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29.Anatomy

 蜘蛛が襲い掛かってくる。身の丈が二メートルある黄色い蜘蛛だ。

 俺は黄金の槍を地面に突き刺し、加工されたグリップを握る。槍に仕込まれた寄生種にULが送り込まれ、地面を伝って蔓を伸ばす。蜘蛛は俺の目の前で、地面から現れた蔓にくし刺しにされた。


「うまくいったか」


 草むらに身を潜めていたパーカーが銃を構えながら現れる。後ろにはウーヴェ、つまりはMr.ギークが、当然だと言わんばかりのどや顔で声を上げた。


「私の設計だからね。ミスはない」


 蔓は俺がULを送り込むのを止めると自然に崩壊した。

 威力も速度も申し分ない。良い武器を手に入れた。ギークに礼を言おうとした瞬間、胴体に穴をあけたままの蜘蛛が再び動き出した。間髪入れず、パーカーがショットガンを放つ。蜘蛛は頭が消し飛んで動かなくなった。


「すいません。助かりました」

「君が油断するなんて珍しいな」

「おいおい、しっかりしてくれよ。私を送り届けてくれるんだろ?」


 ギークの発言の通り。俺達は今、任務中だ。寄生植物(パラサイトプラント)騒動を治めた偉大な科学者様である彼を東の街グレートウォールまで送り届ける。班員は俺とパーカー、更にあと二人。ふらふらと姿を現したのは、そのうちの一人だった。


「あ~殺したんだね~。うん、綺麗ね。綺麗な体液」


 ぬめぬめと流れる蜘蛛の緑色の体液をうっとりと眺める彼女。ヴェロニカ・フロロフ、ロシア人。妖精のような可愛らしい外見だが、グロテスクな物が大好きの異常者だ。年齢は俺より下だろう。


「いいな~もっとバラバラに、バラバラにしたい! 秋也く~ん。いいでしょう?」


 青く、キラキラした丸い目を向けられる。右手にはナイフ。ギラギラと鈍く光っている。


「時間があるときにな」

「本当!? 絶対だよ。絶対ばらばらにさせてね」

「……ヴェロニカ、蜘蛛のことだよな?」

「蜘蛛?」


 奇妙な間があった。そして、彼女は「そう、蜘蛛蜘蛛!」と誤魔化すように言った。やばい。こいつは間違いなく俺をバラバラにする気だった。

 最後の一人、隊長のグエンがきびきびと歩いてきた。右手にデカいカエルを引きずっている。


「隊長、それは?」

「あ? ああ、今日の昼めしだ」


 隊長は女性だが、男のような言動を見せる。煙草を口に咥え、弓矢を背に装備している。


「すごぉい。隊長ぉ、私に、私に解体させて」


 興奮(エキサイト)しているヴェロニカにグエン隊長は無言でカエルを渡す。彼女は嬉しそうにナイフをカエルの腹にあてた。


「ねぇ~今からきみのおなかをあけるよ。どうなっているんだろねぇ? 楽しみだねぇ」


 何やらぶつぶつ呟いている。俺とパーカーは同時にため息を吐いた。ギークは解体の様子をニヤニヤと眺めている。

 グエン隊長とヴェロニカは共にグレートウォール出身だ。ギークの警護にショットタウンまで同行し、彼を守っていたらしい。二人とも実力はあるとの噂だが、いつものように任務へ出る前にマッチョナース隊長から助言をいただいた。


「この二人と組んだ兵士はみな精神を病んだらしいわ」


 何故? と聞く必要はなかった。二人とは事前に会っていたから。一目見て、ああ、こりゃやばいなと納得した。特に自己紹介が強烈だった。


「グエンだ。言っておくが、私の命令は絶対だ。従わない者は眉間を打ち抜く」

「ヴェロニカです。ぐちゃぐちゃなのが大好きです! 今まで見たことのないすごいのが、すごいのが見たいです!」


 当初はこのメンバーに俺とフィリップが選ばれていた。ところが、フィリップは前日プレッシャーで吐いて寝込んだ。マッチョナース隊長の計らいで、まともなパーカーが任務に同行してくれた。


「こら、ヴェロニカ。頬に血がついているぞ」

「あ、ごめんなさ~い」


 仲良くカエルの肉を焼いている女性二人を、俺は極力視界に入れないようにした。


「葉鳥、街の"英雄"の件は聞いているか?」


 パーカーが唐突に話を振った。俺は首を横に振る。


「英雄に人数制限はないが、各街三人は必要だと言われている。それは、人間通しの争いの回避のためだ」

「どういう意味です?」

「人間は街の中だけではない。外に潜む者もいる。野盗、盗賊といったコミュニティーだが、偶にこういった連中が街を襲撃することがある。街を我が物にしようって連中だ。そういった者への牽制を含めて、街は他国にまで『うちにはこんな兵士がいるぞ』と名を広める。功績が際立つ者はそのうち英雄と呼ばれ始めるが、作為的に作り出すこともできるわけだ」

