10.Exception
女王に呼び出されて、俺は城に向かった。
女王の客間に案内されると、同じく呼び出されたであろうしろが椅子に座っていた。俺が笑いかけると、彼女も笑顔で反応する。元気そうでよかった。
遅れて部屋に入って来た女王は相変わらずの優雅な振る舞いで俺達に声をかけた。
「お久しぶりね、二人とも。早速だけれど、二人のお仕事を伝えるわ」
召使いの一人が前に出て仰々しくお辞儀をすると、巻物を広げた。彼が持っているあの紙に、俺達の仕事が記載されているらしい。
「葉鳥秋也くん、君を兵士に任命する。人の命を守る重要な仕事である、励むように」
「おめでとう、秋也。名誉ある仕事よ。頑張ってね」
拍手が鳴り響く。
予想していたことだ。驚きもない。悲しくもない。嬉しいぐらいだ。壁の中でこの世界の有り様を忘れるぐらいなら、闘いの日々に身を委ねたい。
「続いて……うん? んー? んん?」
召使いが言いよどむ。やたらと ん が多い。何を困惑しているのか。
「し、しろ? しろ……くん。君を兵士に任命する。以下同文」
馬鹿な。何を言っているんだ。
「おめでとう、しろ。秋也と共に頑張ってね」
待て。何を滞りなく進めている? こんなことはあり得ない。
拍手が響く。俺はしろに目をやる。彼女の表情に驚きはなかった。
まず、しろが自分の本当の名前を女王に伝えていなかったという問題。召使いの困惑も当然だ。ウサギの名前だぞ。だが、まぁ、これは置いておこう。
何故、しろが兵士に任命される? 適性を見た上で決めると言った筈だ。彼女に兵士の適性などない。三十年この世界で人を見てきた師匠が驚くほど、彼女はULが少ないのだ。そもそも、声が出ないというだけで相当なハンデだろう。少なくとも兵士という職業には。
女王の客間で当惑しているのは俺だけ。だが、事情を知っているのは俺だけではない筈だ。
俺は挙手した。
「どうしたの、秋也?」
「……本当に適性を見てお決めになったのですか?」
間が開く。不自然な間だ。
「勿論よ」
「俺はともかく、彼女は、兵士に向かないと思いますが……」
「まぁ、秋也。何を言うの。彼女だってここまで生き抜いてきた、立派な兵士よ」
召使い達がうんうんと頷く。その発言と様子で俺は理解した。
師匠が言っていた。この街に入る資格があるのは、育て小屋から街までの道のりを生き延びてきた者だけ。それ以外の者に街に入られるのは迷惑、資格がない。
彼等は、しろに資格がないと判断したのだ。声も出せず、ULの量も少ない。この世界の人間の体力の平均値を下回る彼女を、この街に置く気はない。兵士にして、さっさと死ねば善いと。
頭の血管がぶちぎれそうなほどの怒りが湧く。
「結局、人は死んでも変わらないってか」
ぼそりと呟く。
この町の異常性にも納得がいった。皆、働き者過ぎる。働かなければ、適当な理由をつけて街から追い出されるのだ。グレートウォールには、この世界には、結局、安全な場所などない。
突然、誰かが俺の手をぎゅっと握った。
「しろ……」
彼女は笑顔だった。すべて理解しているようだ。彼女は理不尽に慣れてしまっている。慣れる必要などないのに。
俺は短く息を吸って、ゆっくりと吐いた。この場で怒りを吐き出しても、何の解決にもならない。
「謹んでお受けいたします」
吐き捨てるように言ってやった。
俺はしろと共に城を出た。道を歩きながら問い掛ける。
「そういや、なんで本当の名前を教えなかったんだ? 言葉が、というか、文字が通じる人、いたんだろ?」
当然、そんなことよりも掛けたい言葉は山ほどあったが、それを発するほど無粋でもない。しろはずっと笑顔だった。
あなたから貰った名前が大切だから
私はしろでいい
「……照れるね」
不思議なものだ。しろと歩く。それだけで、心が温かくなる。
道中、声をかけられた。風上さんだ。手招きされて、路地裏までついて行った。
