アルケイドの心臓
以前活動報告で書いた、プロットを元に書いています。
アクセス数や評価によっては長編版として書いていくつもりです。
汚い文字ですが、感想や意見、こうした方が面白いや、アドバイスなど頂けると今後の活動の参考にさせてもらいます。
『この世で最も恐ろしいのは神でも悪魔でもない、人間である』
この一文から始まるこの童話がわたしは好きだ。
的を射抜いている言葉、この本をこの世に残した作者はきっと、存悪に心が濁る程に、人間が嫌いだったに違いない。
『人は他の者から力で奪う、土地や物、水、人その者を奪い、人間にとって大切な心をさえ、奪っていく』
その通りだ、この童話、何度も読み返しても心に響き渡る。
薄暗い、廃線となって朽ち果てた地下鉄で、雲母 要は冷たい壁に寄りかけながらこの言葉を思い返す、するとあの言葉がふと、声に出る。
「だから息子よ、強くなれ、誰よりも強く強く」
「何を言っているんだ、この男は?」
無意識に呟いた言葉を聞いた隣の相棒、今日の相棒だが、そいつが不思議そうにトーンの低い声で言う。
「気をしっかり持つためさ、特に意味のない言葉だよ」
「……だったら静かにしてくれないか、気持ち悪い、お前の様な奴と組まなくてはならないおれの気持ちにもなってくれ」
どうやら声のトーンが低かったのは不思議に思ったからではない、わたしが嫌っている。
いや、恐れているのだ、このわたしを。
まあ、防衛大出のエリート士官様はわたしの様な『奴』と組まされれば誰でも不機嫌になる、人に嫌われるのは慣れている。
わたしは意地悪気味質問する。
「君はわたしのことが嫌い?」
「嫌いだと、言ったどうする?」
「質問を質問で返さないでくれないか、わたしは、言葉としての日本語が上手くないんだ」
「おれの答えは質問そのものだ」
「フムン、わたしが嫌いか、しかし、今は命を預け合う仲間だ、いや、共に戦うから『戦友』と言った方が合っているか」
「戦友だって? おれとお前が?」
「そうだ、違うか?」
「違う、少なくてもおれはそう思っていない」
「ではなんと思っているんだ? 君はわたしのことを」
「ただの道具だ、戦う道具、違うのかい? アルケイド人」
そう言われわたしは少しイラっと来た。
アルケイド人、百年前にこの地球と言う星に飛来して来た異星人。
姿形は人間とそっくりだが唯一違うのは、彼らには『術』と呼ばれる不思議な力を持っていることだ。
その力は強力であり、強力故にその力を欲しようとした他の異星人と壮絶な戦争を数世代にわたって行ってきた種族だ、そして彼らアルケイド人は壮絶な戦いに明け暮れた果てに、自ら力で母星を破壊してしまった。
自らの行いに恐怖したアルケイドは生き残った者達を連れ遠い宇宙の果てにあるこの星に流れてきたと聞いている
聞いていると言うのは自分の種族がどうしてこの星を選んだのか、その資料が残っていないからっだ。
正確に言うと我らアルケイド人に関する資料は地球側が独占しており、アルケイド側にその資料が残されていない。
どうしてそのような事になっているのか、どうして地球側が独占しているのか、それはこの星に流れ着いたアルケイド王が種族の安全と安住の地の提供を条件に全ての技術・知識・そして資料を彼らにに引き渡したからだと言う。
そしてアルケイド王は地球人との混血奨励し、純粋種であるアルケイド人であることを捨て地球人になる様に推し進めたのである。
この百年で、アルケイド人と地球人の混血は進み、今や純粋種は数える程となった。
そしてわたしはその数える方のアルケイド人、純粋種である。
だが、しかしである、わたしは彼の嫌味に答える。
「フムン、確かにわたしはアルケイド人だ、純粋種の、この言い方は好きではない、まるで動物の交配するような感じがする」
「それについては同感だ」
「へえ、初めて意見があったな」
「……地球はそういうところが敏感なんだ、人権と言うかなんというか」
「フムン」
「純粋種は異能…… 『術』だっけ、そう言うのが使えると聞いたが本当か?」
「本当だ、見せようか」
そう言ってわたしは目の前に落ちている石に意識を集中する。
頭の中でイメージする、石が浮くゆっくりと浮かび上がる、その石はゆっくりと横移動してその隣の石の上にゆっくりと着地する。
「すごい、念動力…… サイコキネシスなんか初めて見た」
「ああ、だがこれは相当疲れるんだ」
わたしの額には滝のように汗が流れ落ちる。
額の汗を拭い立ち上がると、先程の持ち上げ重ねた石を手に取る。
「こんな疲れるようなことをしなくても、こうすれば早いし、手間もかからない」
そう言ってわたしは石を他の石の上に置く、その光景を見て彼はポカンとした顔をする。
「手を使わないのは楽そうに見えるが、違うのか?」
「違う、簡単に言うとだな、ご飯を盛るのにヘラで盛ればいいのに、素手でやるのと同じなんだよ」