「街が個人の功績をアピールするってことですか?」

「その通り。そして、君は名のあるキメラを何体も倒している。君の名を英雄として広める準備がなされている」


 英雄とはそんな制度だったのか。俺が想像(イメージ)していた英雄とは随分と異なる。俺達の話を盗み聞きしていたギークがふいに口をはさんだ。


「君はグレートウォールの秘密を知っているかい?」


 にやにやと笑っている。彼のこの笑いは、大抵ろくなことに繋がらない。


「女王が傲慢ってことか?」

「違うよ。そんなことは秘密じゃない。みんな知っていることさ」

「Mr.ギーク。信憑性のないことだ」


 パーカーが静かに言った。その口ぶり、彼も知っているのか。


「違うよ。事実さ。今の女王がー」

「盗賊の娘だってことだろう」


 今度はグエン隊長が口を挟んだ。ギークは残念そうな表情を浮かべる。言葉を盗られたからだろう。まぁ、それはともかく、女王が盗賊の娘? 何を言っているんだ。


「グレートウォール。あれは戦争開始直後に蘇った優秀な物理学者が設計した壁だ。その物理学者の子孫が王として君臨。街は潤い、栄えた。しかし、ある日、盗賊が街を襲撃しー」

「王の首を挿げ替えた、と?」


 有り得ない話ではない。しかし、そうなると、いよいよ女王様が悪の帝王のように思えてくる。

 グエン隊長がカエルの肉を放り投げる。俺とパーカーはなんなくキャッチしたが、ギークは落としてしまった。仕方なく、ギークに俺の肉を手渡す。


「まぁ、我々には関係がない話だ。上の人間など誰だっていい。ただ戦うだけだ」


 風上隊長はこのことを知っていたのだろうか。きっと、知っていただろう。正義漢の彼は、グエン隊長のように割り切れなかった。だから、反乱じみた思想を抱いていたのか。

 ヴェロニカが俺のもとにやってきた。代わりの肉を持ってきてくれたらしい。優しいところもあるじゃないかと感心したが、彼女はカエルの脳を俺に差し出していた。


「食えって?」

「おいしいよ」


 お前、食ったのか。


 (ボア)(モンキー)、メタルグリズリーといったプラントに寄生されていた生物はすっかりその数を減らしていた。代わりに、デカい蜘蛛、デカいムカデなどの昆虫や、カエルやイモリなど両生類の姿を見かける機会が増えた。どれも、戦闘力はしれている。


「秋也くんは何が好き?」


 ヴェロニカに尋ねられる。この子に話しかけられると、何を言われるのかと思って心臓に悪い。


「好きって、何が?」

動物(アニマル)だよぉ」

「うさぎだな」


 パーカーに笑われた。そういうことじゃないだろう、と。好きな動物の話じゃなかったのか。


「どういうことです?」

「敵として、ってことだろう」

「違いますよぉ」


 パーカーがあれ? という顔をする。ギークがくくっと短く笑う。


「私はわかるよ。グリズリーなんかは、解体し甲斐があっていい」

「ですよねぇ。でも、あたしは北の動物の方が好きなんです。大きいから、びちゃびちゃのぐちゃぐちゃにすると、うふふ、元気が出てきて……ああ、思い出しただけで」


 身を震わしている。なんなんだ。なんの話なんだ。

 突然、気配を感じた。

 発砲音が鳴ったが、既に俺は槍を地面に突き刺し、班員全員を蔓の内側に囲っていた。弾は蔓に当たり、小さく破裂する。


「よくやった、葉鳥」

「いいえ、ですが、銃声がしましたね」

「盗賊か」


 兵士が四人もいるのに襲い掛かってくるとは愚かな奴だ。


「Mr.ギークが狙いか?」

「私は人に恨まれた覚えはないけれどねぇ」


 嘘をつくなと叫びたかったが、銃弾は確かにギークの頭を狙っていた。


「蔓を解け、葉鳥」

「ですが……」


 おそらく、まだ敵は俺達を狙っている。俺達は敵の位置を掴めていない。


「安心しろ、私は……」


 グエン隊長の瞳が大きく開かれた。よく見ると、その眼球は義眼だと分かった。おそらく、ただの義眼ではないが。


「もう捉えた」


 俺が蔓を消すと、即座に隊長が弓矢を構え、撃った。弓矢は金属で、放たれた矢は樹木をお構いなしに削りながら進んでいく。遠くで叫び声が響いた。肉眼では全く確認できない対象を射抜いたのだ。


「足を狙った。これから情報を引き出すぞ、ヴェロニカ」

「やった、やった、やった。いいんですね、隊長」


 ヴェロニカはナイフをくるくると回している。

 ああ、可哀そうに。俺達を狙うなんて、本当に可哀そうだ。




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