21.Busy
ブレイドを装着している右腕には、少女の首を切り飛ばした感覚が残っている。皮膚を裂き、筋肉を切り、骨を切断した感触。多くの生物を仕留めてきたが、差異はない。同じだ。違いは、俺の気分から生じている重苦しさ。それだけだ。
「仕方がなかった」
クロード医師が俺の肩を叩く。
「手をこまねけば犠牲者が出る。君はそのことを誰よりもわかっていた」
優しい言葉だ。慰めるための言葉か、ドクターの本心からの言葉か、判断はできない。
ただ、答えはNOだ。俺にそんな考えはなかった。敵が現れた。敵を殺すために身体が動いた。彼女の首をはねた理由は、以上だ。
俺の人間味って奴は、笑える速度で薄くなる。
「待てよ」
パーカーが呟いた。
「寄生されたのはあの子だけか?」
誰もが考えるであろう当然の疑問に、その場の誰も気が付かなかったのは連日の疲労感からか。とにかく、パーカーがその問いを口にした瞬間、場の全員が固まった。数秒後、死体を山積みにしていた安置所の方角から叫び声が上がった。
「最悪だな」
隊長の指示のもと、待機組と安置所に向かうメンバーに分けられ、戦いに向かう。俺は戦闘力を買われて安置所へ向かう隊へ入った。急いで現場に向かうが、隊員30名全員の顔が暗い。理由は、皆が知っているからだ。これから戦う生物は、中身はともかく人間の形をしている。
「しっかりしろ!!」
後方で怒号が響いた。
「恐れるな!! 俺達は植物の化け物と戦うのだ!!」
「嘘だ……嘘だ!! あれは人間だ!!」
ああ、成る程。諍いの原因は、そこか。言い争うのは結構だが、直ぐに現場だ。
安置所は地獄絵図だった。その場にいた兵隊の大多数は火葬の準備のために集められていたため武器を所持しておらず、どこかのおかま隊長のようにほぼ素手で怪物を相手にできるような兵士はその場にいなかった。というよりこの街にはご本人以外には存在しないだろうが、ともかく、植物人間の枝にくし刺しにされた兵士の死体がそこらに転がっていた。
「そんな、トーマス、エディ……」
俺の隣にいた若い女性兵士がショックを受けている。知り合いを見つけのか。気持ちはわかるが、この状況で警戒をせずに突っ立ているのは危険だ。
「寄生された死体がないぞ」
隊の兵士が辺りを見渡す。確かに、その場にいたのは兵士の新しい死体と、寄生されるまでもなくアニマルに殺害された街の住人の死体以外に何もない。
「警戒しつつ、周囲を捜索しろ」
俺達はそれぞれ分かれて辺りを捜索する。
俺が火葬用の大きな組み木を観察していると、先ほどの女性兵士が目についた。彼女は転がっている死体の前で膝をつき、口に手を当てている。
「お知り合いですか」
声をかけたのは、彼女があまりにも気の毒だったからだ。
「……ええ、こっちの世界に来た時、初めて会った二人よ」
俺の立場に置き換えると、しろのような存在か。謂わば、同期とでも言える存在を失ったのか。
彼女は死体の目を閉じた。死体は、二人とも青年のようで、まだ若かった。二人とも、胸に穴が開いている。
「辛いですね」
当然の言葉をかける。
「兵士になった時に覚悟はしていた。していたけれど……」
彼女は俯き、体を震わせる。泣いているのか。
その時、また怒号が聞こえた。それは、俺達に掛けられたようだ。俺が振り向くと、強面の男が立っていた。
「セシリア! 兵士が戦場で泣くとは何事だ!」
「すいません……教官」
このショットタウンはグレートウォールと異なり、兵士の育成所が街の中にあるらしい。見たところ、この二人の関係は先生と生徒か。
「トーマスもエディも勇敢に戦った。誇りで送ってやれ」
彼女の返事を聞く前に、俺は二つの死体……トーマスとエディの指先が動いたことに気が付いた。
「これもかよ……くそ」
「え?」
二つの死体の胸の穴から白い花が咲く。白目を見開き、死体が勢いよく起き上がる。
俺は悲しんでいる女性兵士を蹴っ飛ばす。彼女は教官を巻き込んで10メートル程吹っ飛んだ。ジェットブーツの出力を間違えて強く蹴りすぎた。まぁ、かつての仲間に殺されなかっただけ良しとしてほしい。そもそも、このブーツは癖が強すぎる。アビー先輩のように可憐に扱うにはまだまだ修行が足りない。
起き上がった死体は近くにいた兵士……俺に狙いを定める。身体中から植物の蔓を出して、伸ばしてきた。大して早くもない。俺は刀を抜いて、蔓を切り飛ばす。
「援護する!」
と数人の兵士が駆けつけてきた。皆、刀や銃を構えている。何処の誰かはわからないが、仲間の出現は喜ばしいものだ。