「……何故ご飯?」
「……うるさい、ご飯が好きなんだ」
顔が赤くなるのが分かる、咳払いして話を再び戻す。
「ようは手でやった方が早いんだから、いちいち力を使うのがめんどくさいしバカげてる、せっかく手があるんだ、手を使わなければ、そのうち手は退化する」
「なるほどな」
「だが、この能力は意外と役に立つ、例えばテストとか」
確かにテストの時はこの力は役に立つ、意識を集中して他の人間の頭の中を覗き、答えを写せばいいのだから、しかし、この頭の中を覗く行為はかなり危険である。
人間の意識は複雑だ、一つのことを思っているのかと思えば唐突に違うことを考え出す、また、ある者は頭の中に複数の意思が内包してお互いに反発している輩もいる。
何か言いたいかと言うと、人間の頭の中は複雑怪奇でありカオスと濁っているのだ。
中にはテスト中だというのにエロい妄想している人間もいる、あれには流石に驚いて思わず声を上げそうになった。
ふと、そんなことを思い出していると、彼が混乱した様子でこちらを見ていた。
「うん? テスト?」
「ああ、言ってなかったな、わたし、高校生、ピチピチのJKだぜ」
「……はあ?」
「なんだよ、その間抜けたような声は」
「いや、だって、お前、男の格好してるじゃないか、執事の! 男…… えっ? まさか女なのか?」
確かに執事の格好をしている。
燕尾服に袖を通し、紫近い短い黒髪を後ろで結んでいる。
ひん…… スレンダーな体つきに高身長の所為か傍から見れば男に見えるが、わたしはこれでも年頃の乙女だ。
「こちとらバイトの途中で呼ばれたんだ!」
「バ、バイト?」
「ああ」
「どんな?」
「め、メイドカフェ……」
そう、メイドカフェにメイドとして入ったハズなのに何故か店長から「あなたはメイドよりも執事の方が似合いそうね」と言う理由でわたしだけ執事の格好させられている。
「メイド…… カフェ。 プフゥ」
彼は腹を抱えながら笑いだす。
「おい、笑うなよ、ああそうだよ、わたしにはメイドも執事も似合いませんよ」
「いや、すごい着こなしているから、てっきり本業の人かと」
「本業って…… わたしは――」
「悪かったな、アルケイド人、本当にプフッ! 似合っている」
「まったく……」
わたしだって、この格好は好きではない、どっちかと言うと可愛い系が好きだ。
メイドカフェのバイトだって、可愛いメイド服が着れると思ったのだが、どうして、こうなったのか。
わたしは冷たい壁に背を預け、その場に座る。
気配が強くなって来た、流石に馬鹿話をする余裕が少なくなっている。
だが、隣の男は未だに腹を抱えながら笑っている。
「おい、いい加減にしろよ」
「いや、久しぶりに笑えた」
「そうかい、それはよかったな、そのまま敵に食われてろ」
「……近いのか?」
彼の笑い声は遠い方に消えたかのように凄みのある真剣な眼差しをわたしに向ける。
「だいぶ近くなった、こちらに気付いている、ゆっくりだが…… 確実に来る」
そう言うと彼はホルスターから銃を抜く、薄暗い廃墟の世界でその黒鉄の暴力装置は間違いなく人を殺すためのモノだ。
「落ち着きなさい、まだ時間はある」
「感じるのか?」
「うん、向こうも感じているともうよ、そうじゃなきゃ向こうから来ない」
「いつ来る?」
「だから、まだ時間はあるって!」
「正確の時間を言え!」
「なら、不明だ」
「おちょくっているのか!」
「落ち着きなさいって、騒いても仕方ないでしょう」
敵の襲撃が分かっているなかでいつ来るかわからない敵を待ち構えるのは、相当の場数が必要だ、無論、わたしは術があるからある程度の余裕は持てる、だが、この相方、実戦経験もないズブの素人だ。
まったく、どうしてこの様なお子様のケツを持たなくてはいけないんだ、これもそれも朝倉がイケないんだ。
朝倉真一に呼び出されたのはバイトが始まった直後だった、溜息を付きながらわたしは店長に許可をもらって朝倉が指定した場所に向かった。
指定された場所はバイト先から川を挟んで三ブロック先の小学校だった。
到着したのはいいが、既に小学校の入り口には立ち入り禁止のテープが張られて中に入れる状況ではなかった。
どうしたものかと考えていると、背後から声を掛けられ振り向く、細身の体に黒い胴縁の眼鏡をかけている。
ぶ厚いレンズの向こう側のにも関わらず眼光は鋭い、男。
朝倉だ。
「朝倉、何があったの?」
「先程だ、見えるか、ブルーシートの掛かっている教室が」
朝倉が指を先には確かに青いシートで覆われた教室が見える。
「あの教室内で児童、二十五名が死んだ、いや、殺されたと言うのが正解かもしれない」
「どういうこと?」
「まあ、見ればわかる、行こう」
わたしを連れて朝倉は立ち入り禁止のテープを潜り、学校の中に入る。
教室内には既に鑑識やら警官やらが世話しなく動いている。
「おい、誰だ部外者を入れたのは!」
