32.Family
パーカーの指示に従い、俺達はショットタウンへ帰還した。パーカーの指示は的確で、可能な限り戦闘を避けることができた。彼こそ隊長になるべき人材だろう。
帰還報告を済ませると直ちに会議が行われた。各部隊の隊長が収集され、グラン総帥が声を張り上げる。
「グレートウォールへの貿易を中止する。向かっていた部隊を直ちに帰還させろ!」
秘書官が走って部屋の外へ出た。入れ替わりに、遅刻魔のヤクザ隊長が現れた。
資料を読んだ隊長達の反応は様々だ。街の間での抗争など、仮想されてはいても実際行われたことはない。そもそも、この戦争で人間に余裕はないのだ。
「壁の女王は狂っているとしか思えませんな」
「街の間で戦争が起これば……」
隊長達がグラン総帥の顔色を伺う。ショットタウンの最高権力はグラン総帥が握っている。彼は長いため息を吐いた。
「戦争など起こすわけにはいくまい。そもそも、ショットタウンはまだ復興中だ。人材も資源もそんなことに手を回せない」
常識的な判断だ。俺達の長がまともで良かった。ほっと一息。
「女王の憂いは反逆者が原因。なら、ショットタウンはグレートウォールの支援を行うのが妥当ね。私達としてはいい気はしないけれど」
「なんや、壁の奴らにいいように利用されるだけやないかい」
ショットタウンの英雄がお互いを睨む。隊長に昇進したセシリアが口を挟んだ。
「グレートウォールの生産性は高いわ。貿易の中止は私達にも損」
「そういう問題やない。発砲されて、協力しましょうやと? 道理が通らんわ」
グラン総帥が大きく咳払いする。一瞬で会議室が静まり返った。
「両者の考えはわかる。妥協はつまり弱腰だと判断される。しかし、戦争を起こすわけにはいかない」
喋りにくい雰囲気だが、俺は静かに手を上げた。
「なんだ? 葉鳥隊員」
「俺が反逆者を捕まえてきます」
マッチョナース隊長が「どういうこと?」と尋ねる。
「反逆者は俺の知り合いです。呼びかけに応じるかもしれません」
「呼びかけて、どうすんねん」
「グレートウォールに引き渡します」
「おい、葉鳥。意味わかってるのか?」
パーカーに諫められなくても理解している。アダムを捕まえ、彼を女王に引き渡せば、彼は酷い目にあわされて、牢獄で一生を過ごすことになるだろう。だが、グレートウォールはショットタウンに大きな借りができる。
「彼は道を間違えた。彼が原因で街が争いあうなんて馬鹿げている」
「でも、元チームメイトなんでしょ?」
マッチョナース隊長が困惑した表情を浮かべるが、ヤクザ隊長は大笑いした。
「安心しろやキャサリン。こいつは相手がなんやろうが敵は敵として区別しよる。俺が保証するわ、なぁ、小娘」
「セ・シ・リ・ア」
懐かしいやり取りを見て、思わず頬が緩む。
グラン総帥が俺をまっすぐ見ていた。すごい圧力だ。そして、ゆっくりと口を開いた。
「ショットタウンは復興と、グレートウォールの対応で人材が不足している。支援は……」
「必要ありません。俺だけでいい」
「ちょ、ちょっと、葉鳥!」
セシリアが慌てて声を上げる。
「なんだよ」
「アダムって北に潜伏してるんでしょ? あなた北の街に行ったことあるの?」
「ないけど……」
「あなたが経験している密林とはわけが違うわ。雪山よ。ULが少ない者は生活すらできない、超危険地帯。しかも年中吹雪が収まらなくて……」
「まぁ、なんとかするやろ」
「ちょっと!」
適当に切り上げようとするヤクザ隊長。話を早く終わらせて昼寝でもしたいのだろう。セシリアは歯を食いしばり、「う~」とうなってから手を上げた。
「じゃあ、私の隊が同伴します!」
「だめだ」
「総帥! なんでですか!」
「君の武器は北にはむかない」
まぁ、彼女の言う通り吹雪が吹き荒れているのなら、ブーメランは扱いにくいだろう。
「だが、確かに初心者が一人で向かうのは無謀だ。北に慣れている班を同行させよう……誰か……」
