20.Aversion
吐き気を催す死の香り。嫌な臭いだ。
猪、猿、熊、そして、人。大量の死体が街の至る所に放置されている。俺達兵士は、その片づけを任されていた。
死体に群がる小さな虫を掃いながら、死体を台車に乗せる。
「うえ、なんだよ、これぇ」
「ぶつくさ言うな。さっさと処理しろ」
「だって、これ、潰れてるじゃないかよ」
文句を言いながら働くだけまだましだ。兵士の中には吐いてばかりの奴や、卒倒する奴もいる。
様々な死体を見た。子供から、大人まで。男も女も。原形を留めている者も、そこらじゅうに飛び散っている者も、黒焦げの者も。会話をしたことのある兵士の亡骸も、街で見かけた気のいいおじさんも。
「葉鳥くん、大丈夫か?」
クロード医師に問い掛けられた。
大丈夫です、と答える。
瓦礫をどかしたその下に、死体があった。潰された部分はせんべいのようにペラペラだ。
「この子は……」
病院で何度か見かけた子だ。
「知り合いかい?」
深くは知りませんが、と前置く。
「病院にこの子の友達が入院していたと思います。前世から一緒だったと、聞きました」
「そうか……その子も残念に思うだろう」
台車まで運ばれ、やや雑に積み上げられる。台車の上には人間も動物も区別なく積まれ、まとめて火葬される。残酷な話だが、死体の数が多すぎて、丁寧に埋葬する時間がない。
「こんな酷い有り様は初めてよ」
マッチョナース隊長が溜息を吐く。彼も戦いのさなかに傷を負ったそうだが、素振りは見せない。
「下手をすれば、人類はショットタウンを失っていた」
「あと街を一つでも失えば、人類の敗北は確定すると言われている」
マッチョナース隊長の直属の部下、パーカーがボアの死体を引きずりながら現れた。
「キメラの誤算は、君の存在だろう。葉鳥くん」
あの日から多くの兵士に賞賛と感謝を貰った。大量の寄生動物を殺し、名の知れたキメラの"バット"を仕留めたからだ。
「あんたのその先読みする力、キメラに通じてよかったわね」
俺は小さく頷き、作業を続ける。死体を探すという、悪趣味な作業に。
あのキメラ、確かに強かった。その速度たるや、ほとんど攻撃が見えなかった。
俺が対処できたのは、俺が共感能力を強く持っていたおかげだ。これはULをもつ生物同士で起こる作用で、極めれば相手の考えていることが読めるのだという。俺はキメラの考えを読めるわけではない(そもそも、キメラにそんな思考があるのかもわからない)が、対峙した相手が次にどんな攻撃をするかは予測できた。
何故、俺がこの力を上手く扱えたのか、それはきっと、しろのおかげだ。俺はこの世界で目覚めてから、言葉を話せないしろとコミュニケーションをとりたいと願い続けた。その願いが、無意識的に俺の共感能力を伸ばしたのだと思う。
ともかく、俺はこの一件で少しばかり有名になった。だが、それを喜ぶような余裕はない。
この街は大損害を受けた。街の人口の二割が死んだと予測されている。
「人食い蝙蝠だ!!」
叫び声が聞こえた。見ると、空から大きな蝙蝠が三体、街に向かって急降下していた。
俺は銃を引き抜いて3発撃つ。全て命中し、蝙蝠は地面に落ちてから、頭を破裂させた。
ショットタウンを守っていた金網は大きく破られ、高台も損傷していた。襲撃から五日経つが、時たまアニマルが街に侵入してきては襲い掛かって来る。今街の外周は兵士しかいないため、侵入者は全て仕留められているが、これでは街の復旧も捗らない。
「マッチョナース隊長……」
「その呼び名やめろっつってんでしょ。なに?」
「キメラは統制されているんですか? こんな、狙ったように街に襲い掛かって来るなんて」
マッチョナース隊長は腰に手をあてて、大きく息を吐く。
「昔から……複数のキメラが、まるで協力し合ってるかのように行動することはよくあったわ。街が滅ぼされたのはその複数のキメラが同時に襲撃した場合と、バーサーカーが単独で滅ぼした、その2パターンだけ。でもね」
マッチョナース隊長はアニマルの死体を指さす。
