18.BaD2
私の外見は蝙蝠が多くを占めている。蝙蝠にヒト型の身体、更に猫の瞳に爬虫類の細くて鋭い尾を持つ。つまり、夜に行動すると非常に有利だ。現に、私に殺されてきた人間の大半は、闇の中で状況を把握することもなく死んでいった。
密林の中でパラサイトの到着を待つ。彼はその支配下に置いた生物の一群を引き連れてくるために、私やリズ様、キングと離れて行動している。
「作戦は覚えているな?」
キングが尋ねた。私は頷くが、リズ様は反応を見せない。
「リズ様、作戦は……」
「わかってるわよ。うっさいわね」
くちゃくちゃと何をしているのかと思いきや、リズは人間の腕を頬張っていた。
「どこからとって来たんですか」
「さっき警備していた奴を殺してきたの。大丈夫よ、喉を潰してから殺したから。誰にも気付かれてない」
幼い人間の娘と、鳥類の合成、更に鋭い爪を両手両足に持つ神の妹は、美味しそうに人間を食っている。キメラの中でも人間を食らう者は少ないが、リズ様はその少数派だ。ちなみに私は食わない。殺すことそれ自体の快楽で十分だ。
「何、その目? バッドは食べないでしょ? キングは? 欲しいの?」
仕方ないなぁという雰囲気を醸し出し、リズ様は兵士の右足を切断してキングに渡した。
キングは溜め息をついてから首を振る。獅子の鬣が揺れている。
「リズ様、作戦を」
「分かってるって。私とバッドが狙撃手を殺して、キングが金網を破って、寄生されたアニマルたちを侵入させる」
「その通りです。しかし、それだけでは内部にいる英雄達に寄生動物を殲滅される」
「だ・か・ら・バッド」
リズ様は爪を兵士の腹に突き立てる。臓器と血がデロデロと飛び出てきた。
「分かってるって。キングが"派手髪"、バッドが"おかま"、私が"やくざ"の相手をするんでしょ」
「そうです。どれも強敵。その間にアニマルが市民を虐殺します」
地面から植物の蔓が湧き出て、パラサイトの形を作る。
「準備できました」
後からぞろぞろと、ボア・グリズリー・モンキーなど、密林を代表するアニマルたちが現れた。皆、身体の何れかに植物の花が生えている。
「なんという大群」
キングが思わず声を出す。
「これなら、行けますね」
私は身震いをした。この軍勢が人間を食い荒らす。なんという光景か。
「じゃあさ」
リズ様は兵士の上腕骨を放り捨て、立ち上がった。
「作戦を始めましょうか」
私は蝙蝠の羽を背中から飛び出させ、飛んだ。リズ様も同じく、鷹の羽で空を舞う。
上空を舞えば街の様子がよくわかる。密林に囲まれた大きな町。東西南北の高台から狙撃手と観測者が配置され、街を見守っている。だが、街を見守っているということは、上空からの奇襲には弱い。人間とは愚かなものだ。高台を越えて飛ぶことのできるアニマルがいると、認識はしている筈なのに対策はしていない。
容易だった。私は超音波と夜行性の目で全てが見える。ひっそりと高台に降り立ち、気付きもしない人間二人の首をはねる。それを二回繰り返せば、残り二つはリズ様がやってくれる。
ノルマをクリアし、リズ様の待つ西の高台に向かう。高台には死体が二つある筈だが、ぐちゃぐちゃで原形をとどめていなかった為、一つの肉の塊にしか見えなかった。
「リズ様、やりすぎです」
「いいのよ。ただ首をはねるだけなんて、つまらないもの」
哀れな人間達だ。せめて私の手にかかっていれば、どの部分が誰のものなのか、判別ぐらいはついただろう。
私が響かせた共通言語を合図にキングが電気柵を破る。柵に流れる電流はただのアニマルならば即死する威力だが、キメラには、特にキングには問題にならない。
柵が破られたことに警備兵は気付いたが、気付いた瞬間グリズリーに身体を三分割されていた。そこから警報が鳴り響くまで時間がかかり、その間に街のあちこちで火の手が上がる。
