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11.Flower

 ブラッディ・ボア。全身が赤黒い猪だ。顔から突き出た牙が鋭く、目は緑。軽トラ程度の体躯で、荒い呼吸を響かせながら突進してくる。ひかれたら、痛いでは済まないだろう。

 取り合えず、一匹は仕留めた。突進の避け様、頭を切り落としてやった。

 直後にもう一匹。まだ距離がある。落ち着いて銃を取り出し、射撃する。猪は頭を破裂させた。

 敵を仕留めて安心する間もなく、俺の足元、地面が盛り上がる。俺は飛び退き、地面から新たな敵が出てくる刹那に銃を撃つ。ブレイクフットモール。大きな手と、鋭い爪で人間の足を切断するのが趣味のモグラだ。モグラは顔を出す間もなく死んだ。


「息を吐く間もない」


 次の瞬間、俺の頭上から巨大な猿が、俺の首をへし折ろうと木の幹から落ちてきた。俺が銃を向けようと振り返ると同時に、


「任せて任せて~」


 という声が聞こえたので、俺は銃をしまった。

 巨大な猿、通称フューリーは、声の主、アビー先輩の飛び蹴りを空中でくらって吹っ飛んだ。


「ひゅ~、ナイスな一撃。流石はわたし!」


 ジェットブーツという、SFチックな靴を履いた彼女は、イギリス人の元女子大生。体操選手だったらしい。小柄で、身軽で、元気がよい。


「みた? みただろ? シューヤ」

「あ~見た見た。流石ですよ先輩」

「なんだよ~その言い方」


 なんて話をしている間に、大きな蛇が俺達に向かって近づいていた。蛇は巨大な口を開けて俺達を丸呑みにしようとしている。


「おやじ~任せるぞ~」


 アビー先輩が叫ぶ。「やれやれ」と声がして、蛇はその口を無理やり閉じさせられた。黄金の槍が、蛇の頭上から下顎までを貫いている。

 槍の持ち主、()先輩は、槍を慣れた手つきで引き抜いた。生前は槍術の達人で名を馳せたという彼は、俺達の中で一番遅く生まれている癖に、一番年を取っている。死んだ年が40代だからだ。この世界は本当にややこしい。


「私をおやじと呼ぶな、小娘」

「わたしを小娘って呼ぶな、おやじ」

「喧嘩しなさんな、先輩方」

「シューヤは黙ってて!」


 俺は大人しく引き下がり、二人の口論を暫く眺めて、いつもの一言を口にした。


「隊長はどこにいったかな」


 二人は口論を止めて、「近くにいるだろう」と言った。この二人はそりが合わないようだが、何故同じチームに居られるのかと言えば、風上隊長の存在だ。彼の存在を思い出させれば、二人は喧嘩を止める。


