26.Plant1
長い悲鳴の最中、私は生まれた。
私の最初の記憶は、檻に入れられた若い人間の怯えた顔と、喜びに満ち溢れた神の姿。
「誕生、おめでとう」
神が告げると、私は私が立っている根元を見て、悲鳴の正体を悟った。
私は人間の腹を突き破って生まれた。人間の性別は女で、臓器を飛び散らせながら、それでもまだ生きていた。自分の腹から出現した血塗れの私を呆然と眺めている。
「人間で成功するとは皮肉ね」
ワニの仮面を被った巨大なキメラが私を見下ろしている。
「そうだね、クロコダイル。でも、面白い実験だった」
神は静かに囁く。その共通言語は、誕生直後の私の混乱を鎮めた。蟷螂の顔をした猿のキメラが私を眺めて笑った。
「人間の胎児に寄生させてゆっくりと成長させた寄生植物。こいつはキメラと言えるのかね」
その言葉は私を怯えさせた。私はキメラではないのか。人間なのか、それとも植物なのか。急いで私は、まだ微かに生きていた母体の心臓を蔓で刺し貫いた。母体は短く声を上げ、死んだ。檻に入っていた人間が叫び声をあげる。
証明したかったのだ。私は神の忠実な配下だと。
「心配しなくていい。君はキメラだ。君の元となった種は、多くの生物に寄生させて遺伝子の情報を読み取っている。外見には表れていないだけで、その実、世界の誰よりもキメラらしい存在だ」
その言葉は私を励ました。そして、私はまだ泣き叫んでいる檻の中の人間を串刺しにして、黙らせた。私が生まれた今、不要な存在だからだ。
時間が経つにつれて、私は私の特性を学んでいった。私が生み出す種を寄生させた動物は、生死に関わらず肉体の大半が損傷しない限り私の意思で操作できた。そして、その数はおよそ無制限。私の同時処理能力は他の追随を許さぬ域に達していた。
能力を高めた後、私は特殊な種を使い、私の分身、いや子というべきか。ともかく、私の意思とは別の、私と同じ個体を生み出すことに成功した。
子は私を母と呼んだ。
「母さん、俺、任務に行くよ。神様の期待に、あなたの期待に応えるんだ」
旅立った我が子は帰って来なかった。
後日、神とキングという名のキメラが私の前に現れた。
「プラント、君の子が殺された。何故、死んだのか、私にも読み取れない」
「貴方の共通感覚は絶対のはずではないのか……」
絶望する私に、神は悲しみを含んだ声を出す。
「私の共通感覚を塗りつぶす人間がいる。それに殺されたキメラの記憶は読み取れない。マンティスも、おそらくバッドも、そして君の子もそれに殺された」
それがどんな人間かはわからない。
だが、そんなことはもう、どうだっていい。私は子を殺された。これが、この感情が怒りか。全てを燃やし尽くし、神への忠義すら揺らぐほどの憎しみ。
その感情が私の心を埋めた時、私は子が為そうとしていた実験を思い出した。思えば、あの子は私以上に好奇心が強く、賢かった。
「神よ、あの子の無念は私が晴らす」
それは、寄生種の入れ替え実験。動物から人間へと寄生種を入れ替え、人間をも操ることを目的とした試み。人間同士を戦わせる。あの子の願いだった。
あの子が寄生させた動物や人間は私の意志でも動かせる。現に、ショットタウンであの子が死んだ後も、寄生動物達は私の意志で動かせた。
実験は成功した。
ショットタウンは虫の息。あと一度の進行で容易く潰せる。
残る仕事は、もう一度神からの招集がかかるまで寄生動物を増やすだけだ。
誰かが近付いてくる。私の寄生動物達を突破し、進行を続ける人間の小隊。三方向から、私へ近付いてくる。
いいだろう。相手をしてやろう。今や、私の力は密林全体を従えるほどにまで成長した。たかが人間が、どの程度やれるか見せてもらおう。
『さて、だいぶ進んだわね』
『キャサリン隊長、暴れすぎです。戦った後が滅茶苦茶になってます』
『あらパーカー、いいじゃない。私も、久々に外の任務で張り切っちゃうのよ。街の中じゃ本気出せないしね』
