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16.Promise

 大声を上げて飛び起きた。

 白い清潔なベッドの上で大汗をかきながら辺りを見渡した。空色のカーテンで四方を囲まれている。点滴が左腕に繋がっている。

 どこからが夢で、どこからが現実だ?

 あの戦争は夢か? 戦いは現実か? 死んでいった仲間達は……

 ベッドから抜け出そうと足を床に着けた瞬間、カーテンが開かれた。なんということだ。目の前には、凄まじい筋肉の金髪白人男性が、ピチピチのナース服を身に着けて立っていた。


「あら、目が覚めたの? よかったじゃない」


 耳に響く低い声。

 俺は二回目の叫び声を上げた。

 間違いない。俺はまだ、いかれた世界にいる。


「なによ。命の恩人に対してその反応は」


 目を細めて怒られるが、俺には身に覚えがない。どころか、状況も分からない。


「落ち着きなよ、キャサリン」


 マッチョナースの背後から声が聞こえた。


「病み上がりに君の姿は刺激が強すぎる」


 黒人の白衣を着た男性、おそらく医師、が顔を出した。落ち着く声だ。眼鏡の奥の瞳も優しい。


「調子はどうだい? 顔色はよくないな」

「私の刺激にやられたのかしら」


 ウインクするマッチョナース。胃が荒れそうだ。


「キャサリン、少し離れて」


 医師は俺の胸に聴診器を当てる。


「ふむ、驚異的な回復力だな。見てごらん、腹の傷はもう回復している」


 包帯がほどかれると、傷一つない腹が現れる。師匠の下で鍛えられてからバッキバッキに割れた。ちょっとした自慢だ。それはともかく、確かに傷はない。撃たれたことすら忘れていた。


「何があったのか覚えているかい?」

「森の泉で倒れていたのよ」


 マッチョナースが話す。


「大量の死体と一緒にね。思い出した?」

「キャサリン!」


 医師が声を上げたが、彼(彼女)は止まらなかった。


「先生、絶望は最初に与えておくべきよ。希望を抱いてから堕ちる方が苦しいわ。戦士の経験則」


 真面目な顔で話をされても情報が頭に入ってこない。その格好のせいだ。何を話されても「ふざけているのか」と指摘したくなる。

 俺が、ようやく絞り出せた疑問


「生き残ったのは俺だけですか?」


 という言葉には、医師が暗い顔で答える。


「一人だけ、命が残っていた者はいた」


 妙な言い方だ。喜んでいいのか悪いのか判断できない。

 それが、実際は的を得た言い方だと理解できたのは、その一人が寝ている病室に連れていかれてからだ。


「しろ」


 大量の管に繋がれて、何やら難しそうな機械に囲まれて、彼女は眠っていた。


「彼女はULがとても少ないね。戦士をしているなんて、余程の事情があったのかい?」


 余程の事情……事は簡単だ。だが、それもどうでもいい。

 生きていてくれた。嬉しいよ。

 しろを診ていた医師が俺に近付く。俺は軽く頭を下げた。


「お知り合いの方ですか?」

「一緒に運び込まれた少年だよ」

「なんと、もう歩けるとは。ULの恩恵を受けていますな」


 彼女とは違って、と言いたそうだった。


「先生、しろは、彼女は……」


 俺は、なんと続ければ適切な質問になるのか困り、言い淀んだ。黒人医師は多くを語るまでもなく、しっかりと答えをくれた。


「頭を強く打ち付けている。その上、ULの量も少ない……はっきり言うよ。彼女が目覚める保証はない。生涯、このままでいる可能性の方が高い」


 意識は永遠に戻らない。それは、生きていると言えるのか?


