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15.Nostalgic

 意識がはっきりしない。どこからが夢で、どこからが現実なんだ。

 時間の経過もわからない。俺が飛ばされてからどのぐらい時間が経ったのか。右腕と、右脇腹にはおびただしい血液が付着している。ところが、傷はない。痛みもない。治ったのか。それほど長い間気を失っていたのか。


「アダムさん……アダム!! 聞こえるか!!」


 イヤホンから返事の代わりにノイズが聞こえる。俺はイヤホンを放り投げ、木に体重をかけて立ち上がる。ふらつくが、歩ける。

 日は落ちていない。まだ、間に合う。自分に言い聞かせる。

 俺は歩き始めた。元の湖に向かう。方向は勘で選ぶ。一方向に吹っ飛ばされたのだから、戻ることは難しくない筈だ。俺が戻ったところで何ができるわけでもない。そんなことは理解している。あれは、あの武装したキメラは、本当の化け物だ。実力差がありすぎて俺では勝負にならない。

 だが、隊長なら、二刀流の風上なら、勝てる。その筈だ。

 その僅かな手助けになるのならば、俺は自分の命を削ってでも戦いに加わるべきだ。5班に入ってまだ日は浅いが、隊長の強さは十分にわかった。彼はこの世界を変える。戦争を勝利に導く。


「シューヤ、一緒に世界を変えましょう」


 不意に、初めてアビー先輩と出会った日を思い出した。


「大丈夫、隊長のサポートさえすれば、すべてうまくいっちゃうから」


 ああ……

 油断すると、思い出してしまう。気を逸らすんだ。今は、先輩のことを思い出すな。

 隊長、威先輩、しろ。これ以上、失ってたまるか。


 走れない。歩く速度も遅い。それでも、俺は進んだ。この時、他のアニマルに襲われなかったのは幸運だった。

 さほど歩かずとも、湖が見えてきた。銃を手に持つ。

 密林を抜け、開けた光景を目にする。

 俺は目を大きく開けた。全身に寒気が走る。


「嘘だ」


 2班は全滅。大量の身体のパーツが散乱している。

 血だまりの中に、風上隊長の身体。刀の内一本は砕かれ、頭が……身体を離れ、湖に浮いていた。

 例のキメラは俺に背を向けて立っていた。その前には、威先輩が一人で立っている。先輩は黄金の槍を片手に息を乱している。戻って来た俺に気が付いたらしく目が合った。彼はふっと笑い、声を出さずに、口元が動く。


「逃げろ」


 キメラの腕がふっと動いた。先輩は肩から腹まで切り裂かれた。

 俺は叫びながら飛んだ。壊れて刃が飛び出したままのリストブレイドを振りかぶり、銃のトリガーを目いっぱい絞る。

 武装キメラは振り返ると同時に右腕を動かす。手には電気の走る鞭を持っている。あれだ。あれで俺は吹っ飛ばされたんだ。

 弾を撃って鞭を弾くと、懐に入ってリストブレイドを振るう。ブレイドはキメラの鎧を引っかけるが、薄い傷跡が出来ただけで効果はない。硬い。鎧の上からでは攻撃が効かない。

 ならば、狙うは鎧の隙間。関節部分。

 二撃目の鞭、俺はハンドガンを盾に使う。しかし、ハンドガンは瞬時に二つに割れた。メタルグリズリーの一撃も防げたハンドガンが盾にもならない。結局、俺は体勢を崩してそれを避けた。

 態勢を崩したのが功を奏した。誰の物かはわからないが、地に落ちているショットガンが目につき、片手で拾ってトリガーを引き、武装キメラに照準を合わせて撃つ。銃口から目標までほとんどゼロ距離だ。弾は当たったが威力が低すぎる。鎧に防がれてダメージはない。武装キメラは鞭を振るってショットガンを真っ二つにした。

 鞭はリーチはあるが、近距離には弱い。俺は近付き、ひじの関節を切りつけようと狙う。決まったと思ったんだが……防がれた。奴の左腕のリストブレイドで。


「……お揃いかよっ」


 集中が、瞬間途切れた。

 キメラの腕力は俺の数倍はあった。奴は俺とのリストブレイドの押し合いに難なく勝利し、俺は後方に吹っ飛ばされる。俺が地面に倒れると、奴お得意の鞭の出番だ。地面に倒れた俺をぶった切ろうと鞭を振るう。

 俺は地面に転がってそれを避ける。二撃、三撃、四撃と。地面が抉れて泥が飛び散る。全て避けれたのは偶然だ。俺は転がった力を利用して勢いよく飛び起きる。

 飛び起きた瞬間、俺は俺の胸にレーザーが向けられていることに気が付き、慌てて身体を捻る。俺がつい先ほどまで立っていた場所にエネルギーの塊が通り過ぎる。

 奴の背負っている甲羅から、銃の砲身が飛び出ていた。肩口から俺を狙っている。

 間違いない。アビー先輩を殺した武器だ。


「やっぱりか……やっぱりてめぇか!!!」


 連射されるエネルギーの弾を避け、威先輩の黄金の槍を拾って敵に近付く。

 この槍は特注品だ。その硬度はグレートウォール内最堅。数々の武功を上げた威先輩だからこそ与えられた、彼の誇りだった。

 俺は素人だが、先輩の動きをイメージして動けば違和感はなかった。エネルギー弾を槍で弾き、接近する。ところが、奴の甲羅からもう一台砲身が出てくることは予想できなかった。

