24.Nostalgic2
風上隊長の刀はグレートウォールの標準武器の一つだ。威の槍のような特注品でもなく、アビーのブーツのような特別扱いにくい武器でもない。斬撃を飛ばすギミックを除けば誰にでも簡単に使える。だからこそ、使用者によって腕の差が明確に出てしまう。
突進してくるパラサイトボアの牙を避け、すれ違いざまに刀を振るう。ボアは身体を水平に分けられ、絶命する。勿論、一匹仕留めたところで状況に大した変化はない。
「後退しながら戦いましょう!」
俺が叫び、セシリアが同意するも、ヤクザ隊長が拒否する。
「いい加減にしてくれ!」
俺の叫びは、ボアの悲鳴にかき消された。
見ると、俺が3匹仕留めている間に、ヤクザ隊長は5匹の頭をたたき割っていた。木刀で、寄生種を正確に潰している。
「葉鳥!! 男は逃げたらあかんねん!!」
もう、対策を考えるのも面倒だ。なので、「わかりましたよ!」と投げやりに叫んだところ、セシリアが大きなため息をついて武器を取り出した。
「バカばっかり!!」
彼女の手に持ったブーメランにはランプが3つあり、今はそのうち2つが青く点灯している。
彼女がブーメランを投げると、突風を伴いながらボアの身体を巻き込み、身体を八つ裂きにする。そのまま弧を描くように飛び、続いて数体のボアも切り裂いた。
「おもろいやんけ!! やけど、隙だらけやぞ!!」
ヤクザ隊長が叫ぶ。どうやら、隊長も彼女の武器を見るのは始めてらしい。班員の武器を把握していないというのは隊長としてどうなのかと思うが、ともかく、実際彼女は武器を放り投げているわけで、今は素手だ。
「ご心配なく」
と言って、彼女は武器を取り出す。
「おんなじ奴やんけ」
セシリアが二つ目の武器を投げると同時に、最初に投げたブーメランが彼女の手に戻った。成る程、こうして交互に扱うことで隙をなくす訳か。彼女は遠距離戦が得意らしい。だから、俺達が組まされたのか。
俺が最後の一匹を銃で打ち抜き、ボアの身体が炸裂したところで戦いは終わった。最後は必死で、仕留めた数を数える余裕がなかった。のだが、ヤクザ隊長は笑い声をあげた。
「俺が25匹、葉鳥が18匹、女が16匹。まぁ、ガキにしてはやる方やわ」
「セシリア」
「あ?」
「私の名前、小さい脳みその中に入れておいて」
ヤクザ隊長はにやりと笑い「言うやんけ」と嬉しそうに呟く。
何が嬉しいのかと二人に目を向けると、セシリアの背中には同じブーメランが合計6つ装備されていた。
「……予備?」
つい言葉に出すと、彼女は振り返って俺を睨み、間をおいて冷静な目を向けた。
「違う。6個を同時に扱うの。でも、組んで日の浅いあなた達じゃ、私のブーメランに巻き込まれてしまう。トーマスとエディなら……」
ため息を吐く。今日、彼女のため息を何度聞いただろうか。
彼女の戦闘力を疑っていたが、余計な心配だったようだ。ショットタウンの精鋭に選ばれただけある。
寄生動物との遭遇率はこれ以後、極端に減った。おそらく周囲の寄生動物を殲滅したのだろう。そんな考えが浮かんだところで、待ってましたとばかりに敵の増援が現れた。
「メタルグリズリーね」
「ボアよりも強力だ」
「知ってるわよ。隊長、今度こそ隠れていくわよ。大量のメタルグリズリーを相手にするのは、いくらなんでも危険すぎる」
「そうやな」
渋々といった様子でヤクザ隊長は納得した。俺は嬉しくなる。彼も、少しは人間らしい判断ができるのだと。これがいけなかった。そんなわけがないのだ。おかしい奴は、大抵死ぬまでおかしい。
「なんて、言うわけないやろが!」
引っかかったなと、部下を小ばかにしながらパラサイトメタルグリズリーの前に走っていった。当然気付かれ、グリズリーは強力な腕を振るう。隊長はそれを避けて、木刀で頭を打つ、ところが
「あ? 固いな」
グリズリーの頭蓋骨はボアとは比較にならない。木刀でなら、それがよくわかるだろう。兵士なら誰でも知っていることだ。
「手助けに行くか」
俺が立ち上がるのを、セシリアが止めた。
「なんだ。どうして……」
「わからない?」
わからない。ヒントをくれ。
「あいつ、おかしいわよ。あんたもおかしいけど。まだマシ」
「知ってるよ。だから見捨てろって?」
「違う。メタルグリズリーに木刀で挑むのがおかしいでしょ。勝てるわけないじゃない。腕云々の話じゃない。武器の強度の話よ。それに、さっきのリアクション。あいつ、グリズリーと戦ったことないんじゃない?」
勝てるわけない、か。まぁ、確かに。メタルグリズリーは他の動物と比べて別格だ。
「あの男は街の"英雄"なんだろ? 彼のことはあんたの方が詳しいんじゃないのか」
