19.BaD3
おかまの動きは素早く、その拳の威力は大砲に匹敵する。
ところが、私の売りもまた速度。銃弾すら見切り、避ける。
私とおかまは接近して攻撃を撃ちあう。私の爪と尾の攻撃を、彼は避け、拳で払いのける。
『流石にやるじゃない』
何かを呟く。おかまにはまだ余裕がありそうだ。大したオスだ。いや、メスか。
だが、私の狙いは君を留めておくこと。私達の勝利はそれだけで達成される。君が私と戦えば戦うほど、被害は大きくなる。
『隊長! このままでは、街が』
おかまの周りで銃弾をばらまいている兵士が何事か言った。口調から焦りがうかがえる。しかし、戦い方がなっていない。寄生動物に向けてただ銃口を向けて弾を放つだけ。名の知れない兵士のレベルは所詮こんなものか。
寄生動物は寄生種を破壊するか、身体が五割以上損傷しなければ死なない。痛覚もなく恐れもない。故に、少しずつ兵士が押され始めている。
『まず、目の前の危機を乗り切ることを考えなさい』
流石におかまは冷静だ。だが、それもどこまでもつか。
兵士の一人が叫び声を上げた。パラサイト・メタルグリズリーに腕を吹き飛ばされたのだ。おかまは瞬間、その方向を確認する。
残念だ。戦闘中に気をとられるとは。
私は尾を振りおかまの隙を狙う。彼は急いで避けるが体感のバランスが僅かに乱れる。続けざま、爪で連撃を加える。彼のメリケンサックとの間に火花が散る。
爪がおかまの脇腹を掠める。部下の銃弾が飛んできたので、私は攻撃を止め、飛んでそれを回避する。
『くっ、パーカー、助かったわ』
『いいえ、しかし、これは、まずい』
おかまに噂程のきれがない。おそらく、街のことを気にしているのだろう。このまま戦い続ければ、おかまの命を獲れる。そう確信した私は、速度を最大にまで引き上げた。
『来るわ! 全員、警戒しなさい!』
私の最大速度に反応できた兵士は、かつてのガンマンぐらいのものだ。
私はおかまは狙わず、周囲に散在している彼の部下を狙った。リズ様のようにわざわざ時間をかけて甚振ったりはしない。スマートに首を切り裂く。数秒で10人仕留めた。彼等は自分が死んだことに気付けただろうか。
『くっ、兵士たちが……』
『アニマルが迫って来る!!』
死んだ仲間の名前や、絶望の叫びを上げる兵士達。後は寄生動物に任せれば、残った彼等も直ぐにただの肉塊に代わる。
『諦めんじゃないの!! 根性見せなさい!!』
メタルグリズリーの顔面を拳一発で粉々にしたおかまが叫ぶ。頭に埋め込まれた寄生種ごと破壊したのだ。グリズリーは一撃で大人しくなった。前言撤回。奴だけは私が仕留めなければならない。
余裕のできた私は共通言語を飛ばした。
「パラサイト、街の様子は?」
反応がない。言葉を飛ばし損ねたか? もしくは、初めて経験する殺しの愉悦に、反応する手間すら惜しんでいるか。
「パラサイト、どうした。どこにいる」
反応がない。この感覚は、過去に経験があった。
対象が死んだ時だ。
あり得ない。パラサイトはアニマル軍の中心にいたし、そもそも、彼を仕留める可能性を持つ豪傑は、私達3人が全員抑えている。
私は予定を変更し、飛び立った。おかまやその仲間に今、それほどの脅威はない。アニマルの相手で手一杯だ。私がすべきことは新しい仲間の安否を確認すること。
パラサイトの寄生支配は続いているのだから、心配しすぎか? しかし、嫌な予感がする。
「キング、リズ様、現状は?」
共通言語を飛ばすと、直ぐに反応が返って来る。
「派手髪とその仲間と応戦中だ」
「わたしも。やくざと戦闘中。やるわね、こいつ」
計画通りか。ならば、
「パラサイトとの会話ができない。心当たりは?」
「なんだと?」
「しらないわ。でも、寄生動物は予定通り人を襲ってるわよ」
確か、彼は病院にこれから向かうと言っていた。