一人の警官がこちらに向かって吠えている。
朝倉はその声が聞こえていないのかいるのか教室内をキョロキョロと見ていた。
「ここは部外者立ち入り禁止だって、外のテープが読めないのか!」
「済まないな、読めるがあえて無視させてもらった」
「なぁ!」
おいおい、喧嘩を誘うような言い方するなよ、とわたしは朝倉の後ろで溜息をする。
「君、ここの責任者は何処にいる?」
「わたしだが」
奥から現れた早老の警官が現れる。
「失礼、防衛省情報本部システム情報警務隊の朝倉真一だ、現時刻を持ってこの事案は我々引き継ぐ事となった、今上がっている全ての情報を引き渡してもらう」
防衛省内部に組織された対アルケイド人犯罪を取り締まる部署、通称情報警察。
彼、朝倉真一はこの部署の統括責任者、そして警察からはこう呼ばれている。
「狩人か、おい、今上がっている情報をこの人殺し野郎に渡せ」
「ありがとう、それから語弊がある、わたしは人は殺していない」
「だろうな、殺しているのはアルケイド人だな」
嫌味と軽蔑を込めた言葉がどこか胸に突き刺さる、ここにもアルケイド人はいる。
でも、朝倉は気にしない、悪びれる様子もない。
彼曰く殺しているのはアルケイド人であり、地球人ではない、故に自分は殺人者ではないと言いたいのだ。
彼はアルケイド人を目の前にしてもそう言うだろう、いや、既にわたしの目の前で言っている。
朝倉にとってアルケイド人は人ではない、彼にとって人とはこの星で生まれた人間種を指すことであり、外宇宙からやって来たアルケイド人は人に似通った動物なのだろう。
「これは預からせてもらうよ」
「そっちらは?」
「捜査協力者だ、これについては詮索は無用、居ないものと思ってくれ」
はいはい、わたしは最初からいませんよ。
と、心の中で呟きながら教室全体を見渡す。
壁一面に赤いペンキを塗りつけた様に血で染まっている、運び出される死体はどれも原型を留めていない。
死体はどれも風船が破裂したかの様に、内臓が外に飛び出していた。
どう考えても人間の仕業ではない、術だ。
だが違和感を感じた、人を殺したいという意志が感じなかった、でも強い恐怖と怒りの意思を感じる。
「何か感じるか?」
「いや、でも、残留的な『意思』は感じる」
「術か? どんなスペルだ?」
「なんとも、でも、力的には左程のモノではないな、おそらく上手くコントロール出来なかったことによる、暴走だろうね」
わたしを伏せて曖昧に答える。
「フムン、だが、この教室にはアルケイド人は居ないようだ」
「何だって?」
わたしはその朝倉の言葉に目を丸くする。
「全員日本人だ、アルケイド人は居ない」
「なら、人間がやったと? どうやって?」
「わからんがな、でも、一つ言えることがある」
「一つ言えること?」
「死体が一体足りない、それがどういう意味を持つか解るか?」
「そいつが犯人だと?」
「確証はない、もしかしたら誘拐された可能性はある、どちらにせよ、人間が起こした犯罪なら警察の仕事だ、しかし、アルケイドならうちの仕事だ、雲母 要わかっているな?」
無論だ、と言いたいけど、それをグッと堪え無言で頷く。
教室を後にし、朝倉は行方不明になっている児童の家を訪ねる。
両親は泣き崩れながら『娘はどうなったの?』と朝倉に藁をすがる様な思いで聞いてくるが、この男に良心と言う心はない、真顔で『生きていれば無事だろう、死んでいるなら化け物の腹の中だろうな』と平然と言ってのけた。
二人はさらに激しく嘔吐するように泣き崩れる。
「泣いているところで済まないが、これも仕事、捜査協力をしてもらいたい」
「協力でも何でもする、だから娘を!」
「ここ最近アルケイド人に会いましたか?」
「いえ、会っていない」
「娘さんのお友達にアルケイド人は居ませんか、もしくは、その友達にアルケイド人関係者が居ないか」
「いえ」
両親の答えに嘘はない、わたしは、そう感じた。
「お願いです、娘を、娘を!」
泣きすがるように言う母親に朝倉は冷静に答えるだけだった。
「無論、全力を尽くしますが何しろ相手はアルケイド人です、不測の事態だけは、覚悟していてください」
なんと無慈悲な奴なんだ、安心させる言葉ぐらい掛ければいいのに、わたしは心の中で呟きながらもそれはないなと思った。
アルケイド関連の事件となれば朝倉は容赦しない、彼の方針は『アルケイド人が少しでも反抗したら直ぐに対処しろ』と言う。
この対処と言うのは対象を生きたまま捕えろと言うことは出ない、殺しても構わないという意味だ、アルケイドの対して情け容赦ない男、それがアルケイド人社会内での共通認識である。
朝倉が来たら関わるな、関われば例え事件に関連がなくても、豚箱に放り込まれると言う輩もいるがこの考えは間違いではない、実際に捜査協力者を何人も逮捕している。
まあ、どうしてこの男はアルケイド人に対して容赦がないのか、簡単な話だ、身内をアルケイド人に殺されたからだ。
