12.Parasitic
猪の身体に生えた花は、威先輩が摘むんで瓶に保管し、グレートウォールの科学棟に持って行った。後日、俺達の班は科学棟の研究員に呼び出された。
「やぁ、風上班。突然呼び出して悪かったね」
厚い眼鏡を掛けた白衣の男。髪はぼさぼさで身なりに興味のない性格が丸わかりだ。
「Mr.ギーク。何かわかりましたか」
彼は「勿論」と気前よく言った。
「ただ、その前に、後ろの二人は新人かな?」
「おっと、紹介が遅れました」
隊長に促され、俺達は前に出る。
「葉鳥秋也、日本人。しろ、ドイツ人。若いが、有望な新人です」
俺達が頭を下げると、眼鏡の彼は興味深そうに俺達を観察した。
「ふーん。成る程ねぇ。君は、中々強そうだ。女の子は、ULがかなり少ないね」
見ただけでULの量がわかるのか。この博士も普通ではなさそうだ。
「しろは街の事情で……」
「あ~女王たちの采配か。まぁ、私には関係のない話だ。私はギーク。以後よろしく」
彼は興味なさそうに隊長の言葉を遮り、俺達を研究室の一つに案内した。文明が大きく遅れている筈のこの世界で、研究棟は随分と文化が進んでいる。ガラス張りの清潔な施設と、白衣の研究員たち、大きく不出来だがPCもあった。
Mr.ギークは冷蔵庫のような箱から、液体に浸かった例の花を取り出した。
「君達が運んできたこの花だが、寄生植物だと判明した」
聞き慣れない言葉だ。困惑して班員の顔を見渡すと、全員が頭に?を浮かべている。
「食人植物なら知っているが……」
「でも、もっと西の生き物でしょ?」
威先輩とアビー先輩が困惑を口にすると、ギークはふふんと笑った。
「知らないかい? 昨日、私が名付けたんだが」
成る程。この男は厄介だ。
「生き物に寄生して、身体を支配する。宿主を殺しても、花自体を仕留めないと停止しない」
「聞いてる分には、あんまり厄介とも思えないわね」
アビー先輩が腕を組んで指摘する。全員の視線が彼女に集まる。
「だって、そうでしょ? 弱点が明確になって分かり易いぐらいよ」
それもそうかと納得する。結局、俺達の仕事は変わらない。寄生植物があろうがなかろうが、いつもより少々警戒を強めてことに挑めばいい。それだけの話だ、と思ったんだが。
「なによ。その顔」
威先輩が渋い顔をしていた。
「短絡的だぞ、小娘」
「はぁ?」
隊長は顔を強張らせている。一体、どうしたんだ。俺の頭じゃベテランの思考に到達できない。
「Mr.ギーク。この植物は人には寄生するのか?」
「流石だね、風上隊長。私もそこに注目していた」
ギークは楽しそうだ。わくわくしている。
「寄生植物は生物の中枢神経に根を張り支配する。その栄養源はUL。つまり、この世界で動き回ってる全ての生き物が対象だ。当然、ヒトへの寄生もあり得る」
「そうなったら……」
ようやく口を開いた俺だが、後が続かない。
「中枢神経を支配されたら、もう人間としての思考はない。本物のゾンビさ。ゾンビは知っているかな? 映画史においては1932年。制作方法はゾンビパウダーを……」
「ミスター! 寄生植物の発生源は特定できそうか?」
話を遮られても、彼は楽しそうだ。どうやら、この人にまともな人格は期待できないらしい。しかし、どうも、能力は高いようだ。隊長の疑問に彼は答えを用意していた。
「まぁね。この話を女王の使いにしたら、女王は恐ろしく恐れたみたいで早急に解決してほしいと願いが来た。私としてはあの女に興味はないんだが、成功に関われば研究費が上がるからね。君達と同じように寄生された動物と接した隊の位置関係から、寄生植物の根元を割り出した。そのワンポイントだけという保証はないが、少なくとも今回の一件の解決に……」
「ああ! もう! 早く言いなさいよ!」
耐え切れず、アビー先輩が叫んだ。じっと聞いていた俺としては、あと少しで答えに辿り着けたのに、と残念に思ったが、アビー先輩の気持ちもわかる。随分と回りくどい言い回しだ。
「場所は"鹿庭の湖畔"。グレートウォールから西南に37km。当然、ポイントに近付くほど寄生動物に会う確率は高まる。まぁ、気を付けることだねぇ」
研究棟を出た所で、俺達は女王の使いに出くわした。彼曰く、今回の件については二班合同で任務にあたるよう指示が出たらしい。
