23.Laugh
会議が終わり、さぁ帰ろうと取っ手に手をかけたところでギークに声を掛けられた。
「生き残ったのは君だけかい?」
ギークは期待や恐れを抱いていない。表情でわかる。彼の疑問はただの興味だ。
「残念ながら」
短く回答。しろのことを説明する気にはならなかった。
「そうか、残念だねぇ。君達は面白かったのに」
「俺も残念です」
くっくっくっと、気味の悪い笑い声が聞こえた。まさかと思ったが、ギークが何故か笑っている。
「なにが……」
おかしいのか。理解ができず、怒る気にもならない。
「いいや、君達が死んで、壁の中の住民は悲しんでいたよ。まぁ、君達はそれなりに活躍していたし、当然かもね」
「で、なんで笑う?」
マッチョナース隊長に肩を叩かれて、「相手にするのはよしなさい」と諭された。俺はため息をつき、改めてドアを開く。
「寄生植物は死体にも寄生する」
ギークがぼそりと呟く。
「君にチームメイトが斬れるかな?」
彼は風上隊長達が森に埋葬されたことは知らないはずだが、全てを知っているかのように話す。不気味な男だが、言葉は重く受け止めなくてはならない。その忠告は悔しいが現実的だ。
事態が深刻なため、パラサイト本体を仕留める作戦は早急に立てられ、すぐさま実践された。
「密林に送り込むのは少数精鋭。雑魚を送れば寄生されて敵が増える」
グラン総帥がメンバーを絞り込む。
「3人構成の小隊を3つ。残りの兵は街の護衛を行う」
告げられたメンバーを聞き、俺は総帥の横っ面を叩きたくなった。
密林奇襲部隊
本間つよし、セシリア・アパーテ、葉鳥秋也
作戦会議室に向かうと既にセシリアが座っていた。部屋に入ってきた俺をちらりと確認し、睨む。
「元気そうね。死体狩りさん」
「死体狩り?」
「あら、知らないの? あなた、そう呼ばれているのよ。仲間の死体を刻んだ戦士って、格好いいわね」
ああ、皮肉という奴か。彼女の眼は怒りで燃えていた。もしかしたら、俺はこの作戦で命を落とすかもしれない。彼女に殺されて。
約束の時間を過ぎてもヤクザが来ない。彼が来たところで部屋の空気は改善されないだろうが、仮にも隊長ならば時間通りに来るべきだ。
「なんなの? 日本人は時間にうるさいんじゃないの?」
「へぇ。その説、知ってるんですね」
喋った瞬間、きつく睨まれた。
不愉快だ。仲良しこよしでやろうとは思っていないし、それも望まない。だが、あの時、俺は俺で覚悟を決めて戦ったのだ。同じチームになったのだから、気に食わずとも歩み寄る姿勢は必要だろう。子供じゃないんだから。
「ここにあなたがいるなんて以外でしたよ。精鋭が集められてるって聞いていたから」
「はっ?」
「ほら、あなたこの前全然動けてなかったし」
なんで俺はこんなことを言ったのだろうか。つい口が滑ったというか、本音が出たというか。
セシリアは顔を真っ赤にして、武器を手にした。ブーメランだ。原始的だが、見かけが洗練されていて、機械的な要素が組み込まれているらしく、青く点滅するランプがついている。
彼女がそれを俺に向かって投げる寸でのところで、ヤクザが現れた。
「なにしとん。狭いところで暴れんなって」
取り合えず、殺し合いは起こらなかった。だが、やはり彼が来たところで状況はよくならず、俺達はお互いにイライラしながら作戦を聞いた。
「目標地点はここや。三チームが別々の行路で向かう。以上」
「いや、隊長。日数とか、休憩地点とかの説明を……」
「そんなもん、そん時考えたらええねん」
会議は1分で終わった。
「日本人は頭おかしいの?」
一緒にしないでほしいね。
作戦前に、俺は病院に立ち寄った。医療機器に繋がれたままの相棒に会うために。
「しろ」
呼びかけても反応があるはずもない。
Dr.クロードが「きっと聞こえているよ」と声をかけてくれる。
「しろ、痩せてきたか? 全く、嫌になるな」
もともと細かった身体が、更に細くなる。状態は良くならず、体力は落ちる一方。