聞いた話では両親を殺され姉が連れ去られたらしい、しかも、目の前で。
そう、アルケイド人に対する朝倉の容赦ない捜査は方針は『私怨』だ、かなりドス暗い程の『私怨』でも、わたしはその『私怨』を読み取ることはできない、彼の心の中は何重の『鍵』が掛けられておりそれを解くのは精神を擦り減らすことに等しい、そもそも、覗く気はない、人の精神は複雑でそれを読み取るのは危険な行為だ。
ましては強い意志を持つ者の精神を見るのは、その意思に飲み込まれる可能性がある。
だからわたしは朝倉の心の中を覗かない、たぶん、それは朝倉は分かっている、だからこそわたしを使うのだこの男は、こいつは自分の中を覗かないと、それは信頼云々ではない、単に使える駒としか見ていないのだ。
「要、どうだ、何かわかったか」
部屋の中をグルグル回るわたしに朝倉は言う。
わたしは、無いと答えると朝倉は静かに、そうか、と言うだけだ。
「では、我々はこれで、行くぞ要」
「行くってどこに?」
「死体安置所だ、先程司法解剖が終わったそうだ」
「まさかと思うけど……」
「死体から『残留思念』を読み取れ」
わたしは溜息をつく、『残留思念』を読み取るのは命懸けだ。
死んだ人間の思念は大きく分かれて二つに分類される。
『安らぎ』と『恐怖』だ。
安らぎはまだいい、死を受け入れているからだ、しかし、恐怖は違う、恐怖は死を受け入れていない、それはそうだろうと要は思う。
突然殺されたらそれは死を受け入れることすらできない、何故、どうして、殺されなくてはいけないのか、そう思って死ぬハズだ。
そんな感情が死体には生命活動を失った体には最後まで残る。
恐怖はどんなことをしても消えることはない、その肉体が朽ち果て、土に還るまで。
安置所で見たのはそれはもう、見るも絶えない悲惨な死体だった。
「早くしろ、ご家族が来る前に済ませろ」
「わかってるよ」
まだ、十歳ぐらいの男の死体、その目には恐怖がこびり付いているのだろう、恐怖により見開いたままだ。
わたしは子供の最後の思念を読み取るために、額に手を置く。
意識を集中させる、ふわっと体が浮く感覚がした後、急激に男の意識に吸い込まれる。
暗い穴が蔵の中を通り抜けるよう、意識の奥へと進む。
そして光が差し込み、映像がわたしの頭の中に広がる。
最初に視界に入ったのは、大きな緑色の黒板が広がる。
授業中だろうか、映像が切り替わる。
次は襲われている最中なのだろうか、映像と共に死の恐怖が鮮明に感じる、飲まれそうになる意識を何とか堪える。
そして最後、恐怖と悲しみと無念と子供らしい多種多様な感情が一斉に襲い掛かる、濁流の様な意識の中に微かに感じたのは『どうして』と言う疑問の感情、この子は何を疑問に感じたんだ、その時だ、わたしは普段やらない事をやってしまった、深く入り込んだのだ、死に向かっている『意識』の奥に入り込んでしまった。
恐怖の感情、絶望の感情が流れ込む。
この子の声が流れ込んでくる。
『助けて、助けて! 死にたくない、死にたくないよ! お母さん!』
その感情は絶望に代わり、この体を支配を始める。
このままでは、感情に飲み込まれる。
死ぬ、わたしは死体から手を放す、額から滝の様な汗が流れ落ちている。
「何か読み取れたか?」
「大丈夫だったのか…… その一言ぐらい有ってもいいと思うのだが」
「必要のないことだ、お前がダメなら他を探す」
「まったく」
「で、どうだ?」
「残留思念に違和感があった」
「違和感? どんな違和感だ」
「疑問だ、この子は死の直前に疑問を抱いている」
「フムン、成程な」
そこで、朝倉の携帯が鳴り電話をしに外に出て行く、残されたわたしはその子の額に手をやり、一言だけ言う。
「怖かったでしょう、あなたの魂に幸あれ」
「要、本部に戻るぞ」
本部に戻るなり、朝倉はわたしに旧首都東京に行けと言う。
「相手が分かったのか?」
「いや、未だに憶測の域だ、それを確かめるためにお前に行ってもらう」
憶測で物事を語る朝倉は久しぶりだ。
朝倉は確実な情報の元にわたしを含めた部隊を動かす、決して憶測で部隊を動かす人間ではない、そんな朝倉が久しぶりに憶測で動くのは珍しい。
わたしが珍しそうな顔で見ていると朝倉は読んでいた資料をわたしに投げ渡す、それに目を通してわたしは溜息を付く。
なぜ朝倉が憶測で部隊を動かすのか理解できた、これは恐らくこの隊が始まっていらの出来事だからだ。
「この情報が本当なら、どう対処するんだ?」
「状況によるが、対処はいつものようにだ、地球人の犯罪なら警察に渡す、でも、アルケイドならうちの仕事だ、目標の生死は問わない」
「あいよ」
「あと、お目付け役が変わる」
「この前の新入りの文官は長く持たなかった」
「所詮は厚生労働省からの人事交流で来た人間だ、あの程度で精神に異常を起こすとはなんとも情けない」
