14.Raid
思えば、俺はキメラを見たことがあった。
しろと共にグレートウォールへ向かっている最中、蟷螂の顔をしたキメラと遭遇した。足元には兵士の死体。壊れた拳銃が印象的だ。そのキメラの戦闘力は大したことはなかったが、キメラは死んだ兵士と戦って負傷していたのかもしれない。
ともかく、目の前の化け物の圧迫感は、これまでと比べようもないほど大きくて、吐き気がした。
「回避しろ!!」
誰が叫んだのか、声の主を認識する一瞬さえなかった。
キメラは尻尾を振り回し、その場に立つ全員を一掃しようと動く。俺はしろにダイブしてもろとも地に伏せた。全員が屈むなり伏せるなりでその攻撃を避けたと、俺は思った。ところが、
「馬鹿野郎! ミゲル! 避けろっつたろうが!」
2班の隊長が叫ぶ。見ると、会議室でむせっ放しだった男が吹き飛ばされ、大の字に倒れていた。抱えていた散弾銃が無造作に放り出され、動く気配がない。
気を失ったのか。死んだのか。
どちらにせよ、尻尾を振り回しただけで頑丈な男が戦闘不能になる、そのレベルだ。
キメラは次に、叫んだ2班の隊長に目を付けた。
「ちっ」
彼は散弾銃を撃ちながら、キメラの尻尾を避ける。散弾が当たっても、キメラの皮膚は弱冠のへこみを見せるだけで、血も出なければ皮膚も破けない。
2班の隊員は隊長の援護を始める。俺はしばらく、その様子を見て呆気に取られていた。
ふと見ると、風上隊長がいつの間にかキメラの傍に立ち、剣を振るっている。刃はキメラの皮膚に弾かれて通らない。
俺はようやく動き出す。右手にリストブレイド、左手に拳銃。いつものスタイルだ。風上隊長と共にキメラの懐に飛び込んで、距離が離れれば射撃、近付けばブレイドで切りつける。刃の感触で、キメラの皮膚は弾力があり、同時に相当に硬く、銃弾が通らない理由が理解できた。
アビー先輩がジェットブーツで空中を蹴りながら、キメラの顔を蹴りつける。素早く、強靭。俺の眼では動きを捕えられない。だが、キメラは意に返していない。また、威先輩が創術で見事な技を見せているが、同じくダメージはない。
「隊長! 全く効いていません!」
「こいつマジでやべぇ!」
2班から泣きが入る。俺もそう思っていた所だ。ところが、うちの隊長は叫ぶ。
「攻撃を続けろ! ダメージを解析し、弱点を見つける!」
解析? 誰が?
キメラを囲い込み、攻撃を続ける。キメラは四方に広がる俺達の誰を狙うか決めかねているようだった。その為、中途半端な攻撃を繰り返すだけで、避けるのは難しくない。
そう思った直後、油断が動きに出たのか、キメラは誰を狙うか決断した。俺だ。
俺に近付き、得意の尻尾攻撃を俺にだけ浴びせてくる。巨大な身体からの圧迫感・尾の素早い攻撃。俺は自分が攻撃を仕掛けるのを忘れて、必死でよけ続ける。
「シューヤ!」
「葉鳥、援護する!」
先輩方の声だ。心強いが、援護が始まっても状況に変化がない。キメラからすれば、効きもしない攻撃に注意を払う意味がないのだろう。
これ以上は避け切れない、そう感じた直後、俺の前に風上隊長が躍り出て、尾の攻撃を二刀の剣で受け止めた。
同時に、アダムから通信が入る。
「しろちゃんが解析しました。右腕の付け根です!」
ふと、しろをみると、少し離れた所で端末を操っていた。弱点を解析していたらしい。
全員が右腕の付け根に狙いをすました瞬間、奴の右腕が外れた。
何が起こったのかは、直ぐに分かった。風上隊長が、通信が入って全員が行動を起こすその一瞬で、奴の腕を切り落としたのだ。
「は?」と思う間もなく、風上隊長は剣を二本とも鞘にしまう。そして、剣に付随するギミックを発動させた。
剣にはトリガーが付いている。鞘に納めた状態でトリガーを引き、銃器と同じ要領で、鞘から剣を引き抜くと同時にトリガーを離すと、その一撃だけ斬撃を拡張できる。
風上隊長はギミックを発動させ、キメラの切口から斬撃を入れ、そのまま左肩まで切断した。
胴体から離れたキメラの頭が落ちて、その活動を停止する。
「なんとかなったな」
ふーと長い息を吐く隊長に、アビー先輩が抱き着く。俺はなんとなく威先輩と目を合わせる。彼は「どうだすごいだろう」と自慢げな顔だ。
2班は倒れた隊員を中心に輪を作っていた。俺はまさかと思い、近付く。
「死んでるよ。全く、馬鹿野郎が」
振り向きもせず、2班の隊長が俺の疑問に答えた。
なんてことだ。目の前で人が死んだ。
戦勝ムードは途端に消え失せた。
