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22.Meeting

 勝負をしているわけではないが、物事には差が出る。その理由が、人間の死体を傷付けたくないという人道的な意見でも、出された結果には影響しない。

 俺が動きを停止させた死体の数は13体。これは、その場に居合わせた者が聞けばゾッとするほどの数だ。勿論、俺は自慢したいわけではない。死体を崩壊させた数が13体。その数字が増えれば増えるほど、同僚に感謝と嫌悪感を抱かれる。

 そして、死体の群れを平然と歩く男。彼は、俺達の部隊が到達してから数分後に現れたにも関わらず、27体の死体を機能停止にさせた。


「ひ、人殺し! 人殺し!!」


 セシリアの叫びは、兵士としてはタブーだが人間としては真っ当な言葉だった。その彼女に対して、彼は欠伸を見せ、酷くつまらないものを見下す目を向ける。


「なんや、まだいたんかい。早くおうちに帰り」


 岩場に腰掛け、煙草を吸い出す。人として最低だが、誰も注意をしない。それは、誰もがわかっているからだ。この男がいなければ、死体の数は増えていた。


「隊長、彼は……」


 後処理に来ていたマッチョナース隊長に声をかける。彼は察し、「ああ」と声を上げた。


「この街の最強の一人よ。噂は聞かなかった? "ヤクザ"って言われている男」

「ヤクザ、ですか」


 ヤクザに目を向けると、彼は俺達の方向を見て笑っていた。


「ちゃうちゃう、坊主、信じたらあかんで。俺はヤクザやない」


 立ち上がり、胸を張って歩いてくる。血塗れの木刀を手に持ち、引きずっている。彼が歩いた道には血のラインが引かれた。


「ここに来る前は真っ当なサラリーマンや。毎日、会社で頭下げとったわ」


 真偽は不明だが、ヤクザであってくれた方がわかりやすくて納得がいった。

 少なくとも、この世界は人と動物の争いを基本としている。つまり、いくら兵士といえども、人間を傷付けることに慣れがないのが当然だ。実際、俺達の部隊は傷付けられることより、傷付けることに拒否反応を示す者が多くみられた。

 目の前の彼にはそれがない。躊躇いなく人体を傷付け、生き生きとしている。


「ここでは、"前世"のことなんてどうでもいいの。あんたの風貌が既にヤクザでしょう」

「きっついなぁ、キャサリン。見かけのことは、あんたにだけは言われとうないわ」


 他の町にまで名を響かせている男が二人、俺の目の前で話している。その圧力は中々のものだ。


「しかし、坊主。見てたが、結構やるやんけ。淡々と死体を殺すなんて、俺もできひんわ」


 嘘を吐けと言いたくなった。だが、傍目から見れば、この男と俺は同じか。少なくとも、俺は人を傷付けることに抵抗はあった。抵抗はあったが、臆することなく実行できた。その姿は、結局彼と同じ、狂人。

 考え事をしていて妙な間が開いた。俺は急いで、


「武器、面白いですね」


 と言った。ヤクザは、「ああ、これか?」と両手で木刀を持ち直す。


「修学旅行の土産みたいでテンション上がるやろ。普通の木刀よりちょい固いけどな」


 手渡された木刀を触って、ゾッとした。本当に木で作られた刀、つまり木刀だ。デザインだけ踏襲された剣だと予想していた。ならば、この男は本当に木刀で人体を切断していたのか?


「まともな武器を持ちなさいって何度も言ったのにね」

「平和な日本人に刃だの銃だの似合わんわ。おっと、すまん。坊主は使ってたな」


 この男の戦闘力は、どこまで高いのか。

 ヤクザはそのままどこかへ去っていた。彼が姿を消した後、マッチョナース隊長がため息を吐く。


「気に入られたようね」

「ええ……まずいですか?」


 「そうね」と、隊長は考え込み、しばらくして声を出した。


「見た通り、滅茶苦茶な男。確かに強いけど、街の危機にもすぐに姿を現さないし、現場にも遅れてやってきたでしょ? 自分が気に入らなきゃ任務にも参加しないし」

「そんなので、よく兵士の職が許されていますね。グレートウォールでは考えられない」

「ああ、例の女王の采配ってやつ? でもね、きっと許されてしまうの。理由は」

「強いから」

「その通り」


 この世界での強さは絶対だ。

 大切なものを守るには、人間性を欠いてでも追い求めなければならない。

 いや、もしかすると、俺の生きていた時代も、同じだったかも。


 死体の処理は、その後いくつかの問題を起こして終了した。動き出した死体の被害は少なくなく、寄生された死体に殺された兵士が更に寄生され、その繰り返しが起こり、結局、ショットタウン内部の騒動が完全に収まるには一か月を要した。