「未来人が気の利いた医療装置でも提供してくれりゃあいいのに」
「可能性はある。発見できれば助かる道もある」
0でないだけで、ほとんど0だ。そんなことは分かっているが。
「時間だ。行ってくるよ。クロード先生、しろのことをお願いします」
Dr.クロードは微笑んで手を振った。
集合場所にはすでに他チーム全員の姿があった。相変わらず、ヤクザは遅れているらしい。
「葉鳥」
呼びかけられて、マッチョナース隊長とパーカー、更に見覚えのない兵士の小隊のもとへ駆ける。全く、羨ましいチームだ。
「本当にあのチームで大丈夫なのか?」
「それは俺が一番気になります」
「噂じゃ、あのセシリアって子、あんたとヤクザのこと恨んでるらしいわよ」
噂じゃない。事実だ。
「俺が死んだら、彼女に殺されたって思ってください」
冗談交じりに言った。半分は本気だったんだが、直後、マッチョナース隊長の残りの班員が叫んだ。
「か、彼女はそんな人じゃない!」
でかい声だ。響き渡る良い声だ。
面食らっていると、セシリアが近づいてきて「どんな人なの?」と声を掛けられた。
「いや……その」
「フィリップ、あんたには聞いてない。ねぇ、死体狩りさん。私はどんな人なの?」
フィリップ。お前の顔と名前は覚えたからな。
セシリアに追い掛け回されている間に、ようやくヤクザが来た。相変わらずスーツ姿で、木刀を腰からぶら下げている。
「本間つよし!! 貴様、大事な任務の前で何をしていた!!」
グラン総帥の怒りが飛んできた。
「すんませーん。かわい子ちゃんのお見舞いに行ってましたー」
何を言ってるんだこの男は。全く、ふざけすぎだ。ふと彼の顔を見ると、彼も俺の顔を見てニヤニヤ笑っていたから、なんだ気味が悪いと思い目をそらしたところで、ようやく気が付いた。
俺のことじゃねぇか。
グラン総帥が士気を挙げるために何か叫んでいたがどうでもよかった。その後、ヤクザが俺の近くに来て、
「やるやんけ、おい、葉鳥。なんや、幼馴染のためってか? かっこええやんけ、おお?」
と煽ってきた。こいつ、つけてやがった。ストーカーだ。
そんなこんなで小隊はバラバラに出発した。俺達は目標地点"鹿庭の湖畔"に向けて歩き出した。セシリアはだんまり、俺もだんまり歩きたかったが、何かとストーカーが絡んでくるので、適当な返事をする度に集中力が失われていった。
密林を歩くのは久しぶりだ。ここのところ、街の防衛が主な任務だったから。最初の頃より暑さは気にならない。身体が適応しているのだろう。高い木々から日差しがこぼれる。
先頭を歩くストーカーが「ほれ、見てみい」というから、言われた方向に目を向けると、ボアが一匹いた。この野郎、敵を見つけたのなら、もっと鬼気迫る言い方をしろ。
「寄生猪ですね」
「でしょうね。ボアは普通なら集団で行動する」
やっとまともにセシリアと話せた気がする。
「パラサイトが全て共通した意識をもってるのなら、一匹でも見つかったら終わりよ。仲間を呼ばれるわ。ここは避けて、遠回りをしましょう」
まともなことを言うから驚いた。なんだ、しっかりしているじゃないか。
「隊長、彼女の言う通りにしましょう」
「いやや」
一瞬で否定されたのは気のせいか? そんなわけはないと思い、改めて
「隊長、彼女の言うとおりにしま」
「いややって言ってるやろ」
食い気味に否定され、呆気にとられている間に、隊長が走り出した。
速い。流石だ。しかし、関係ない。寄生猪は走ってくるヤクザに気が付く。直後に木刀で頭を割られて動かなくなった。
「何してんの! 大群に襲われるわよ!!」
ヤクザは爆笑している。
「なに笑ってんのよ!」
「お前にゃあわからん。男は逃げたらあかんねん。どんな時も不利な状況に身を落とし、のし上がっていくもんや! なぁ、葉鳥!!」
地響きが聞こえる。とんでもない数の寄生動物が集まってくる。
「同意……できるか!!」
俺は刀を抜いた。