「私はパラサイトを探す。おかまは暫くは動けない筈。後は作戦通りに」
了解という返答が私の心に届く。やはり、私の共通言語がおかしいわけではない。異常があるのはパラサイトの方だ。
病院に近付く。上空からその様子を観察していて、その光景が異常であることに気付く。
病院の門から外側はあちこちに火の手が上がっているのに、内側は何の変哲もない。その奥の、街の中心も同じだ。
そして、病院の門際には、せき止められたように大量のアニマルの死体が転がっている。
なんだこれは。何が起きた。
病院の門側から一斉射撃でも行われたかのような有り様。病院に軍事境界線でも引かれていたのか。
私は地に降り立ち、見渡す限りの寄生動物の死骸を眺める。切られたり、突かれたり、射殺されたり、どれも正確に種が破壊されている。その中に、異物を見つけた。
「馬鹿な。パラサイト……」
共通言語を送るが反応はない。
蔓の塊がずたずたに切り裂かれていた。パラサイトの亡骸だ。
誰がやった? 初陣とはいえ、雑魚兵士にやられるとは考えにくい。
そこで、靴の音が聞こえた。私は警戒しながら音の方向に視線を向ける。
死体の群れから人間が姿を見せた。
まだ若い兵士だ。腰に剣一振りと、銃一丁をホルスターにさげ、背中には黄金の槍を屈げた、オス。そいつの瞳は私の出現に驚いた様子もなく、ただ冷たかった。
一人でやったのか? この、虐殺を。
その姿も、装備も、私達キメラの間で話題になったことすらない。そんな兵士が、病院から奥に一匹のアニマルも通さず、キメラを殺したのか?
事実はなんであれ、この兵士はここで殺さなければならない。危険だ。
私は高速で動き、爪で兵士の首を切り裂こうと腕を振った。手ごたえがない。避けられた。それから続いて、尾を振り、爪を振る。しかし、奴はそれをスルスルと避ける。最小限の動きで、当然のように。
僅かな攻防で理解した。やはりこいつだ。この名もない兵士が、この虐殺の当事者だ。
敵は剣を抜き、私に斬りかかる。速い、が、避けられないほどではない。攻撃の腕はさほど高くないと見た。ところが、防御に関しては超一流で、私の高速の一撃がまるで当たらない。まるで事前に打ち合わせたように、私の攻撃がどこを通るのか知っているように、簡単に避ける。
私は一歩下がり、覚悟を決める。本気で殺しにかかる必要がある。
狙うは、奴の右手だ。剣を弾き、できた隙を狙い、奴が新たな武器……銃か槍を取り出す前に首を狩る。
最大速度で動き、腕を振る。奴は剣で私の爪を受け止める。やはり、防御力は高い。しかし、見えない角度からの、私の尾の攻撃には反応できなかったようだ。私の尾は奴の剣を弾き、剣が空中に吹き飛ぶ。
この隙だ。
私は首を狩ろうと腕を伸ばした。奴の手には武器がない。殺った。そう思った。
ところが、私の身体が、何故か、腹から両断された。
胴体と離れる私の上半身。
崩れ落ちるその刹那、私は見た。奴の右手首にはブレイドが仕込まれていた。あれで、切られたのだ。武器の起動から切り裂かれるまで、まるで気付けなかった。それほど素早かった。
そこで気付いた。奴の本命の武器は、あのブレイドだ。剣は、にわか仕込みだったのだ。
倒れた私は、動けない。私の再生能力は高くない。
敵は銃を引き抜き、私の頭に向ける。
こんなところで、私の百十年の日々が終わるとは。
「キング……リズ様」
弱った私の共通言語が届くかどうかはわからない。しかし、共に幾つもの戦いをこなしてきた仲間だ。きっと気付いてくれるだろう。
「作戦は失敗です。逃げてください」
ああ、私は終わる。心に残るのは、やはり神のことだ。
敵が何かを呟いた。意味は分からないが。
『悪いな。助けてやれない』
もはや、興味はない。
神、あなたとこれ以上歩めないことが残念です。
せめて、あなたの崇高な目的が果たされることを、祈りま