寄生植物(パラサイトプラント)は進化した。特筆すべきは3点。

 人間に寄生すること。

 殺した死体に寄生すること。

 寄生した生物の身体を植物状に変異させること」


 ショットタウンの博士、ウェインが語る。


「街の内部だけでこの被害だ。おそらく、外では更に寄生が広まっている。新人や、外に調査に出た兵士、寄生された生物に殺されたアニマルも含め、その数は想像ができん」

「博士、我々が知りたいのは、被害の数ではない。対象法だ」


 ショットタウン軍、軍隊長グラン総帥の声が響いた。ウェイン博士は暗い顔を作る。


「わかっている。そこで、誰よりも早く寄生植物(パラサイトプラント)に注目していた男をショットタウンに呼んだ」

「や~どうもどうも」


 飄々と姿を見せたのは、グレートウォールの研究員、Mr.ギークだ。隊長達の席の傍で立っていた俺は目を丸くする。


「あなたを呼ぶために大量の兵士を護衛させた。街の処理が忙しいこの時期に、だ」

「わかってるさ。損はさせないよ」


 強面の東の長の前で、臆することなくへらへら笑う男。思い出した。この男もまともではない。


「さて、むさい男の集まりだ。前置きは必要ないね。さっさと進めよう。まず、寄生された人間の第一号は街の女の子だ。近くに猿の死体があったらしいが、これはこの猿から寄生されたとみて間違いないね」


 「男の集まり? 失礼しちゃう」と怒っているマッチョナース隊長を無視して、俺は現場を思い出す。


「この猿は何の変哲もない寄生植物(パラサイトプラント)の被害者だが、外傷がなかった。考えるに、猿の寄生種を娘に移植したのだろう。寄生種は中枢神経を支配しているから対象から外せばもとの宿主は死ぬ。そして、この寄生種は数日掛けて人間の身体を支配できるよう自分を進化させた。同じようなことが様々な場所で行われたんだろうね。動き出した死体のデータを見るに、人間の年齢が若いほど寄生させてから支配するまで時間が短いらしい。まぁ、これはどうでもいいんだけどね。街に転がってる寄生動物(パラサイトアニマル)の死体を見てごらん。外傷なく死んでる奴が複数体いるはずだ。何? 全部燃やした? 全く、馬鹿なことをするものだね。死体は情報をたくさん持ってる。常識だろう」

「死体がいつ動き出すかわからなかったからな」

「君は脳なしかい? 動き出したのは全て人間の死体だろう。死んだアニマルが一匹でも動いたかい?」

「ならば、寄生人間(パラサイトヒューマン)に殺された人間までも寄生された理由は?」


 グラン総帥の怒りが伝わり、場の空気が重くなる。


「同種族の生物を殺したパラサイトは寄生種を死体に埋め込めるみたいだね。いや、正確に言うと種を打ち込むというより刺し木に近いかな。理屈はまだわからないが、宿主の身体に適応するよう進化したパラサイト、この場合は人間に寄生できるよう進化しているわけだから、刺し木して操るのはさほど難しくはないのだろう」


 残念だが、ギークは優秀だ。言動はともかく。

 そこで、彼が俺の姿に気づいた。「あれ?」という顔をして、「あっ!」と叫ぶ。


「なんだ、君生きてたの? 風上隊長は死んだって聞いたけれど」


 全員の視線が俺に集まる。軍や街のお偉いさんの視線だ。止めてくれ。こんな重い空気の中で、俺を注目させないでくれ。


「結局、この騒動を治める方法は?」


 グラン総帥が結論を急ぐ。


寄生植物(パラサイトプラント)は別個体が連携をとる傾向がある。今回の襲撃のようにね。つまり、一つの意思に統一されているんだ」

「親玉がいるってことね」

「そうだよMr.レディ。まぁ、私は、親玉ではなく、全ての寄生種を操作する、寄生植物(パラサイトプラント)という一匹の生物そのものだと考えているが。ともかく、今や寄生動物(パラサイトアニマル)だらけの密林では分布からデータを取る意味もない。この騒動が出たはじめに私が割り出した寄生植物(パラサイトプラント)の根元を君たちに贈ろう。おそらく、こいつが本体であり、こいつを叩けばすべての寄生植物(パラサイトプラント)は機能を停止する」


 示された位置は、忘れやしない。俺達グレートウォール5班が目指していた地点だった。


「しかし、君は何故これを我々に? グレートウォールの軍はどうなっている?」

「この地点に兵士をいくら送っても帰って来やしないからね。女王はびびって軍を動かさなくなった。私の計算では、この事態をこれ以上ほっておくと、半年以内に人間は滅びる。仕方ないから、君達に頼むしかなくてね」



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