「薄情だな、一時期でもあんたの部下だったんだ、労いの言葉ぐらい」
「不要だ、わたしは労いの言葉をかけるつもりは毛頭ない、それでも、して欲しいのか、アルケイド人」
「要らねえよ、ばーか!」
そして今と言うわけだ、さて、本当にそろそろ準備運動でも始めるか。
わたしは立ち上がり、肩を回し、屈伸する。
「随分余裕だな」
「まあ、成れているからね」
そう、成れているこう言うのは、でも、彼は違う。
「緊張しすぎだよ、リラックス、リラックス」
「リラックスなんか出来るか、相手はアルケイド人、術を使う化け物だ!」
「わたしもその化け物なんだけど?」
「統括長からお前が少しでも不審な動きをしたら撃っていいと言う許可は貰っている、言え、敵はどこから来るんだ!」
「まっすぐ、このトンネルの奥だよ」
彼の顔色は余り良くない、額には大粒の汗が流れている。
緊張で歯軋りし、手が震えている。
流石に前回の相方の件もある、また、精神異常を起こされた堪ったものではない。
「ねえ、あんた、名前は?」
「えっ?」
「名前、わたしは雲母、下の名前は要って言うの、あんたは?」
「……桂城だ、柱の城と書いて桂城、勝つ馬と書いて、勝馬だ」
「いい名前だね、雲母って言うのは日本語で苗字だけど、アルケイドの名では名前なんだ」
「名前?」
「そう、わたしのアルケイドの名『キラーラ・カンメ・アールケード』それがわたしのアルケイドとしての名前」
「それがどうした?」
「わたしの一族は、アルケイドの中でも特殊な一族なんだよ」
「特殊な一族?」
「見せてあげるよ」
そう言ってわたしは桂城の首に手を回し、顔を引き寄せ唇を重ねる。
「なぁ!」
顔を赤らめる桂城に瞳に視線を合わせる。
「な、何しやがる!」
「勘違いしないでね! 別にあんたの事何にも思ってないんだからね!」
と、棒読みする。
「そんなテンプレを聞いているんじゃない! 何が目的だっと言っているんだ!」
「何が目的? ナニが目的、クスクス」
わたしは視線を下に落とす、桂城もそれに釣られ視線を落とすと、股間の辺りのズボンが膨らんでいた。
咄嗟に前屈みになり、赤らめた表情をわたしに向ける、まるで乙女だ。
「何、発情してんだよ」
「うるさいィ! お前何かしたな!」
「さあ、何のことでしょうかね」
「惚けるな! クソッ! どっしてお前なんかに!」
「ドキドキが止まらないか? うん?」
「黙れ!」
「まあ、キス程度で興奮する何って、もしかして童貞? クスクス」
「う、うるさい、悪いかよ」
「えっ? 嘘マジ?」
「……」
「沈黙は正解と受け取るけど」
「お好きに」
うわヤバ、おもろい奴、捕まえた。
「それより、どうして…… その、何だ、クソっ! お前なんかに色を覚えるんだ!」
「そうなるようにしたからだよ」
「ど、どういう意味だよ」
「『血統術』わたしは、その時に感じた感情を凍結することができるんだよ」
「凍結?」
「そう、あんたは、わたしにキスされて一瞬興奮した、その時にあんたの感情をその状態で固定したんだよ」
「……そんなことができるのか?」
「できるよ、だって現にあんた、興奮してるじゃないか」
桂城は返す言葉がないと言わんばかりに顔を逸らす、しかし、この『感情凍結』は極めて危険である。
固定された感情以外に行動が起こせないからだ、例えば怒っている状態なら一生怒り続ける、そのうちに怒り過ぎて精神的に可笑しくなる、死にたいと思っている人間にその死の衝動の感情で凍結すれば、どんな方法を使ってでも死のうとする。
つまり、感情凍結は死を誘うことに繋がる。
まあ、こいつの場合は大丈夫そうだけど。
「恐怖に支配されるよりはましだよ、恐怖は頭の思考を停止させる、まだ、色ボケの方がマシだよ」
「ふざけんな! 早く解け! このままじゃあ戦えないだろう」
「ああ、戦えない、どのみちあんたじゃあ、戦えない!」
「どういう意味だよ! それ!」
前屈みの状態で言う桂城を尻目に、わたしは薄暗いトンネルの向こう側に視線を向ける。
気配がかなり強い、もう、目の前まで来ている。
「……来た」
わたしが静かに言うと、桂城はわたしの視線の先に目を向ける。
薄暗いトンネルの向こう側から、静かな足音と幼い子供のすすり泣く声が聞こえて来る。
そしてそれは現れた。
「こ、子供?」
そう、子供だ、少女の。
行方不明の子供。
「ママ、ママ怖いよ!」
大粒の涙を流しながら母親を求めている。
わたしは背筋が凍り付く、桂城には普通の少女に映っているに違いない、でも、わたしには違うモノが映っていた。
黒く染めあがった『怒りの感情』だ、それは既に感情を制御できることができない程に黒く歪んだ『怒り』が彼女の意思には無関係に飲み込んでいる。
「君、大丈夫か」
桂城は迂闊にもそれに近づこうとしていた。
「近づかないで!」
少女が叫ぶと同時に黒い、『怒りの感情』が触手のように広がり桂城に向かって行く。