「生命維持装置を外すのも、一つの考え方だ」


 後ろから来た長髪の年寄り医師が発言する。


「Dr.アラン。それは早計では?」

「Dr.クロード。この世界に、植物状態の人間を置いておく余裕があるとお思いか?」


 しろの心電図の音が、一定のペースを保って鳴っている。


「彼女の為でもある。このまま、ただ呼吸をするだけの人生を送らせるつもりかね」

「決めるのはあなたじゃない」

「そうとも。世間が決めることだ」


 医師達の話を、俺は黙って聞いていた。

 しろのベッドの隣に椅子を持ってきて座り、眠る彼女の様子を茫然と眺めた。機械が動く度に彼女の胸が膨らみ、また萎む。呼吸すら、装置に頼っている。


「私の部隊が彼女を発見したときは、まだ僅かに意識があったわ」


 いつの間にか、マッチョナースが俺の隣に立っていた。


「彼女、止めろって言うのに地面に文字を書いて、必死に何かを伝えようとしていた。部隊に一人だけ読めた子がいるんだけど、なんて書いてあったと思う?」


 想像はつく。


「あんたのことよ。あんたを助けてって。何度もね」


 そうだろう。しろはそういう子だ。


「このままじゃ、約束、果たせないもんな、しろ」


 君だけは守る。そんな、お決まりの台詞を吐いておいて、生き残ったのは俺だけ。守るどころか、守られた。しろが戻って来なければ、俺は確実に死んでいた。


「彼女を守る方法、一つだけあるけど、聞く?」

「方法?」

「あんたが、この街の英雄になるの。西の街、ショットタウンのね。そうすれば、街の英雄のお姫様を、誰も殺そうとしないわ」


 英雄? 俺が? 向いてない。全く、笑い話だ。俺は本当の英雄を目の前で失ったんだぞ。

 隊長、悔しかったろう。アビー先輩も、威先輩も。俺達は任務すら果たせず、横からやって来た狂った化け物に、命も、夢も、希望すら、奪われた。


「俺は四人分、強くならなくちゃいけない」


 マッチョナースの目を見る。


「英雄にぐらい、簡単になって見せますよ。マッチョナース隊長」


 即座に、「馬鹿にしてんの?」と殴られた。

 聞き流していたが、今日交わした会話で、いくつかの情報が集まった。

 まず、この都市は西の街ショットタウンで、東の街グレイトウォールではないということ。

 たまたま遠征に来ていたナース兼戦士長のマッチョナースことキャサリンが、俺達の戦場後に駆け付けて、生きている二人を回収、残りの亡骸は泉の近くに埋葬したことを聞いた。


「あの遺体の中に"二刀流"の風上がいたのを見つけた時は驚いたわ。彼は若いのに、功績を多く残して

いた。現に、あなた達はキメラを一体仕留めていたものね。そいつを私達は追っていたのよ」


 あの鰐の仮面のキメラか。

 俺が、俺達が全滅した原因のキメラの話をすると、マッチョナースは驚き、俺を診察していたクロード医師は目を丸くした。


「成る程、納得いったわ」


 マッチョナースには心当たりがあるらしい。


「そいつはね、現存するキメラの中で最強と呼ばれる化け物よ。この30年、名だたる英雄が奴に殺されている」

「現場に出ていない私にもその名は伝わっている。そのキメラは、単独で都市を3つ滅ぼし、生息域は不明。東西南北どこにでも現れる」


 ヒトは恐れを為し、狂戦士(バーサーカー)と呼んでいる。

 そいつが、俺の最大の敵だ。



 マッチョナースの部隊は風上隊長達の装備を回収していた。残った片方の隊長の剣、アビーのジェットブーツ、威の黄金の槍だ。


「本当にそれを使うの? もっと自分に合った武器を選ぶべきじゃない?」


 マッチョナースの言葉に俺は首を振る。


「俺は彼らの分も強くなる。その為には、彼らの意志も、武器も受け継ぎたい」


 ジェットブーツは俺の足には小さすぎるから、ショットタウンの科学者たちに改良を加えて貰い、俺専用のサイズに調整した。ジェットブーツを受け取った後、科学者に何故かお礼を言われながら新しい武器を渡された。


「礼を言うのは俺の方でしょ? それに、なんですか、これは?」


 科学者は満面の笑みで答える。


「君、バーサーカーの腕を切断したでしょ。その腕についていた装具。チューブガン+リストブレイドだ。これを解析したところ、新しい技術を見つけてね。お礼を言わずにはいられなかったんだよ。これは君の腕のサイズに調整しておいた。是非使ってくれ」


 師匠から貰ったリストブレイドに、宿敵の武器。腰の剣・背中の槍・脚の装具に仲間の意志を背負う。

 しろには、新たな誓いを一つ立てた。


「次に君が目覚めるまでに、この世界を変えてみせるよ」


 失ってばかりで嫌になるこの世界を。



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