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17.BaD1

 我々は生まれた時より不自由だった。

 数多の生物を織り交ぜられて作られた我々には、その生き物たちの記憶が断片的に残っている。自然の驚異、弱肉強食の世界、とりわけ、人間という生き物に支配された記憶は長い。

 そして、この世界に降り立った我々は、虐げられた記憶と虐げてきた記憶に(さいな)まれ、正気を保つことも難しかった。ただ、頭には誰の声でもなく深く刻まれた言葉があった。


『人間を殺せ』


 言葉に従い人間を殺すと、強い幸福感を味わえる。

 しかし、人間もまた、我々を殺す術を身に着けている。

 殺し殺されの時代を繰り返し、ある時、我々の本能がある一つの生物に従うよう告げた。

 それは、神。我々の、神。

 神は我々に共通言語を作り、与えた。

 それを理解できた数少ない同胞を集め、作戦を立て、人間の集落を一つ、また一つと落とした。

 今や、この島のほとんどは我々が管理するまでとなった。


 私は高い崖の上にある洞窟に降り立った。しばらく歩くと、岩で作られた長机と椅子を見つけた。同志達のほとんどは着席し、上座には我らが神が座っている。


「来たか、バッド」


 共通言語は音もなく我々の心に届く。中でも、神の「声」は、心地よく響いた。


「遅れて申し訳ありません。私が最後でしたか」


 私の言葉は否定された。


「マンティスとクロコダイルがまだだ」


 声の主は"ホワイトフット"だ。見かけは頑強な白い猿だが、ずば抜けた知識と頭脳を持つ。北の山に普段は潜んでいるが、会議には降りてくる。


「かはは、山から来たお前が一番乗りってのも、おかしな話だな」


 笑い声の主は"ブラック"と呼ばれるキメラ。カラスの身体にトンボの複眼を持つ。キメラの中では最も小柄で、机の上に立っている。


「まだ最強の戦士も来ていない」


 神の側近"キング"が告げる。百獣の王の頭に、グリズリーの身体。恐竜の物と思われるのような巨大な羽を持つキメラ。


「バーサーカーは来ないでしょ。そもそも、あいつに共通言語が通じてるのかもよくわからないし、普段、領域(テリトリー)を無視して歩き回ってるし」


 神の妹と言われているキメラ"リズ"。


「……小娘、人間の姿を止めろ」


 キメラのほとんどは人間の姿に身体を似せることができる。その事実が何を意味するのかは理解している。しかし、キメラは人間を嫌っているので、会議中にその姿を現すのは反感を買って当然だ。リズを注意したのは"マリオネット"。爬虫類の身体に長い尾、鷲の顔をもつ。


「勝手でしょ」

「……不愉快だ。神……」


 神は落ち着いた声で注意する。


「リズ、マリオネットは遠い孤島から来ている。彼にいらないストレスは与えないようにね」

「え~、兄様まで。わかったわよ、はぁい」


 彼女は途端に羽毛に覆われる。


「マリオネットォ、俺の姿は許してくれるかな?」


 そのまま人間の姿の彼は、繋がれたマスクの奥から機械によって作られた共通言語を話した。"マダー"。彼は機械だ。キメラですらない特異な存在。人間の肉を模した袋を被っている。


「……わかっている。混ぜっ返すな」


 間が置かれ、神が切り出す。


「バーサーカーは来ないだろうから、始めよう。残念なお知らせだ」


 神の顔は浮かない。全員の心に、神の悲しみが伝わる。


「マンティスとクロコダイルが死んだ」

「馬鹿な!」


 サソリ・ムカデ・蛇のキメラ、南の砂漠を住処とする"リテル"が声を出す。神は首を振る。


「本当だ。私の呼びかけが届かなかった。二人とも、東の密林で殺された。マンティスの記憶は、残念ながら読み取れなかった。即座に殺されたのだろう。クロコダイルを殺したのは、例の"二刀流"だ」