「頭を下げろ!」
わたしは叫ぶと同時に足の裏に意識を集中する、踏み込んだ地面はまるで爆弾が爆発したかのような破裂音と共に地面に穴が開くと瞬間移動の如く桂城まで間合いを詰める、そのまま、桂城を抱きかかえ、後ろに仰け反る様にして下がる、それとほぼ同時だった、桂城が立って居た地面が轟音を響かせ爆散する。
「なあ、何だ! 一体何が起きてんだ!」
「起きてるのは、お前の竿だ!」
「冗談言っている場合か!」
「来た!」
「えっ?」
真横にステップすると同時に壁が再び音を立て粉砕される。
『怒りの触手』は敵意を剥き出しにこちらに襲い掛かる。
「やめてよ! ねえ、お願いだから! やめてよ!」
あの子が叫ぶが『怒りの触手』は攻撃の手を緩めない。
わたしは身を捩じらせ触手の攻撃を躱しながら、『怒り』の根源を探す、あの資料が本当なら原因は間違いなくあそこにある。
「あれは何だ! あれは!」
「さあな、人間であり人間ではない」
「なんだそれは! アルケイドではないのか! 地面が爆発したんだぞ!」
「あの子は人間だよ、でも、あの子の中に在るモノは違う」
「何の話だ!」
「後で説明するよ、それより今は、アレをどうにかしないと」
抱きかかえていた、桂城を無造作に話す。
「グフゥ!」
「あら可愛い」
「ふ、ふざける! ワザとだろう!」
「竿オッ立てて言っても説得力ないな」
「クソッ!」
起き上がり銃を構えようとする桂城にわたしは叫ぶ。
「やめろ!」
叫ぶのと同時だった、桂城が引き金を引く。
放たれた弾丸は少女の額を打ち抜く弾道、あの子が死ぬ。
わたしは意識を集中、桂城の銃から放たれた弾丸は少女の額の寸前で減速、弾丸は金属を響かせながら、少女の目の前に落ちる。
「なあ!」
「撃つなバカ!」
「何言っている! あの子はアルケイド人だ!」
「違うって言っただろう!」
「何を根拠に!」
「それはーー 壁から離れろ!」
途端に桂城の真横の壁から触手が現れる。
意識を手中して、その触手の動きを止めるが、そこでさらに違和感を感じる。
この怒りは人間だけに向けられてるモノではない、同族にも向けられている。
探りを入れるか、でも、触手の攻撃を止めながら出来るか、そう考えていると、桂城が少女に銃口を向けている。
声より先に銃声が響く、すると止めていた触手が動き少女に覆いかぶさるように『怒りの感情』の壁を作り出す。
弾丸はその『怒りの壁』に阻まれ明後日の方に弾かれる。
「銃が効かない」
間違いない、最悪のパターンだと思った。
あの『怒りの感情』が少女を守る、その理由は唯一つである。
『怒りの感情』と少女の命は繋がっている、間違いない。
あの感情は少女に寄生している、その寄生元を断てば間違いなくあの少女も死ぬ。
再び構える桂城に撃つのを止めさせる。
「何故だ!」
彼はわたしの言葉に異を唱えるがわたしは聞く耳を持たなかった。
出来る事なら少女は助けたかった、でも、もう無理だ、あの少女の意思とは無関係にあの怒りの感情は少女から離れない、少女の意思と怒りの感情が混ざり合っている。
絵具を混ぜると濁るように、この二つの意思は濁ったように混ざっている、混ざった絵の具は分離できないし戻すことはできない、この二つの感情はそれに似ている。
頻りに母親を求める少女には悲しい現実だ、彼女は助からない、なら、わたしに出来ることをやるだけだ、そのことにこの新入りが何を言うべきだが、桂城が何をするかわからない、これ以上を犠牲を出さない為にも、この混ざり合った意識は消えてもらう必要性がある。
「桂城」
名前を呼ばれて彼はこちらを振り向く。
「な、なんだ」
「これからわたしがすることを良く見ていなさい、そして覚悟を決めなさい、この部署に配属されたら今後もこのような目に遭うことを」
わたしは桂城から拳銃を奪い取ると、構える。
わたしの腕にはすごく重く感じる鉄の武器、引き金を引けば確実に相手を殺せる。
「ねえ、あなた」
わたしは少女に声を掛ける、『怒りの感情』敵意をこちらに向けて来る。
泣きはらし、目を赤くした少女が顔を上げる。
「ごめんね、もう、あなたはお母さんに会えないの」
「どうして!」
「あなたをこのまま地上に出したら間違いなく多くの人を殺す、あなたは子供ながら直感的にそう感じてこの地下鉄に逃げたのよね」
これは朝倉の考えだ。
朝倉は桂城と合流する前にそう言っていた。
『お前の感じた恐怖感と言うのは、あの少女が人を殺したという実感を持っていたからだ、この力は制御できない、制御できないければ自分の意思とは無関係に人を殺す、少女は無い頭で必死に考えて逃げることを選択したんだ』
その後に余計な一言を言う。
『よく逃げてくれたと言っておこう、これで仕事がしやすい』
と、ああ、やな事を思い出した。
そうならない、まだ間に合うハズ、朝倉にギャフンっと言わせたかった、何よりも娘を心配しているあのご両親の元に返してやりたかったが、もうそれは叶わないだろう。