「あ~ああああ、ぞくぞくするぅ。人間達、死んでいくのね。こうして街は滅んでいくのね」
「リズ様、街の陥落を経験するのは初めてでしたか?」
私達は高台から混乱が広がっていく様子を眺めていた。
「うん。兄様が中々許してくれなくて。私だって英雄を仕留めてるのに」
「神には深い考えがあるのでしょう」
短く「うん」という彼女を横目に、私は滅んでいく街に目を向ける。
悲鳴が聞こえる。生を渇望する声だ。人間達は身体を引き裂かれ、砕かれ、殺戮生物と化した寄生動物に命を消される。年齢も、性別も関係ない。みな、平等だ。
「あ、見てよバッド。小さな男の子が、ボアの牙に突き刺さったまま泣きわめいてるわ」
「本当ですね。ボアは気にもかけていない。おや、段々と元気がなくなってきましたね」
「あ~あ、死んじゃった」
「素晴らしい死に方だ」
私達は笑った。
何故だろう。人間の死が、私達の幸福に繋がるのは。
過去の、私達のもととなった生物の記憶が、それを呼び起こさせるのか。
それとも、そうなるように操作されているのか。
しかし、その操作もまた、人間の手によって作られたもの。
不思議だ。人間は。
「見て見て、バッド。今度はカップルかな? グリズリーから逃げてる」
「おや? メスの方は胸から上しかありませんね? オスに引きずられていますが」
「食べられちゃったみたい。すごいよ。あの彼氏、食べられてる彼女を助けに来たの」
「美しい愛だ」
その彼も、屋根から降って来たモンキーに引きちぎられてばらばらになった。
隣ではしゃぐリズ様は楽しそうだ。私も楽しんでいる。
その時、キングから共通言語が聞こえてきた。共通言語は通じる距離が生物ごとに異なる。私はキメラの中でも広範囲で、神に次ぐ受信と送信ができた。
「"派手髪"に遭遇。これより戦闘を開始する」
「了解、ちなみにキング。奴の髪形は?」
「噂通りの滑稽な姿だ」
私は目を凝らし、私の標的を探す。
「リズ様、私の標的を見つけました。軍の練習場の近くです」
「えー私のは? やくざ、全然見当たらないんだけど」
「これだけの事態ですから、そのうち出てくるでしょう。では」
飛び立とうとする私を、リズ様が一瞬引き留める。
「気を付けて」
「勿論です」
私は飛びながら、パラサイトに呼びかけた。
「今どこにいる?」
「少しずつ街の中心に、病院に近付いています。アニマルを引き連れて」
「よし、キングと私は英雄を引き留める。存分に暴れろ」
「了解です。ははっ」
「どうした?」
突然の笑い声に、私は呼びかける。
「バッドさん、人間狩り、楽しいです」
私も思わず笑った。
「存分に楽しめ」
"おかま"は複数の兵士と共に寄生動物と戦闘を行っていた。動きにくそうな看護服を着ている。おかしな姿のわりに流石に英雄、優秀だ。既にいくつものアニマルの死骸があった。
私は上空から襲撃する。鋭い爪で体を狙う。おかまは素早く気づき、超反応でよける。
『まずいわね……キメラまで……しかも、こいつは』
何かを喋っているが意味は分からない。いつものことだ。我々に人の言葉は通じない。
『キャサリン隊長! こいつ』
『わかってるわ。キメラ"バッド"ね。あんた達は周りのアニマルを削りなさい! あたしがこいつと戦うわ』
メリケンサックを装備するおかま。他に武器はない。このおかまは、メリケンサック一丁で多くの戦闘をこなしてきた。キメラ側にも知れ渡った豪傑だ。
「バッド、やくざを見つけた。戦闘に入るわ」
「了解。お気をつけて」
共通言語を響かせる。
さて、久方ぶりに骨のある敵と戦える。勝つのは当然、私だが。
私は空中に僅かに浮遊したまま、爪と尾を振りかぶる。おかまもまた、ファインティングポーズをとって、地面を蹴った。