続々と、死体が起き上がってはあちこちで戦闘が始まる。それを合図に、この場にいた兵士を殺したであろう植物人間たちも姿を現し始めた。こいつらは、地面からズルズルと生えてくる。まさに植物だ。
蔓を避けている最中、近くの兵士が叫んだ。
「くそぉ! なんでだよ! 一緒に戦うって誓ったじゃんかぁ」
見ると、軍服をまとった植物人間に対して、兵士が泣きながら銃を向けていた。撃てないのか。
「ちくしょう! ちくしょう!」
「先輩! 目を覚まして!!」
同じような状況が、そこらで生じていた。かつての仲間を傷付けることができないでいる兵士が何人も叫んでいる。
そうか、この兵士達は育成所から共に死地を潜り抜けてきた。まだ、この現実に対応できていないのか。
俺はジェットブーツを慎重に起動し、目の前のトーマスとエディの戦闘から一時離れ、叫びながら銃を向けることしかできない兵士の前にすっ飛んでいった。
蔓が兵士を貫く前に、それをハンドガンで弾き飛ばし、刀で植物人間を切り伏せる。身体は真っ二つ。気分が悪い。腹から臓器を飛び散らせながら、それでもまだ動いている。
「うわああああああああああああ」
後ろで兵士が叫んだ。うるさい。仕方ないだろ。
乱心したか。銃を俺に向けて発砲し始めた。ふざけてやがる。あれだけビビっていて、俺は撃てるのかよ。俺は身体をひねってなんとかそれを避け、ジェットブーツで兵士を蹴っ飛ばし、そのまま、植物人間の首を切断した。
そのまま、トーマスとエディのもとに戻って行って、危機に陥っていた兵士を蔓から救った。と、ほぼ同時に、また別の戦闘で殺されそうになっている兵士を見つけ、急いで駆けつける。
その兵士は、「先輩、先輩」と言いながら刀を振るわせるだけで、目の前の軍服植物人間に襲われそうになっていた。俺はハンドガンで植物人間の頭を撃つ。命中し、頭が破裂する。
「せんぱあああああああい!?」
ショッキングな映像だ。俺だって気分が悪い。だが、そうも言っていられない。今度は、さっき俺が蹴っ飛ばした兵士の周りに一般市民植物人間が近づいている。
このように、俺は戦闘地帯を走り回る羽目になった。切っては走り、撃っては走り、攻撃を避けて、また打つ。これだけ走ったのは、師匠のもとで訓練して以来だ。
「待って!!」
と叫び声が聞こえた。俺はまさか、命を懸けた戦いの中で「待って」を掛けられるとは思っておらず、そのまま気にせず未だ仕留め切れていなかったトーマスとエディに銃口を向けた。
「待ってって、言ってるでしょ!!」
やかましい。見ると、最初に俺が蹴っ飛ばした女性兵士、セシリアが俺を睨んでいる。
「ねぇ、トーマス、エディ。あなた達は大丈夫だよね。あなた達なら正気に戻れる。そうでしょ? だって、私達は……」
ぶつぶつ言いながらふらふらと近づいている。意識ははっきりしているようだから、俺が蹴っ飛ばしたせいというわけでもなさそうだ。武器も持っていない。
俺が構えると、彼女は俺と植物人間の前に躍り出た。慌てて銃口を下げる。
「何して……」
「家族なの!! 私達は、家族なの!!」
どうしろってんだ。
いよいよ、トーマスとエディは彼女の直ぐ傍まで来ていた。
「ねぇ、二人とも、私だよ? わかるでしょ?」
案の定、二人は蔓を伸ばして彼女を殺そうとした。俺は彼女を押して倒し、蔓を素手で受け止めた。目の前で鋭い蔓が俺に迫る。俺は攻撃を避けたり弾いたりするのは得意だが、受け止めるのは苦手なんだ。
「やるやんけ、ガキ」
声が聞こえた。
彼は、スーツ姿に坊主頭。刀を肩に乗せて悠々と歩いてきた。関西弁だ。共通言語に関西弁なんてあるのか?
「日本人やろ? 嬉しいわぁ。こっちじゃ、日本人舐められとるからなぁ。良いとこ見せんとなぁ」
彼はさっと動いた。気が付くと、俺が受け止めていた蔓は切断されていた。
「"やくざ"!! この二人に手を出したら……」
セシリアが倒れながら叫んだ。スーツ姿の男は唾をペッと地面に吐く。
「やかましいわ、ぼけぇ」
植物人間は二体同時に蔓を伸ばし、やくざはそれを刀で受け止めた。刀は……よく見ると木刀だ。なんだこいつは、滅茶苦茶だ。動きにくそうなスーツ姿の段階でおかしいが、武器までふざけている。
「なんや、こんなもんかいな」
「おらぁ!!」と叫んで、男は蔓ごと、トーマスとエディを叩き切った。木刀って切れるのか?
セシリアは、「いやだぁ!」と叫んでいるが、男は全く気にかけず、鼻歌交じりに木刀を振って血を払った。
「あんた、なんだ?」
俺の問いに、男はにかっと笑う。
「本間つよし。ほんまに強いってな」




