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13.Chimera

 懺悔する。俺は温厚な男のはずだ。

 無性に怒りが収まらなかったのはしろが傷付けられたこともあるが、部屋の中に充満していた煙草の臭いが不快だったことも原因だろう。

 つまり、重要な会議で好き勝手に酒を飲んだり煙草を吸ったりしていた相手側にも問題がある、ということにしておく。でなければ、このまとわり付くような罪悪感は消えない。今から任務なんだ。集中するためには言い訳も必要だ。


 おかげさまで、2班と5班の空気は最悪だ。

 密林を歩く間、俺達5班が先行、距離をおいて2班が後方を担当。俺は、背後から銃弾が飛んでこないか気が気ではなかった。

 威先輩が先頭で大型ナイフを振るって枝を切りながら道を作り、後ろに風上隊長、しろ、アビー先輩、最後方に俺。隊長は、俺が後ろを何度も振り返っていることに気付き、笑った。


「彼等は粗暴だが、信頼はできる。喧嘩慣れもしている。さっきのことも、それほど深く考えちゃいないさ」

「……そうなんですか、ね」


 酒飲みの彼の額からは勢いよく血が噴き出ていたが、気にしていないのか。隊長には悪いが、そうは思えない。


「彼等はどういう人なんですか」


 俺の抽象的な質問に、アビー先輩が振り返って答えた。


「シューヤと同じ時代の人間だけど、環境が違うわ。平和な日本人でも多少は知ってるんじゃないの?」

「麻薬どうのってやつですか?」

「そう……あのね、一応言っておくけど」


 アビー先輩は俺の耳元に近付く。


「隊長はああ言ってたけど、あいつらは最恐よ。グレートウォールの中でもぶっちぎりでね。奴等もグレートウォールが必要だから街では大人しいけど、怒らせたら終わり。それこそ、メタルグリズリーといい勝負よ」

「……俺に幸せな未来は諦めろと?」

「普通ならね。ただ、」


 と息を吸い、大きな声で


「隊長のもとにいる限り大丈夫。あいつらも隊長には一目置いているの」


 風上隊長の権威は、想像以上のものらしい。俺が隊長を尊敬の眼差しで見ていると、隊長は照れ臭そうに笑う。


「こらこら、葉鳥が本気にするだろ? 俺は関係ないさ。彼等も長々とつまらない喧嘩をする意味がないと知っているんだ。この世界限定の話だがね。それに、俺達と違って、彼等は前世でも戦い続けてきた男達だ。善悪や価値観の違いは置いておいて、強いぞ」


 銃声が響いた。

 先頭の威先輩から5メートルほど先、密林の上から大きな蝙蝠が落ちてきた。頭が半分ない。確かに腕はあるようだ。


 大した戦闘もなく、夜になった。月光が輝き、辺りがよく見える。


「アダム、ここらで休憩にする。2班にも伝えてくれ」

「了解でぇす」


 木にもたれかかって睡眠をとる。見張りは交代制で一人ずつ立てた。

 アビー先輩が当番の時、俺の横で風上隊長が目を瞑っていた。隊長は目を閉じたまま、俺に声をかけた。


「葉鳥、どうした。眠れる間に寝ないと、身体がもたないぞ」

「気になることがあったんです」


 俺は小さな声で答える。


「なんだ」

「俺達5班の昔の話。この世界にくる前の、前世の、先輩方や、隊長のこと」

「おお、気になるか」


 隊長は驚きの声を上げた。


「なんですか? 意外ですか?」

「葉鳥は合理的で自分の目的に必要なこと以外は無関心かと思っていた」


 いつか、師匠にも似たようなことを言われた。


「そう見せたほうが楽な人生だったんですよ。もう、俺の癖です。実際は、そんなことないです」

「そうか、まぁ、俺の口からどの程度まで話せるかな。プライバシーもあるし。しかも、この世界の人間は時代がバラバラなだけに、プライバシーにも時代の差が大きいから、難しい」