人間の死体は埋めて、復讐にキメラの死体に弾を撃つ。
「この、くそっくそっくそ野郎が!!」
「俺達の仲間を殺しやがって」
この時ばかりは「やめろ」とも、「馬鹿げている」とも言えなかった。彼等にしてみれば大切な仲間を失ったのだ。
キメラ、厄介な敵だ。結果的に死亡1名に負傷0と、前回風上隊長が経験した被害よりも遥かに少ない結果を出せたが、少し動きを間違えていれば死体は増えただろう。
「隊長、流石です!」
アビー先輩が大きな声ではしゃいでいたが、隊長は喜ぶことはしない。
「葉鳥が敵の気を引いていた。しろが早急に解析してくれた。威、アビーが好援護をしてくれた。勿論、2班の助けもあった。皆の力で果たした功績さ」
隊長のウインクを受け止めながら、俺は、果たして役に立ったのだろうか、と考えた。
俺は岩の上に腰を下ろし、拳銃を整備しようとホルスターから抜いた。隣にしろがやって来て、水筒をくれた。湖で汲んできたのだという。俺は礼を言ってそれを受け取る。
「しろ、あんなことができたんだな。俺、知らなかったよ」
アダムから教わったのだという。あのロシア人のおっさん、しろにやたら絡んでいると思っていたが、技術を教えていたのか。少し見直した。ただのウォッカ好きの変人じゃなかった。
「全く大変な任務だな。まだ、何も終わってない」
水を一口飲み込んでから愚痴をこぼす。しろは微笑んで頷く。
「なによ~シューヤ。いい雰囲気じゃない」
隊長の隣でアビー先輩が叫んだ。全く、嫌な先輩だ。そっとしておいてほしい。
一瞬、赤いレーザが見えた。気のせいか? 連戦で目が疲れたのだろうか。俺は目をこすり、瞳をぎゅっと閉じる。再び瞳を開けると、アビー先輩の胸にレーザーのマーカーのようなものが見えた。
なんだありゃと思う間もなく、危機意識が自分の中で跳ね上がる。
「せんぱっ……」
俺が立ち上がって叫ぶまでの間に、アビー先輩の胸をエネルギーの塊が突き破った。
「アビィィィィィィ!!」
隊長の叫び声。2班の班員も死体を弄ぶのを止めて、一斉に振り返る。
アビー先輩は隊長に支えられた。胸に穴が開いている。
「か、かざ……た……」
隊長の腕の中で、アビー先輩は声を絞り出す。遠めに見てもわかるほどの出血だ。
「し、しに……ないで、す。たい……ちょ」
俺としろが駆けつけた頃には、もう遅かった。
「警戒しろ!! 警戒だ!!」
威先輩が叫んだ。自分の中で湧き上がる感情を振り払うかのような大声だ。
「しろ、レーダーは……」
俺が言うまでもない。しろはレーダーを見ていた。首を振る。何の反応もない。
2班の班長カルロスが、風上隊長の腕で眠るアビー先輩の様子を確認する。
「遠くから狙撃されたのか。レーダーの範囲外から?」
「……あり得ない。そんな正確な狙撃……」
風上隊長は暗い声で答え、アビー先輩を地面に寝かした。みるみる地面が赤く染まる。
「すまない……アビー」
隊長がふり絞るような声で呟く。
俺は、まだ信じられなかった。あの快活に笑う先輩が、もういない。横たわるアビー先輩の顔は、血さえなければいつもの寝顔にも見える。
遠くから音が聞こえ始めた。
荒く、低い呼吸音。
「警戒!」
二人の隊長が同時に叫ぶ。
それは、密林から俺達の前に堂々と歩いてきた。
背は2メートル程度。筋肉質な体系を銀色の鎧で隠している。人の髑髏を模した仮面に、背中に甲羅のような装置。
武装した人間にも見えたが、鎧のつなぎ目から見えている肌の色が緑とウロコっぽく見えているので、キメラだとわかった。肩で息をしている。常に荒い呼吸音が聞こえる。
「なんだこいつ……」
瞬間、俺の右側から、猛烈な勢いで何かが向かって来ると直感が働いた。
俺はリストブレイドを起動してそれを防ごうと構えた、その瞬間、俺の右側に立っていた酒飲みの身体が真っ二つになり、続けざま俺の右腕に強い衝撃。想定していた以上に強い。踏ん張りがきかず、俺はそのまま空中に吹き飛ばされた。
「葉鳥!!」
誰かが叫んだが、声が遠くなる。俺は空を飛んでいた。密林が下に見える。湖が遠く離れていく。
右側から何かに薙ぎ払われたのだ。防いだ右腕が変な方向に曲がっている。そのまま自分の腕に押しつぶされるように肋骨も酷く傷んだ。
空中で俺は吐血した。意識を失ては蘇る、それを繰り返した。地面に落ちる刹那だけは受け身をとろうと歯を食いしばったが、それも上手くいったかは分からない。
気が付けば、樹木にもたれかかって倒れていた。




