3.Future
じいさんは臆することなくジャングルを進む。立ち止まることも、振り返ることもしない。
俺は疲労と靴下一丁というハンデからか、じいさんの速度についていけなくなった。そんな時は彼女が速度を緩めて、時には俺の手を引いて一緒に歩いてくれた。彼女に引かれて、俺は何とかじいさんについて行けた。
しかし、このじいさんジャングルに全く馴染んでいない。その恰好はアメリカの荒野でこそ似合う。変な格好して意味不明なこと言いやがって。
「おい」
と声をかけられて、俺は「すいません!」と叫んだ。
「何を謝っている。ついたぞ。ここが私の家だ」
木造の小屋だった。密林の中に隠れるように立っている。
「小僧、側溝で足を洗ってから来い。布切れは捨てておけ」
俺は指示通りじいさんの示す場所に向かった。小屋の傍に石で固められた側溝があり、水が流れていた。水源は先程の川だろうか。足を洗っていると彼女が歩いてきて、俺の足を指さして頭を下げた。靴を貸したことの礼を言っているらしい。
「いいよ、気にしないで」
実際、俺は彼女がいなければ頭がおかしくなっていただろう。謎のジャングルに死体、熊に襲われ、猿の化け物に襲われ、銃を持ったじいさんに救われる。全く訳の分からない状況だ。自分と同じ立場におかれた彼女の存在は救いだった。
そこで俺は思い出す。彼女が書いた数字、1927。あれは何だったのか。
じいさんに怒鳴られて、急いで小屋に向かった。小屋の中は獣の毛皮や木の机、椅子、暖炉がある。複数の小部屋があり、ベッドも複数あったが、使用された形跡がない。
「一人で住んでおられるのですか?」
「……そうだ」
「ここには、この場所は、あなた一人で……」
質問を続けようとしたが言葉が出てこなかった。何から聞けば良いのか。そもそも、このじいさんはどこまで知っているのか。どこまで尋ねて良いのか。
意外にも、俺の混乱を彼はすんなりと受け入れた。
「パニックになるのはわかる。私の知っていることは教えてやるからそう急くな。しかし、私の言うことを信じられるかどうかで、この先のお前達の生存確率が変わる」
小難しい言葉は頭に入ってこない。とにかく情報に飢えていたからだ。
昼間と異なり、夜は冷える。俺達は暖炉を囲むように座り、じいさんの話を聞いた。現実感を欠く映画のあらすじでも読んでいるような、酷く滑稽で、馬鹿らしい物語だった。
いわく、俺達は死んでいる。
2000年代後半にもなると、死んだ生物を蘇らせる物質が開発された。遺体の一部にそれを注入すれば、特殊な装置を用いて命を復活できる代物、何の略称かわからないがULという。
それでもって2000年代後半にもなると、地球は二つの巨大な帝国に別れており、世界を統一しようと戦争を始めたはいいが、技術が発展しすぎていて、お互いが本気を出せば惑星が崩壊しかねない。
という訳で、俺達にとっての未来人は、過去100年以前に死んだ生物をULで蘇らせて代理戦争を任せたのだという。100年以前というのは未来人の人権団体が適当に定めた基準らしい。
一つの帝国は動物を中心にULを使った屍軍団を用い、一つの帝国は人間を中心にULを使った屍軍団を作って、未来人のいない孤島に送り込んで戦わせている。
「これらはこの戦場に来た様々な人間の情報を共有し、作り上げた仮説だ。しかし、おおよそ正しいと考えられる。現に私も西暦1800年代後半に生きた人間であり、その時代で死ぬ直前までの記憶がある」
成る程。通りで時代遅れなわけだ。
「私が今まで会った人物は最年少で2995年生まれの男だ。と言っても死んだ年齢が50代なのでお前達よりも年上に見えるが、その男は全てを知っていた。知っていたが故にショックを受けていた。その男が死んだ段階で戦争は既に始まっており、過去100年以前に死んだ者を蘇らすというルールがあった、にも関わらずその男が戦場に送り込まれたということは、どういうことかわかるか」
突拍子もない話だが、仮説は立てられる。
「手違いか、死体不足、もしくは100年以上戦争が続いているってことですか」
「そうだ。だが死体が足りなくなるとは想像しがたい。過去数世代に渡れば人間の死体など腐るほどあるからだ。つまり、最後者だと予測される。実際、私も40年以上ここで暮らしている。私は20代で死んでいた。今ではこちらの生活の方が長い」
俺は溜息を吐いた。じいさんの話を信用するとしよう。ならば、結局のところ、俺が今まで通りただの学生を続けることはどう転んでも不可能だ。俺が生まれた頃から1000年近く経っているのならば、家族も、友人もとっくに死んでいる。死んでいて、蘇っているかもしれない。俺達と同じように。
「俺は、死んだときの記憶がないんですが……」
「一番厄介なパターンだ」
じいさんは暖炉に薪をくべながら言った。
「突発的な死だろう。事故か、病か、自分が死んだことに気付いていない。そういう人間はこの話を信じない。結果、もう一度死ぬ確率が高い。言っておくが、二回目の死は本当の死だ。何故なら、ここには死人を蘇らす装置もない。ここの死体は回収もされない。永遠の死、当然のことだ」
成る程。当然のことだ。
ところで、俺は隣に座る彼女の様子が気になった。この話を聞いてどう思ったのだろう。
いや、待てよ。思えば、彼女も死人なのか。1927。
「もしかして、1927年生まれ?」
彼女は照れながら頷いた。なんてこった。おばあちゃんじゃないか。それも、相当なおばあちゃんだ。
しかし、今の時代に当てはめると、俺も相当なおじいちゃんだ。世界新記録にもほどがある。
俺が頭を抱えていると、じいさんは口を開いた。
「ショックだろう。しかし、これが現実だ。安心しろ。ここから数里離れたところには街がある。更に言えば、この島の各所に、怪物が近寄らないように様々な工夫が施された街がある。そこでは多くの人間が時代・国籍に関わらず、様々な職業で働き、生活している」
ふむ、そういうものなのか。
それより、彼女は何故死んでしまったのだろう。まだ若いのに。それを言えば、俺もそうだが。
彼女に最後の記憶を聞いた時、彼女は自分の首を絞めていた。
殺されたのか? 首を絞められて? こんなきれいな子を?
何かとてつもないものを彼女は背負っているのか。
その時の影響で……
「もしかして、君、喋れないのは……」
「おい、私の話に対する反応はないのか?」
「あ、すみません。お話、有難うございました」
じいさんに邪魔されたが、俺の思考は続いた。
1927年生まれで17歳なら、死んだ年が1927+17=1944年だ。見たところヨーロッパ系の顔立ちだが、その当時、何があったと言えば第二次世界大戦か。となると、戦時下の何かに巻き込まれたのか。
「あのさ、君、もしかして戦争で……」
「おい!」
またもや邪魔された。何なんだ。このじいさんは何なんだ。
黙っていると、今度はじいさんが溜息を吐いた。
「思っていたよりも根性はあるらしいな。お前なら街まで辿り着けるかもしれん」
「はい……?」
じいさんは困惑する俺に銃を放り投げた。驚いた俺はあたふたしながらキャッチする。
「私の仕事は森の番人だ。新人を保護し、次の街まで渡れるよう訓練する。精々、訓練で死なぬよう気を付けるんだな」