「でも、ごめんね、お姉ちゃん達が来るのが遅かった、ごめん、苦しかったよね、怖かったよね、でも、大丈夫だよ、今、終わらせるから」
もう、少女は泣き止んでいた、少女なりに事態の状況が飲み込めたのだろう、いや、どこかで気付いていたのかもしれない、こうなるのを。
わたしは引き金に力を籠める。
思い引き金が撃鉄を起こし、乾いた音共に鉛の弾丸が発射される。
発射されたのは普通の弾丸だ、でも、わたしはその弾丸に槍のイメージを植え付ける。弾丸は『怒りの感情』を撃ち砕くために槍のへと形を変える。
形を変えた槍は少女の心臓を貫いた。
ぽっくりと少女の胸に穴が開き、力が抜けていくように少女は静かに地面に倒れて行く。
「……殺したのか?」
「ああ、そうだよ」
殺したくはなかった、出来るのなら助けたかった、でも、それは出来ない。
感情に飲み込まれた少女を救うのはもう出来ない、なら、わたしがやるべき事は唯一つだ。
わたしは溜息を付き持っていた銃を桂城に渡す、正直疲れたと思っていると桂城が静かに銃口をこちらに向けていた。
「おい、拳銃がヤバイ方に向てるぞ」
「今すぐ、両手を頭の後ろに組んで跪け!」
「……なんで?」
「言うとおりにしろ!」
わたしは桂城に向き直る、桂城は一瞬怯んだが直ぐに一歩前に出て銃口をわたしの額に押し付ける。
「何の冗談? 股間膨らませたまま、わたしを組み伏せるつもり? それ、強姦未遂だよ」
「うるさい、まず、この最悪な気持ちを解け!」
「はぁ、はいはい」
わたしは桂城の目を見る、感情凍結を『凍結』するにも『解凍』するにも相手の目を見なくてはならい。
欲情の感情から解き放たれた桂城は怒りを顕わにしてわたしに迫る。
「貴様! なんで殺した!」
「仕事だから」
「だから殺したと? 子供を!」
「……そうだ」
「ふざけるな!」
「ふざけてないさ、全てが遅すぎたんだよ、いや、この事件が起きて時点で遅すぎたのかもしれない」
「どういう意味だ?」
「それはーー」
わたしはその先の言葉が出なかった、背筋が凍るような悪寒が体全体に走ったのだ。
怒り感情、それが広がり憤怒になりこの廃線全体を覆っている。
わたしは振り向くと、胸を打ち抜かれた少女が事切れた人形の逆再生を見ているように、ゆっくりと、かくかくした動きをしながら、力なく起き上がる。
胸からは黒い血が滝の様に流れ、そこから憤怒の怒りがが噴出していた。
死んでない、あの子の中に在るモノは死んでいない。
桂城も気づいたのだろう、止めさせるよりも指に力が入った桂城は拳銃の引き金を引く。
悲鳴に近い叫びを上げながら引き絞られ放たれた弾丸は少女の目と鼻の先で弾かれる。
弾が切れた桂城は恐怖のあまりに無造作に引き金を引き絞っていた。
『殺す……』
あの子の声ではない、あの中に在るモノの声だ。
再び怒りの触手と化した怒りは弾倉を交換しようとしてた桂城を襲う。
わたしが叫ぶよりも早く触手は桂城に襲い掛かる。
触手は桂城を掴むとそのまま桂城を壁に叩きつける。
鈍い音と共に桂城の呻き声がトンネル内に響き渡る。
そのまま触手はわたしに襲い掛かる、わたしは足に意識を集中して後ろに跳躍する。
このままでは全滅だやるしいかない、わたしは着地と同時に足を捻るようにして、体制を変え今度は前へ、襲い掛かる触手を類を躱しながら突き進む。
少女が目の前に見える、もう少しだ、がしかしだ、地面から怒りの触手が現れる、しまったと思ったが遅かった。体に纏わり付く様に触手はわたしに絡み付き、体が宙に浮く。
あと少し、そう思った時だ。
銃声。
同時に触手の力が一瞬だが弱まる、わたしは触手を払いの退ける。
終わりにする、少女の目の前に着地した少女の目を見る、既に生気はない瞳にわたしが映っていた。
わたしはそのまま網膜を通じて体中にわたしの意識を送り込む、どこにある、どこに居る。
わたしは探す、この怒りの根源を、どこに居るんだ心の中で叫んだ時だ。
それはあった、微かに残る最後の意思を見つける。
そこね、わたしは感じる意識の元にわたしは掌を押し当てる。
ごめん、わたしはそのまま腕が槍になるイメージをする、実際に腕が槍になる訳ではないがその様にイメージしないと上手く貫けない。
イメージを固めたわたしは、そのまま指先を槍の穂先にイメージしてそのまま指し込む、鋭利な刃物と化した指先は少女の皮膚を破き肺を切り裂きながら、最後の意識の破片目掛けて指し込んだ。
生暖かい感じと血の匂いが鼻腔を刺激して吐き気が込み上げてくる。
このまま貫かせてもらうよ、わたしはそのまま最後の意思が残る破片、心臓の一部を突き破った。
後日
わたしは燕尾服に袖を通して、店の中を紅茶とパンケーキをトレイに乗せて忙しなく動いていた。
「お待たせしました、本日のティータイムセットです、お嬢様」