「詳しいわ。だから言うけど、あいつの班員、任務の度に全滅してるのよ。で、あいつだけどんな困難な任務でもこなしてくるから英雄って言われてるけど、実際、証人はいないわ」
つまり、彼女はヤクザ隊長のことを、人格面でも実力面でも疑っているわけだ。しかし、マッチョナース隊長も人が悪い。そんな曰くつきの人間なら、一言でも情報が欲しかった。
「う~ん、参ったわ。熊とやるんは久しぶりやからなぁ」
グリズリーの攻撃を余裕で避けながら、ヤクザ隊長は呟く。
「しゃあないなぁ」
ヤクザ隊長は心底残念そうに呟き、スーツをまくる。手首と足首にバンドが巻かれている。
「なにあれ?」
セシリアが首をかしげる。「さぁ」と返事をしておく。
ヤクザ隊長はバンドを外し、地面に落とした。土の地面にバンドがめり込む。
「よーし、これで動けるわ」
そのセリフではっきりした。あれは、漫画でよく見る修行法だ。重りをつけて動くことで四肢を鍛える。バンドを外した隊長の一撃で、グリズリーの頭は叩き割られた。粉々だ。ところが、まだ動くので、隊長はグリズリーの身体をぼこぼこにする、そのうち、完全に動きを停止させた。
「いかれてる……」
セシリアの言葉には同意せざるをえない。結局、木刀でグリズリーを殺した。しかも、重りを外してから数秒の出来事だった。
「なんでそんなものつけてるのよ」
セシリアが困惑しながら尋ねると、なに当然のことを聞いているのかと、今度は隊長が困惑した顔を見せる。
「格好ええやん。パワーの開放ってな。でも、あれはもういらんわ。体のULを抑えるバンドなんやけどな。やっぱしんどいわ」
そうですか、としか言えなかった。
「それより、来るで」
地面を揺るがす足音。パラサイトメタルグリズリーが襲い掛かってくる。
確かにこの隊長についていたら、班員は生きては帰れないだろう。自分から困難を作り出しているのだ。簡単な任務も難しくし、難しい任務はより難しくなる。滅茶苦茶だ。だが、それも少し面白いと感じた。口に出しはしないが。もしすれば、セシリアにまた「いかれてる」と言われるだろう。
向かってくるグリズリーに対して戦闘態勢をとる。そこで、俺達は驚くべき光景を目にした。ヤクザ隊長でさえ、この時は驚いていた。
「なんだ、メタルグリズリーの上に……」
人が乗っている。
「寄生人間やな。森で死んだ奴が寄生されたんやろ」
「嫌になる。人を傷付けないといけないなんて」
「まだそんなこと言ってんのかい」
「そんなことって何よ」
「そんなことやろ」
「何よ!」
そうだろう。そういう反応になるだろう。寄生人間、その身体が、知らない奴なら。
「風上隊長……」
「風上!? 二刀流の?」
「なんや、葉鳥。知り合いかい」
おかしな話だな、風上隊長。俺は、あんたが今乗り回してる化け物から殺されそうなところを、あんたに助けてもらったのに。それを引き連れて、今度は俺を殺しに向かってくるのか。
ギークの言っていたことが的中した。だから、覚悟はしていた。
「久しぶりだ。他のみんなは元気か? 隊長」
俺は走りだし、隊長の乗っているグリズリーを刀で切り裂く。風上隊長はグリズリーの背から飛んで地面に降り立ち、俺を見ている。
顔色が悪い。当然だ。首を跳ね飛ばされて死んでいたんだ。死んだときの服のままだから、首元は血にまみれている。生前の快活さはどこにもない。
近くの樹木から何かが隊長の傍に着地した。猿であってくれと願っても無駄なことは分かっている。
「やぁ、先輩」
アビー先輩。胸の傷は植物の蔓のようなもので塞がっている。風上隊長と同じように、服だけ血にまみれ、穴が開いている。威先輩は上半身裸だ。腹から肩にかけての傷跡は、やはり植物の蔓で補完されている。
「おい、葉鳥」
「大丈夫ですよ、隊長」
セシリアが俺と植物人間を見比べて、声を出した。
「わ、私と隊長で戦うわ。あなたはサポートに……」
随分と優しいな。様子を見るに、俺と彼等の関係性がわかっているようだ。話した記憶はないんだけどな。
「あの時、君にしたことの罰が当たったってとこだろう」
「そんなこと……」
セシリアの、兵士達の仲間の身体を傷付けた。報いか。例外は許されない。俺は俺の仲間の死体を倒す。
「俺がやります。二人は近付いてくるメタルグリズリーの相手を」
「助けはいらんか」
「勿論」
風上隊長は蔓で刀を、威先輩は槍を作り、アビー先輩は足を蔓で覆っている。生前の武器を身体が覚えているのか。もしくは意識があるのか。どちらでも構いやしない。本物は俺が持っている。
「5班は家族さ、だろ? みんな」
三人が襲い掛かってくる。
俺は両手のリストブレイドを起動した。