グラン総帥が声をかけた瞬間、全員が同時に俯いた。なんだ、そんなに嫌なのか。北という場所はそれほど過酷なのか。それとも、俺と一緒が嫌なのか。
「総帥、私達が同行しましょう」
手を上げた男は黒いハットを被り、戦闘服をきっちりと着こなした40代頃の白人だった。口ひげが整えられており、軍人には見えないが悪い印象はない。
「アーサー、君は……」
「北へは何度も任務で行っています。不足はありません」
「……わかった、任せよう。葉鳥、彼の隊に入れ」
アーサー隊長は俺の前に来て、「よろしく」と手を出した。俺も手を出してお互いに握手をする。隊長というのは皆どこか奇妙な人物ばかりだと思っていたが、とてもまともそうな人だ。
会議が終わった後、マッチョナース隊長とパーカーに声を掛けられた。彼らは小さな声で「アーサー隊長だけど……」と話し始める。またこのパターンか。大抵、碌な情報ではない。
「彼の部隊は通称"変人部隊"。風変わりな人物の集まりよ」
「あんたがそれを言うのか」といったツッコミも恒例だ。もはや、風変わりではない人物を見つける方が困難ではないか。
「かなり個性が強いですよね」
「ええ、かなりね。まぁ、悪い人じゃないでしょうけれど……」
そうか。悪い人じゃないだけまだマシだ。少なくとも、直前の任務で組んでいたおかしな女二人は、遠慮した言い方をしても悪い人だったからだ。
後日、アーサー隊の隊舎に向かった。隊舎の玄関口には高齢の老人が椅子に座って昼寝をしている。長い髭がサンタクロースのようだ。ノックをすると、扉が開かれて快活そうな女性が現れた。
「あら! あなたが噂の? さぁ、入って入って!」
金髪碧眼、ダイナマイトボディの彼女は、胸元を大きく開けた軍服を着て、椅子に案内してくれた。
「私達は隊長を含めて四人の部隊よ。みんないい人だから安心して」
なんだ。良い雰囲気じゃないか。用意してくれたお茶も美味いし、部屋も掃除が行き届いている。これなら大丈夫だろう。と、思ったのがまずかった。
「他の隊員はどこにおられるんです?」
「ああ、うん。一人はそこよ」
指をさされた先には大きめの段ボール箱があった。俺は指をさして「これ?」と首をかしげる。「これ」と笑顔の返事が返ってくる。
「あとは玄関先に年寄りがいたでしょ、その人。みんなもうそろそろ集まってくるわ。お昼だし」
この時、嫌な予感はしたんだ。でも、まだ希望はあった。それも直ぐに潰えたが。
まず、玄関から例のおじいさんがやってきた。俺は椅子から立ち上がり、挨拶をした。が、反応がなかった。あれ? と思ってもう一度挨拶をしたが、同じだった。
「だめよ。その人、聞こえてないもの」
「はい?」
「寝てるの。ずっとね。寝ながら動いてるの。一日3分だけ起きるけど、それ以外はずっと寝てるわ」
なんだそれは。それでは軍人として動けないではないか。
「あと、あんたもいい加減起きなさい!」
そういってノックされた段ボール箱から病的に痩せた女の子が飛び出てきた。俺と同じぐらいの年だと思うが、どう見ても病んでいる。ヴェロニカを思い出したが、彼女とはまた別の種類だ。とにかく暗い。髪の毛は前も後ろも関係なく下半身まで伸びている。
「ご、ご、ごはん?」
「そうよ、ほら、もう、お客さん、びっくりしてるでしょ」
「あ、あ、よ、よろしく」
声がほとんど聞こえない。
「やぁ、来ていたか」
アーサー隊長の声が聞こえて、俺は安心して振り返った。全裸だった。ハットだけ被っている。
「ちょっと、もう隊長~」
「む、悪い悪い。隊舎は家のようなもんだからな。俺達は家族だ! そうだろう?」
俺の恩人の言葉を、全裸の男に言われるとは。
全裸の男、美女、常に寝ている老人に、病んだ少女。全員が一列に並んだ。
「ようこそ! これがアーサー隊だ!」
やかましい。
だから一人がよかったんだ。