 二発分のエネルギー弾を、槍で防ぐことはできた。が、衝撃で再び吹っ飛ばされた。背中を強く打つ。倒れた俺を鞭が襲う。


「……っくそ」


 態勢を立て直す時間はない。鞭は俺の身体を左右に分けるだろう。縦に真っ二つ。

 最期だ。だが、二回目の死は見届けよう。一回目は、気が付いたら死んでたんだ。それより、幾分かは、ましかもな。


 コン、と音がした。武装キメラの腕が止まる。

 武装キメラが横を向いたので、俺もつられて視線を向ける。

 駄目だ。


「駄目だぁぁ!! なんで!! 出てきた!!!」


 しろがいた。

 使えない筈の銃を持って立っていた。

 しろは銃を武装キメラに向けて撃つ。

 威力のない弾が武装キメラの仮面に当たる。コン、と音がする。

 武装キメラは肩で息をしながらゆっくりとしろに近付く。

 俺に興味をなくし、新しいおもちゃを見つけたように。


「おい!!! おい!!! こっちだ!!! 俺を見ろ!!! 俺を殺せ!!! 俺を見ろ!!!!」


 叫んだが、意味はなかった。

 武装キメラはしろの手を弾く。お互い向かい合っている。しろの手足が震えているのがわかる。


「やめてくれ!! 逃げてくれ!!!」


 しろはキメラから俺に視線を移した。

 身体を震わし、それでも、微笑んだ。


「生きて」


 声が、聞こえた。

 聞こえるはずのない、声が。


 キメラは武器も使わずにしろを殴った。

 しろは吹き飛び、大きな木に身体を叩きつけられた。

 強い勢いだった。ULの少ない生き物ならば十分に命を奪うだけの。


 強い悲しみ、そして怒り。

 自分の無力に対しての、悪魔のようなキメラに対しての、この世界の理不尽に対しての。

 アビー先輩、隊長、威先輩、しろ。

 皮肉なことに、怒りは身体を突き動かした。

 大切なものを失う恐怖が、失った怒りに変わった。


 俺は飛び上がり、無茶苦茶に腕を振るった。ブレイドと鎧が火花を散らす。

 落ちているショットガン、ライフルを拾っては撃ち、攻撃を避け、武器を使い捨てるように盾に使う。

 敵に武器を使わせる暇は与えない。

 連撃連撃連撃。

 威の槍を投げて左腕を弾き、リストブレイドで攻撃を加え続け、できた隙に、風上隊長の剣を拾い、キメラの右腕を肘から切断した。


「オオオオオオオオオ!!」


 初めてキメラが叫んだ。奴の青い血が大量に吹き出し、俺はそれを浴びる。

 続けて切り込もうと右足を踏み出す。

 力が入らず、膝が折れた。


「あ……?」


 そのまま手を付く。

 身体に力が入らない。

 何故だ。

 見ると、俺の腹に穴が開いていた。

 痛み分けだった。奴の腕を切り落とした瞬間、エネルギー弾が俺の腹を貫いていた。


 腕の力も抜ける。

 うつ伏せに倒れる。

 顎を上げて、奴を見る。

 切り落とした奴の右腕が落ちている。

 ざまぁみろと鼻で笑う。

 ところが、やつには右腕がある。

 その右腕だけ、武装されていない。

 再生している。


「なんだよ……」


 俺は這って動いた。虫のように。

 倒れているしろのもとに向かった。

 しろは仰向けに倒れていた。目は閉じている。


「しろ、ごめんな」


 結局、奴には勝てなかった。

 しろの手から離れたタブレットが強い反応を示している。予測だが、あのキメラの装備が、このレーダーの反応を消していたのだ。右腕の装具を失った今、ようやく反応を始めたということだろう。

 俺が吹っ飛んでいる間に何が起こったのかはわからない。きっと、しろは隊長に促されて逃げたのだ。でも、戻って来た。俺のように。

 ああ、そうだ。隊長は言っていた。初めて班員が全員集まった時だ。


「べたなセリフだが言わせてもらうぞ。俺達は家族だ!」


 アビー先輩が拍手をする。


「その通りです。隊長!」

「まだ隊長が喋っているだろう、小娘」

「うっさい、おやじ」


 隊長は俺としろに視線を向けた。


「兵士は……楽な仕事じゃない。命を懸けて、命を救うんだ。それに、俺達は壁の中でも、外でも戦う。辛いことは多い。休まるときは少ない。休める場所は、ここだ。第5班だ。ここが、俺達の家になる」


 ああ、そうだ。だから、俺達は戻った。

 しろの手を握る。まだ温かい。

 奴の足音が聞こえるが、もはや、何の関係もない。

 俺達は敗けた。

 意識が消えていく。

 これは、とても、懐かしい感覚さ。



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