。


「用があるのならば連れて行ってやろう。しかし、あいつがそんな重要人物だとはな。グレートウォールで出世したのか?」


 兵士からテロリストへ出世した。いや、出世とは言わないか。

 だが、この男の反応は、アダムを知る俺からすればごく自然な反応だ。彼は尊大な野望など秘めるような人柄ではない。風上隊長に共鳴はしていたが、自らはサポートに徹し、その合間に酒ばかり飲んでいた。

 除雪に勤しんでいる人々に頭を下げながら、アダムの住む小屋の前まで歩いた。大男がノックをすると、中から気の抜けた返事がする。俺は隊長達と目くばせをして、オットー爺さんの棺の紐を捨て、剣の鞘に軽く触れておく。


「どちら様……」


 扉を開けたアダムは目を丸くした。その姿は全く変わっていない。顔を赤くし、腹はでっぷりと飛び出し、片手には酒瓶を持つ。ところが、彼はその酒瓶を落としてしまった。


「こりゃあ、驚いたぁ」


 彼は俺に抱き着いてきた。酒臭い。


「葉鳥兄さん、生きているなんてねぇ」


 こんな展開になるなんて、やはり予想できなかった。なんてことだ。感動の再開じゃないか。昨晩、殺し合いにでもなると考えていた俺が恥ずかしい。

 家の中に向かい入れられる。空の酒瓶があちこちに転がっている。懐かしい光景だ。昔、任務から帰って隊舎に入ると、いつもこの状態だった。風上隊長がひきつった笑いを浮かべ、アビー先輩が怒り、俺としろは威先輩に促されて片づけをする。毎度のことだった。


「周りの皆さんは兄さんの新しいチームですかぃ?」

「ああ……まぁ、一時的に……」


 振り返ると、棺から出たオットー爺さんが徘徊し、グヨンがベッドの下の狭い空間に入り込み、ユリヤが酒をキラキラした瞳で厳選し、アーサー隊長は脱ぎ始めていた。


「気にしないでもらえると助かる」

「……そうしやしょう」

「一体なんなんだ」


 彼等の奇行に理由などない。説明はつかない。

 俺がスノーヴィレッジに訪れた経緯を説明すると、アダムは口を開けたまま硬直した。全て話し終えると、ようやく口を動かし始めた。


「冗談じゃねぇや。あっしは風上隊が全滅したからこっちに帰ってきただけでぇい」

「じゃあ、女王を……」

「あんな糞婆。多少の恨みはあるが、それより関わりたくねぇや」


 一体、どういうことだ。その時、酒瓶を山ほど脇に抱えたユリヤが大声を上げた。


「じゃあ、この一件はなんだったのよ」

「嵌められたな」


 全員と距離を置いていた大男が近付いてきた。


「話を聞いている限り、君達は嵌められた。いや、君が、か」


 どうやら、俺に向けて言っているようだ。俺が嵌められた? 心当たりはない。アダムが「そういうことですかい」と肩を落としている。全裸のアーサー隊長も、「そうか」と納得したようだ。大男が俺を指さす。


「女王の狙いは君だ。葉鳥秋也くん」

「俺? いや、それ以前になんで名前……」


 アーサー隊長が近付いてきた。あまり寄ってこないでほしい。そのまま俺が腰掛けているソファの隣に座った。アダムが「うわっ」と短く悲鳴を上げる。


「いまや、君はショットタウンの英雄候補筆頭だ。元グレートウォールの住民が、別の街で英雄になろうとしている。あの女王はそれを許せない」

「許せない?」

「それがあの糞婆なんですよぉ、兄さん。そのために暗殺しようとしたが、あんたはそう簡単に死なない」


 話のあらましはこうだった。

 ギークの護衛任務中に、ギークを狙うふりをして俺を殺す。あの野盗は秘密裏にグレートウォールが雇った者だ。ところが、俺相手に暗殺は不可能だと判断したグレートウォールの上層部は、任務を次の段階に進ませた。野盗へ怪しげな情報を吹き込んでおき、俺が北へ向かうように誘導する。しかし、気の毒な野盗だ。おそらく彼は確かな情報も与えられぬまま役割を担わされた。しかし……


「そんなに俺を殺したいなら、壁内に誘い込んだ方が確実でしょう。機会はあった」

「女王は壁内での死を嫌悪する」


 そうだった。死罪が廃止されているのもそれが理由だ。


「北で殺せば証拠隠滅は容易だ。雪に埋めてしまえば死体はまず見つからない」

「俺を殺すためだけにこんな手間をかけて、街との間に緊張を走らす? 全く理解できないな」

「糞婆ならやりますよぉ」


 そこで、突如大男が独り言を始めた。なんだ、この人まで狂ったかと悔しく思ったが、無線が入ったようだった。俺も焦って、冷静な判断がつかなくなっているらしい。


「東から小隊が3つ、スノーヴィレッジに近付いてきているらしい。一人は壁の英雄・拷問官だ」

「確かな情報か」

「勿論、スノーヴィレッジの英雄"透明眼(ステルスアイ)"直々の報告だ」

「葉鳥暗殺チームね。とりあえず、葉鳥を隠すしかないわ」


 確かに、今は俺は隠れるしかないか。奴らの狙いがわかった以上、このままでは戦いになる。戦いになれば、勝っても負けても街の関係は悪化する。そこで、はっと気が付いた。


「そのチームの中にマッチョなおばさんはいましたか?」

「マッチョなおばさん?」

「弓矢を背負った、こう……がっしりした」

「……わからない。"拷問官"以外では、妙にはしゃいでいる背の低い女が確認できたらしい。対峙したマンモスの腸を引きずり出して遊んでいたとか……」

「マンモス?」

「ああ、マンモス。おそらく、そのマンモスのおかげで奴らの足取りが遅れたのだろう。でなければ、お前たちは村に着く前にやつらと遭遇していたかもしれん」


 この世界にはマンモスもいるのか。見てみたいものだ。それはともかく、その悪趣味な遊びをしていたのはどう考えてもヴェロニカだ、ヴェロニカがいるということは……


「グエン隊長もいる! まずい!!」

「え、え、え、よ、よ、呼んだ?」

「グヨンじゃない! グエンだ! あのおばさんの義眼は物体を透視する」

「ほう、東の技術もそれほど上がっているのか」


 大男が感心している。こっちはそんな余裕はないってのに。


「じゃあ、逃げるしかないわね」


 ユリヤは酒瓶をバッグに詰め込み始めた。窃盗だ。しかし、逃げる、どこに?

 大男が「待て」と声を上げた。


「アーサー隊はここに留まれ。ただ貿易の為に訪れたよう装え。俺が葉鳥秋也を連れて逃げよう」

「逃げ場所があるんですか?」

「あるだろう? 大きな山が」


 成る程、今度は山登りか。忙しい日だ。



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