 神は大陸全土に声を届かせることができ、その反応の有無を知れる。また、死んだ同士の記憶を見ることができる。


「二刀流か。マリオネット、あの時、てめぇが殺しておけば……」

「……奴の仲間が邪魔だった。それに、当時の奴は殺すに値しない雑魚だった」


 怒るブラックと、興味のなさそうなマリオネット。私は続きが気になり、尋ねる。


「それで、二刀流はどこへ?」


 神は微笑んだ。


「偶然、バーサーカーが近くにいた。敵は討ってくれたよ」

「二刀流が死んだのか!」


 歓喜の声が上がる。


「ああ、間違いない」

「ついてないわねー。英雄様も」


 おかしそうにリズが笑う。


「神、これでグレートウォールの戦力は激減したのでは? 東の共通言語の呼びかけに答えられるアニマルを集めて、攻め込むべきでは?」


 ホワイトフッドの進言にブラックが同意する。「やっちまおうぜ!」と。ところが、神は首を横に振る。


「駄目だ。グレートウォールは容易に攻め込めない。あの壁は強固だ。それに、何よりも、(イースト)周辺には、"ガンマン"が潜んでいる」


 人間側の伝説、ガンマン。20年程前、(イースト)周辺のキメラを壊滅に追いやった最強の兵士。未だ、あの地方が脆弱を極めているのはその影響だ。


「つっても、あの西部劇野郎も、もうじいさんだろ。俺達キメラと違って人間は老いる」

「それに、あのチームはバーサーカーに出くわしてほとんど死んでる」

「ガンマンの姿ももう何十年も噂になっていない」


 攻め込むべきだと声を出すが、神は首を縦にはふらない。


「彼は生きている。場所は分からないが、もし彼がグレートウォール内にいれば、仮にグレートウォールを陥落させても我々は相当な被害を受けるだろう。私は、君達の一人も失いたくはない」


 神の言葉は本心だ。誰も逆らえない。「しかし」と神は続ける。


「攻め込むべき場所はある。(イースト)ではなく、西(ウェスト)だ。ショットタウンを陥落させよう」


 今度はキングが「しかし」と叫ぶ。


「あの街は東西南北の鉄塔から常に兵士が狙撃の準備をしています。街の外壁には、街内部の電力施設から得た電気柵が張り巡らされている。内部の兵士も、東よりも遥かに優秀だ。名の通る兵士も何人かいます」


 神はにやりと笑う。


「その通り。けれども、みんな。私は遂に寄生植物(パラサイトプラント)を発展させることに成功した。多くのアニマルと捉えた人間を犠牲に、新たなキメラを作り出した」


 新たなキメラ。その言葉には誰もが驚いた。キメラは未来人が施設で作り出し、この大陸に運ばれてくる。キメラを作り出すなど初めての試みだ。


「紹介しよう。"パラサイト"だ」


 空白の席に、本来はクロコダイルの席だったのだが、ともかく、その席に、地面から生えてきた蔓の塊が着いた。


「初めまして、皆さん」


 丁寧な口調だ。身体の輪郭も定かでないそれは、共通言語で語り掛けてくる。


「私の寄生体は、共通言語の通じない知能の低いアニマルにも意思を伝えることができます」


 それはつまり、凄まじい軍勢を手中に収めたということだ。


「クロコダイルは、その実験の途中に西の"オカマ"に追い立てられ、二刀流に殺された。しかし、彼の犠牲は無駄にはしない」


 神の強い決意が心に届く。


「バッド、リズ、そしてキング。君達が西の街に攻め入り、名だたる兵士の足を止めるんだ。その隙に、パラサイトは大量の寄生動物(パラサイトアニマル)を引き連れて街を襲う」


 ご氏名を頂いた。それも、リズにキングという、相手が気の毒になる布陣でだ。勿論、容赦はしない。私も当然、血に飢えているし、何よりも同志の弔いを兼ねているのだ。



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