「2班と5班。協力してことにあたれ。寄生植物を焼き払い、これ以上の被害を抑えるのだ」
2班か。俺は面識がない。おそらく、しろも。合同チームで作戦会議を行うために、俺達5班は2班の会議室に向かった。
道中、二人の先輩が同時に溜息を吐いた。
「なんでよりによって2班なのよ」
「最悪だな」
俺は口を挟む。
「先輩方は2班のことを知っているんですか」
二人はそろってため息を吐く。
「実力はある。グレートウォールでも、確かに有数の部隊だ」
「全員おっさんのチーム。イケメンで強い風上隊長に嫉妬してるのよ」
「こらこら、悪口は関心しないぞ。頼りになる先輩チームだ。光栄に思うべきさ」
不穏な空気を察知する。しろを見ると、彼女も緊張の面持ちで動きがぎこちない。
考えが纏まらない内に、隊舎についてしまった。隊長はドアをノックし、返事がなくても躊躇なく開ける。
鼻につく煙草のにおい、渦巻く紫煙、机に置かれた酒瓶とグラス、散らばったトランプ。柄の悪い男が四人、俺達を睨んでいる。
「よぅ、風上ぃ。遅かったじゃねぇか」
煙草をふかした男が低い声で語り掛ける。
「そう言うな、カルロス隊長。これでも急いで駆け付けて来たんだ」
カルロス隊長の横で、煙でむせている隊員がガハハと笑った。
「ゴホゴホ……相変わらず楽しそうな班で安心したよ。ゴホ……なれ合い野郎ども」
アビー先輩が一歩前に躍り出て挑発し返す。
「あんた達も相変わらずのむさ苦しさね。臭いったらないわ」
「なんだと! ゴホゴホっ」
「よせ、アビー。落ち着け、ミゲルさん。悪気はないんだ」
「嘘つけ、ゴホゴホ。悪気の塊だろうが! ゴホ!」
なんでもいいがむせ過ぎだ。煙草から離れりゃいいのに。
「後ろの二人は見覚えがないぞぉ」
酒を水のように飲んでいる大きな男が言う。
「ああ、新人の葉鳥としろだ。よろしく頼む」
俺としろはその場で頭を下げた。この険悪なムードの中で、悪目立ちはしたくない。
「随分と若いなぁ」
「役に立つのか?」
「ゴホ、女の方、こっちに来て酌でもしろ」
しろは戸惑いを表す。アビー先輩がしろの前に立って庇う。
「気にしなくていいのよ、あいつら馬鹿なの」
「なんだと、この女っ」
酒飲みが立ち上がったが、カルロス隊長がそれを制止する。
「話が進まん。エリック、さっさと進めろ」
「へい」
無言で座っていた男が口を開いた。彼は机の上を几帳面に片付け、シミだらけの地図を広げた。
「今回の任務はシンプルです。目的のポイントまで歩いて行って、寄生植物の大元を焼く。それだけです」
風上隊長が地図を睨む。俺はその様子を観察する。真剣な眼差しだ。普段快活な隊長が時折見せる冷静な一面は、一層隊長の人格を大きく見せた。隣でアビー先輩と威先輩が相手側のチームと言い争いを始めたが、耳に入っていないようだ。
しばらくして、隊長が口を開く。
「オペレーターはうちのアダムと……」
「うちのエリックだ。周辺のデータは既に手に入れている。十分な支援ができる」
「……うちのチームの装備は把握しているか?」
「新人の二人以外はな。剣、槍、靴。俺達は知っての通り射撃専門。近距離、中距離、遠距離、全て対応できる。なんせ、年季が違うんでね」
俺は部屋の中を観察する。成程、俺が携帯している銃の他に、一回りも二回りも大きな銃がそこらへんに転がっている。黒くて丸みを帯びた未来型の銃だが、俺の時代に合わせて言うと、狙撃銃や散弾銃に似たフォルムだ。
「まずは目的地、鹿垣の湖畔に向かう。頼りにしてるぞ、"英雄"二刀流の風上さんよ」
「こちらこそ、頼りにしてるぞ。メキシコの怨霊よ」
カルロス隊長はけっと笑うと、唾を地面に吐いた。おいおい、自分達の部屋だろ。
殴り合いにまで発展していた班員の喧嘩は、隊長同士の一喝で収まった。ふとしろを見ると、頬に切り傷ができている。
「なっ、おい、しろ、どうした?」
しろは微笑んで 何でもない と伝えたが、喧嘩に巻き込まれたのだと予測はついた。
「サンバルドの奴が酒瓶を投げてきたのよ、大丈夫、しろちゃん?」
「サンバルド?」
「酒飲みの奴だ」
成る程、あいつか。
俺はサンバルトに近付き、彼の肩を叩いた。「あっ?」と振り向く。その瞬間を狙って、髪を掴んでテーブルに叩きつけた。