「なんで、わざわざこんな所に……」
「その答えはわかってるんだろう? 葉鳥」
人に聞かれたくない話をする、ということか。
「俺が兵士になってから5年。兵士は壁の外で、食料・物資の調達、別の街との交易、怪物の処理、新人の保護などを行う。俺が保護した者の何人かは明らかに兵士に向いていないのに兵士にさせられ、死んだ者がいた。数は少ないがね」
「しろの事情を知っているんですか?」
彼は短く頷いた。
「しろ、初めて君とあった時、既にその予感はしていた。俺は俺の発言を訂正しよう。この街は、楽園なんかじゃない。常に死が付きまとう。ある意味、外と同じだ」
そこで俺ははっとする。
「他の、他の街はどうなんですか。無理に人を追い出すような、そんなやり方……」
「こことはまた違った事情がある……」
風上さんの表情は、少なくとも俺の期待を奪うには十分だった。
「もう少し深い話をするには、場所を変えよう。付いて来るんだ」
風上さんに連れられてやってきたのは、街の外れにある隊舎だった。
隊舎の中には様々な武器と、通信監理をする機械が置かれていた。
「誰も帰ってきていないようだな。君達を紹介したかったんだが」
「風上さんの隊ですか?」
「そう。オペレーターと俺の他に二人の兵士がいる。さて、適当に座ってくれ」
俺が座ると、しろはその隣に、風上さんが向かい側に座った。机には地図が置かれている。
「代理戦争のステージだ。見るのは初めてかな?」
「俺は初めてですね」
しろは師匠に見せてもらっていたらしい。一目ぐらい俺も確認しておきたかった。
島だ。俺の知る時代のオーストラリアのような形をしている。
「こんな地図、誰が作ったんですか」
「定期的に、未来人から物資が、この大陸のどこかに補給される。上空からパラシュートを付けて落としているらしい。その中の一つだ。兵士の仕事にはそれを見つけてくるというのも含まれる」
意外だった。未来人、ちゃんと働いているじゃないか。
地図には東西南北、マジックでマークされている範囲があった。
「北は雪原と巨大な山、南は砂漠、東西は密林。一か所ずつ街がある。このマークの範囲がそれだ。後は小さな島が点在しているが人はいない。というより、住めない。怪物が強すぎるからだ」
「中央が空いてますが……」
「調査に向かった人間が全滅している。情報がない。兵士は常に中央を避けて行動している」
「成る程……」
さっと眺めて気が付いたことといえば、大陸に対して街が小さい。
「人間が住める範囲が、土地に対して全体の……」
「気が付いたかい。5%だ。噂では、戦争のスタート時は人間側と怪物側に半分ずつの土地が与えられていたらしいが、45%侵略されている。50年前には15あった街も、今じゃ4つ」
情報を提示されると、危機感が湧いてくる。この戦争で人間は敗北に近付いている。まさに、死ぬ直前だ。
「大陸で最も怪物のレベルが低いのがこの東だと言われている。つまり、戦争の挽回のチャンスが一番大きいのもこのグレートウォール近辺だ。なのに、街の人間はあの状態。自分達がより裕福に、効率よく生きるにはどうすればいいのか、という点でしか物事を考えられない」
風上さんは強いまなざしを俺達に送った。
「葉鳥、しろ。俺は、この戦争に勝ちたい。未来人の為じゃない。一度死んだ俺達が、ここで幸せに生きていくためにだ。その為には、この町の異常性に嫌気を持つ人間が、俺のチームには必要なんだ」
成る程。その為に、俺を勧誘していたのか。納得だ。
正直なところ、俺は戦争に興味はない。死んだ人間が幸せに生きるためにという理屈も、奇妙な矛盾を含んでいて頭に入ってこない。
だが、身近なところに焦点を当てれば理解しやすい。
風上さんへの恩返し。
しろへの恩返しのために。
「風上さん、よろしくお願いします」