『隊長、そろそろ目的地です』
ショットタウンの英雄の一人、"おかま"。中型の銃を持った男と、スナイパーとの三人組。歓迎しよう。
私は三人が湖畔に着いたタイミングを見計らい、秘密兵器を動かした。
『美しい場所だ。怪しいものは見当たりませんね』
『空気が澄んでる。セシリアさんと一緒に来たかったなぁ』
『こら、油断しないの。あの科学者の言う通りなら、ここが敵の本拠地……』
おかまの動きがピタリと止まる。流石、危機察知能力が高い。
『警戒!!』
おかまが叫ぶと、部下二人の顔色も変わる。成る程、ここまでほとんど無傷でたどり着いただけのことはある。
『敵、100メートル、50メートル、どんどん近付いてます!』
『グリズリー? それとも、植物本体か?』
『いえ……これは、キメラです!』
三人の前に勢いよく着地したのは、寄生クロコダイル。森で見つけた死体に、優れた寄生種を寄生させた特注品だ。ついでに、森で見つけた人間達も総動員で相手にしてやる。
『他にも近付いてくるわね。フィリップ!』
『グレートウォールの軍服を着た連中です』
『死体か。全く、悪趣味だ』
寄生クロコダイルが身体を捻る。巨大な尾を振り回す。
『隊長、来ます!』
『任せなさい』
おかまがは叫びながら、高速で振るわれた巨大な尾にナックルをかます。驚いた。おかまの拳をくらった寄生クロコダイルの尾は粉々になった。いくら腐敗が進んでいるとはいえ、そんな芸当ができるとは。だが、問題ない。寄生植物が直ぐに欠損した部位を補う。より強固に。
『寄生種を砕かないと意味ないわね』
『クロコダイルの身体には弾が通らない……』
『私の拳がある。パーカー、あなたは私の援護。フィリップ、あなたは近付いてくる奴らを狙撃して』
『了解』
キメラにも臆さないか。優秀だ。仕方ない。二体目の投入だ。
『隊長、何か飛んできます!』
一早く気付いた狙撃手は、空を飛んでくるそれに向けて狙撃する。ただ、当たらない。
『くそっ』
『そいつは……マンティスね!』
『ちょっと、待て。そいつが持ってるもの……』
降り立った寄生マンティスは、任せていた三人の相手を無事に終えている。
『嘘だ……ジュディさん』
マンティスの猿の手には、"派手髪"として名を馳せたショットタウンの英雄の頭が握られていた。確かに中々強かった。加減できず、身体を損壊させて操作できなくなってしまった。仕方がない。寄生マンティスの拳に力を入れ、その頭を握りつぶす。脳や目玉が飛び散り、派手な赤い髪がはらはらと舞う。
『……キングにやられた傷がまだ治っていなかった……だから街で寝てろって言ったのに! あの馬鹿!』
おかまが寄生クロコダイルの攻撃を避けて、顔面にパンチをくらわす。寄生クロコダイルは頭を崩壊させながら湖に吹っ飛ばされた。勿論、直ぐに回復する。
中距離型の銃を持つ男が寄生マンティスに向けて弾丸を放つ。寄生マンティスは前転してそれを避け、猿のように動きながら、自らの身体で生成した蟷螂の鎌を手に持って攻撃を仕掛ける。男もそれを避けるが、寄生マンティスは追撃を仕掛ける。見かねてスナイパーが援護し、男は体制を立て直す。
そうこうしている間に泉から寄生クロコダイルが上がってくる。寄生人間もスナイパー一人では対応しきれなくなっている。
『隊長!』
『厄介ね!』
『ほんまになぁ!!』
聞きなれない声が響いた。
見ると密林の奥から、木刀を持つ男、ブーメランを持つ女、派手な槍を持つ若い男が現れていた。奴等には寄生人間の中でも特に優秀な三人を送り込んでいたが、無駄だった。やはり、人間は信頼できない。
『本間!! 遅いってのよ!!』
『やかましい!! これでも急いできたっちゅうねん』
『……本当にね』
『いや、まったく』
何を言っているのか分からないが、随分と楽しそうだ。