 という訳で、風上隊長は自分の話ならできると言って、話を聞かせてくれた。

 アビー先輩の当番が終わるまでの間に聞いたその話は、俺が思っていた以上に壮絶だった。

 隊長は2100年生まれの日本人。

 俺が死んだ後の、初めて耳にした未来の日本の話。

 冗談みたいな現実。

 だが、それを語るのはまたの機会にしよう。


 二日目、目的地に近付く途中、しろのレーダーに反応があった。密林で視界は効かないが、100メートル先、俺が今まで見たことがないほどの大きな反応。


「メタルグリズリーより反応がでかい……」


 反応の大きさはULの量に比例する。つまり、この奥にいる生物はULを大量に保有している。俺はふと思いかかり質問した。


「アニマルなら厄介ですけど、人間なら強い味方ってことですよね」

「ん? このレーダー人間にも反応するの?」

「中心に我等の反応があるだろうが、しっかり見ろ小娘」

「うっさいおやじ」


 後方200メートル、レーダーが届くぎりぎりにある複数の塊、これは2班の反応。その反応と俺達の反応を足したマークよりも大きい。


「新人ならとんでもない才能を持っていることになるな」


 威先輩の言葉に隊長は頷く。その表情を見て俺はぞっとする。普段快活な隊長の顔が強張っている。


「隊長、メタルグリズリーよりも強い生物はこの地帯にはいない筈」


 俺の言葉に、隊長は小さく首を振る。

 俺が頭に?を浮かべている間に、隊長はしろから双眼鏡を受け取り、周りを注意深く観察した。


「葉鳥、昨日の隊長の話を聞いていただろう」


 威先輩が俺に声をかけた。あんたも起きていたのか……いや、そんなことよりも、どういう意味だ。

 そこで思い出す。隊長の昔の話、この第5班の創立時代。隊長がまだ隊員だったころ。

 風上隊長は、自分を救出してくれた先輩の兵隊たちと3年間チームを組み、戦い続けた。だが、ある任務で失敗し、隊長以外の班員は死んだ。

 その任務はキメラと呼ばれる生物の討伐を目的としていた。


 通信が入った。


「隊長。あちらさんの班からブーイングが出てますぜ。さっさと進めってさぁ」


 双眼鏡を覗いていた隊長はそれをしろに返し、深い息を吐く。


「迂回する。あれは危険だ」


 隊長の話を聞いていなければ、俺はその判断を受け入れていなかったかもしれない。反応の大元が新人なら、何も知らずにこの世界に送り込まれた哀れな人だ。できれば助けたい。

 だが、今回は隊長の経験と判断を信じる。

 そう決意し、アダムに連絡を入れようと準備をした瞬間だった。

 突然しろのレーダーに大量の反応が現れた。大きな反応の奥から、俺達めがけて近付いてきている。


「ボアだ! とんでもない数だぞ!」


 木々の間を縫うように、ボアが声を上げながら走って来る。

 俺達は縦一列から横一列に並び方を変え、俺とアビー先輩と隊長は拳銃、威先輩は散弾銃を手に前方に撃ちまくった。一発一発に威力を込めている暇はない。とにかくボアの機動力をそぐのが目的で、怯んでくれればそれでよかった、が、やつらは怯まない。その手ごたえから、俺達は理解した。


寄生猪(パラサイトボア)だ!」


 状況を察知した後方の2班が駆けつけ、散弾銃や狙撃銃で援護を始める。悔しいが助かる。即座に駆け付けた判断力も流石だ。

 火力がおよそ倍になり、寄生猪(パラサイトボア)の大群も数を減らしていく。接近したボアを対処しようと俺が拳銃をしまおうとした時、隊長が叫んだ。


「葉鳥、お前はとにかく機動力をそげ。近くの奴は、俺一人でいい」


 二本の剣を抜き、ボアを切りまくる隊長。相変わらず周りをよく見ていて、戦闘力も高い。

 戦闘中、アダムから連絡が入る。


「西、後方からもボアが来てやす。南にそれてくだせぇ、泉があります。泉を背に戦えばちったぁましでしょう」


 指示に従う。2班もオペレーターから同じ指示が入ったらしく、上手くカバーしながら南に動いた。しばらくすると泉が見え始める。

 作戦は上手くいった。程なくして、ボアは全滅。俺達が通った道にはボアの死体が続いていた。


「ボアがこんな大群で動くとは」

「しかも、狙ったように同時に、あり得ますか?」

「普通じゃねぇってこった」


 戦闘が終わり、2班のメンバーは一服タイムだ。袋から白い粉を取り出して楽しくやっている。あんたらも普通じゃない。


「秋也、じろじろ見るなよ」

「だって、あれは」

「気にしないの」


 先輩方に諫められ、俺は渋々引き下がる。ふと隊長に目をやる。浮かない表情だ。


「隊長、大丈夫ですか?」

「ああ……」


 刀を収めもしない。

 その時、しろが大慌てで俺の手を引いた。

 彼女が手に持つレーダーには、俺達集団の直ぐ傍に例の大きな反応があることを示していた。


「隊長!!」


 声をかけた瞬間、俺達の輪の中に、巨大な怪物が飛んできて、着地した。

 熊の両腕・両足、爬虫類の胴体・尾、鰐の骨を被り、顔は見えない。体躯は俺の3倍はある。

 間違いない。感覚で分かる。噂の"キメラ"だ。



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