「たいちょう~! どこですか~!」


 アビー先輩が叫ぶ。敵地の真ん中でよく叫べるものだ。


「お~こっちだ、こっち」


 隊長の声のもとへ向かうと、おびただしい数のブラッディ・ボアの死骸が転がってた。数を数えるのも面倒だ。近くにはしろが、探索機を片手に持って佇んでいる。


「流石隊長、これだけのボアを仕留めるとは」

「シューヤなんて二匹で一杯一杯だったのにね」

「いや、数度の遠征で二匹のボアを一人で倒せるなんて中々じゃないか。誇っていいぞ、葉鳥」


 隊長の笑顔が眩しい。「どーも」というしかなかった。 

 通信が入った。全員の耳についているイヤホンからだ。


「全員、無事ですかぃ」


 街の基地からチームのサポートをするオペレーターのアダムだ。


「無事だ、アダム」

「無事に決まってんじゃないのよ~」

「そうですかぃ。結構です。例の噂に進展はありましたかぃ?」


 例の噂。グレートウォールの数ある部隊が目撃しているという奇妙な情報だ。

 曰く、その怪物は首を切り落としても、頭を破裂させても死ななかった。殺したと油断した隙をついて、首のない怪物が隊員の一人を殺害したのだ。


「ULの量がいくら多かろうが首を落として生きている生物など存在しない。いや、存在しなかった。女王は憂いておられる」


 軍隊長の言葉だ。俺はあの女王(おばあさん)がいくら悲しもうが興味はないが、任務なら仕方がない。グレートウォールの多くの部隊が、その怪物の行方を追っている。


「その怪物は見た目にはただのボアだったそうです。以後、異常にタフな怪物の情報がちらちら耳に入ってきていやす。皆さん、くれぐれもお気を付けてくだせぇ」

「それは分かったが、アダム。一つ聞きたいことがある」

「なんでぃ」

「今、飲んでいないよな」


 通信が切れた。

 そんなこんなで、俺達はジャングルを歩き回っている。怪物を見つけては殺し、異常がないかの確認、その繰り返しだ。


「しろ、レーダーには映っていないか?」


 超音波式のレーダー。しろは首を横に振った。


「しっかり確認しなよ、全員の命がかかってる」

「そんな言い方ないだろぉ、おやじぃ。大丈夫だよ、しろちゃん。わたし達強いから」

「攻めたつもりは……」


 威先輩の弁明を無視してアビー先輩は続けた。


「なんていったて、風上隊長がいるんだから! 二刀流の風上と言ったら他の街にだって通じるのよ! 多くの怪物を倒し、たくさんの人を救ってきた……」

「アビー、もういいから」

「わたしもその一人、隊長との出会いは今でも覚えてる! あれは3年前だった。森の中でわたしが……」

「アビー」

「なによシューヤ、今いいとこ……」


 隊長がアビー先輩の口を塞いだ。先輩は驚いて動きを止める。表情は……嬉しそうだ。


「隊長、前方……」

「気付いたか、葉鳥。前だ。注意しろ」


 声を潜める。

 しろのレーダーには反応が一つ。


「反応は小さいですね。このレーダーはULの大きさに比例して反応が大きくなるはず」

「じゃ、大したことないってわけね」


 しろは双眼鏡を取り出して前を見る。この双眼鏡も、ULにのみ反応する。しろは俺に伝えた。


 ボアが一匹だけ、大きさも普通


 俺はしろの声のない言葉を通訳する。


「前から思ってたけれど、シューヤはなんでしろちゃんの言うことが分かるの?」

「わかんないっすよ。後にしてください」

「愛だね、間違いない」

「おやじぃ、言ってて恥ずかしくないわけ?」

「愛の何が恥ずかしい!」


 声に反応して、ボアが突進してきた。


「おやじぃ! 何してんのよ!」


 ボアは巨大な牙を俺達に向けている。


「問題ない、みんな下がるんだ」


 隊長が鞘から刀を抜きだす。二本……隊長の呼び名通りだ。

 「了解」と声をそろえる。

 俺と威先輩はジャンプして近くの枝に飛びあがり、アビー先輩はしろを抱えてジェットブーツを起動する。空中を蹴って、幹の上まで上がった。


 隊長は刀を交差させて、猪の突進を正面から受けた。


「ぬおお、元気がいいな」


 二人は押し合っている。相撲しているようだ。


「なんで隊長は斬らないんだ?」


 俺の疑問に威が答える。


「周りを見ているんだ。通常、ボアは集団で行動する。奴は一匹、これはおかしい」


 しばらくの押し合いの末、隊長は笑った。


「うん、君は一人のようだな。確認は済んだぞ」


 隊長は押し合う力を抜いて、ジャンプしながら猪の頭上に舞い、通りがかりざまに首を切り落とした。

 隊長はそのまま着地し、刀をしまう。猪はそのままよたよたと歩いて、倒れ……なかった。


「なっ……」


 首のないボアは再び突進を始めた。頭も牙もないが、その体躯だけで十分脅威だ。実際、隊員が一人死んでいる。隊長はまだ着地した姿勢のままだ。


「隊長!」


 俺達は叫んだ。隊長は「うん」と元気よく答えた。


「やっぱり異常な怪物だったか」


 隊長は刀を抜いて、振り向きざま、突進する猪を切って捨てる。今度は、猪の身体を横に真っ二つだ。その速度たるや、俺は師匠の動きを思い出した。


「流石よ、もう、流石、大好き! 隊長」


 エキサイトしているアビー先輩を横目に、俺はボアの切断面を観察した。グロテスクだ。見たくはなかったが仕方ない。任務の為だ。


「隊長……」

「どうした、葉鳥?」

「猪の身体に、花が生えてます」


 肉肉しい断面に植物の根が生え、腹部に白い花を咲かせていた。




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