「今回は、キメラがアニマルを従えていた。これだけの被害が出たのはそのせいよ。そんなこと、今までになかった」
「今まではキメラが襲い掛かってきてもそのキメラを抑えれば何とかなった。キメラの数は限られているし、街には"英雄"がいる。だが、今回は逆にキメラに英雄が抑えられて、その隙に街を襲撃された」
それが有効だと、示してしまった。
「キメラがアニマルを従えたのは、寄生植物の影響かもしれないね」
クロード医師が手に持ったボードをバンバンと叩きながら呟く。
「今回の襲撃で街に侵入したアニマルの100%が寄生植物の花を咲かせている」
「寄生植物を対処しなければ同じことが繰り返される、ということですか」
その時、再び叫び声が聞こえた。
「生存者がいたぞ!」
生存者? 信じられなかった。何故なら、死体処理を始めて5日。最初の二日は息のあった者も僅かにいた。後に全員息を引き取ったがそれはともかく、残り三日間、生きている者は一人も見つかっていない。だからこそ、俺達は延々と死体を積む作業にうんざりしていたのだ。
本当かよ、と思いながら声のあった場所に近寄ると、兵士が子供を抱えていた。子供はぐったりしていて、生きているようには到底見えなかったが息はあるらしい。泥だらけだが髪の毛を編んでいるところを見ると、女の子のようだ。
「ドクター、見てやってくれ」
クロード医師は頷いて、自分の耳を子供の胸に当てた。
「生きている。急いで病院へ!」
周りにいた兵士は大盛り上がりだ。久しぶりに見つけた生存者。奇跡の子だ。口々に「頑張れよ」、とか「生きろよ」と声をかけている。子供を抱えた兵士は病院に走り出した。
だが、俺はどうも、納得がいかなかった。あの状況で、五日も経過してから、あんな子供が、生きている? 確かに奇跡だが、その奇跡に理由はないのか?
「あの子、どういう状態だったんですか」
俺は第一発見者の兵士に尋ねた。
「状態? 猿の死体の下に倒れていたんだ。死体がうまくカモフラージュになっていたんだね。本当に良かったよ」
うんうんと頷いている。猿の死体の下敷き? じゃあ、なんでその猿は死んでいる。
「おい!!」
俺は大きな声で叫んだ。全員の視線が集まる。居心地が悪いったらないが、仕方ない。子供を抱えていた兵士も振り返って俺に注目する。
「なんだよ、急いでるんだ。速くこの子を……」
その時、兵士が抱えている子供がビクッと動いた。
そこからは、俺よりもマッチョナース隊長の方が早かった。俺がジェットブーツを起動する前に走り出し、兵士から子供を叩き落とす。子供は地面に倒れてからも、ビクビクと痙攣している。
「なにすんだキャサリン隊長!」
「よく見なさい!」
子供の痙攣は直ぐに収まった。そして、少女はゆっくりと立ち上がり、目を開く。眼球がない。その代わり、眼窩の奥から白い花が咲いた。
「ああああああああああああああああああああ」
少女は声を上げながら、口から植物の根を出す。先が鋭い。それを鞭のようにしならせ、兵士に向かって高速で伸ばしてきた。俺が撃ち落とそうとする前に、パーカーが散弾銃でそれを撃ち抜いていた。
少女は、ずっと意味のない言葉を発し続けている。そして、腕や脚までもが植物の蔓のように変異していき、四方八方に伸ばし始めた。
皆、困惑していた。当然のことだ。自分達の努力が実を結び、生存者を見つけたと思ったら、その生存者が植物の化け物に変化したのだ。
俺は、その形状に見覚えがあったから、直ぐに動けた。今度こそジェットブーツを起動し、出力20%、アビー先輩のようには使いこなせないが、まっすぐに走り、少女の、植物の首をリストブレイドで切り落とした。植物人間はその場に倒れて動かなくなった。
その場にいたどれだけの人間が現状を理解できただろうか。
少なくとも、俺は認識できた。
寄生植物が人間に寄生した。いつかどこかのおかしな博士が言っていたことが現実となった。
俺は、罪のない少女の首を切り落とした。
気分の悪い話さ。