客から向けられる潤んだ眼差しが痛い。
「要様! こちらも!」
「要様!」
「要様!」
もううるさいよ、言わなくてもわかっているよと言いたいけど、喉から零れ落ちそうになった感情を飲み下して接客する。
とにかくこの時間、日曜日の午後は目が回る忙しさだ。
頼むからこれ以上客来ないでくれと思ってもその願いは成就しない、店のドアが開く音がして振り向きいつもの営業スマイルを向けようとするが、その顔が引き攣ってしまった。
目の前に居たのは朝倉と腕にギプスを付けた桂城だった。
「どうした、旦那様のお帰りだ、出迎えろ」
「お、お帰りなさいませ、旦那様」
「フムン、似合わんしキモイな」
じゃあ言わすなよと心の中で叫ぶわたし。
「ええ、似合いませんね」
残りの腕も折ろうか今この場で、えッ! 桂城! しかし、ここで騒ぎを起こしたくないのでわたしは引き攣った顔をしたまま、二人を席に案内する。
「ご注文は何になさいましょうか、旦那様」
「フランス産の十二年物のワイン」
「……旦那様、当店ではそのようなモノはございません、普通のワインでよろしでしょうか?」
「それでいい」
「良くないですよ一佐、今、勤務時間中です」
桂城が鋭く突っ込む。
「すみません、ソフトドリンクを二つ」
「かしこまりました、旦那様」
「フン、似合わん」
「一佐!」
落ち着け平常心、平常心。
わたしは込み上げて来た感情を抑える。
グラスを配膳してさて離れようとしたら、朝倉に呼び止められる。
「何でしょうか、旦那様」
引き攣った笑顔で言うわたし、朝倉は鞄からファイルを取り出してそれをわたしに押し付ける。
「今回の事件の詳細だ、気になっていただろう」
「雲母さん、機密書類なのでくれぐれも」
「わかってるよ」
わたしはその文章に目を通す。
あの日、わたしが殺した女の子も犠牲者の一人だった。
彼女は生まれてすぐに心臓に疾患があることが判明して、心臓移植を受けないと十年の生存は難しいと言われていたとのこと。
そんな少女が突然と元気になり学校に通うようになったことで、住んでいる近隣からは奇跡が起きたと言われていた、しかし、そんな都合のいい軌跡などは起きるハズはない。
その軌跡は作られたものだ、そう、闇臓器売買と言う
「死んだ女の子から回収された組織片からアルケイド系細胞が確認されました、その事を両親に確認した所、正規での心臓移植ではなく闇ルートによる心臓移植を行ったことを認めました」
「この国では小児生体移植の事例が少ない、海外での移植を進められたようだが渡航費などの問題、両親の財政問題も相まって、なかなか移植ができないで居た」
「そんな中、無料で生体移植を受けられるという申し出が有ったそうです」
「随分とタイミングがいいな、ご家族は疑わなかったの?」
「移植を受けないと十年以内生存は絶望的であると言われれば、誰でも食いつくだろう」
「そして移植を受け今回の事件に繋がったと言う訳です」
「……それで使われた心臓の持ち主は特定できたのか?」
「無論だ、コミュニティの生体データベースに登録があった」
「居留区の出か……」
「名前は日暮エレミ21歳の新都内の大学に通う大学生、今から半年前に男友達と共に出かけたまま行方不明になっている」
「アルケイド人も絡んでい居たので初期捜査は警察合同で情報警察も参加していましたが……」
「我々は辞退した」
と、煙草に火を付けようとしたのでわたしは取り上げる、何をするんだと言いたげそうな顔をするが、わたしは顎をクイッとして壁の方を指す、そこにアニメのイラストで『禁煙だよ!』と書かれたチラシが張られていた。
朝倉は渋々煙草をしまう。
「そえで、どうして捜査から手を引いたの朝倉?」
「彼女に犯罪歴はなく、アルケイド人としての精神鑑定でも正常だった」
居留区に住む純粋種のアルケイド人は一年に一回の定期精神鑑定が義務付けられている、術の制御は精神力に比例する、精神不安定は術の暴走を招きかねないからだ。
「この事件は『アルケイドの犯罪に巻き込まれた』のではなく、『人間の犯罪にアルケイド人が巻き込まれた』と判断した」
「しかし、実際は違っていた」
「ああ」
「犯人の目星は?」
「ご両親の話では、やり取りはメールと電話のみ、犯人とは直接会ったことはないそうです、無論メールから発信元特定しようとしましたが、いくつかの海外サーバーを経由と偽装サーバー使っているようで、追うのは無理とのことです」
「最後の頼みの綱であった、手術を行った闇医者を当たったが、そこは火事で全焼、焼け跡から複数の遺体が発見された、その中に臓器類を抜かれた遺体があった」
「それが、今回の被害者?」
「ええ、DNA鑑定の結果間違いないかと」
「朝倉、今回の事件はどう処理するつもりなんだ?」
「警察には今回の事件はアルケイド人特有の『精神暴走』として被疑者死亡として処理、ご両親には医療法違反と人身売買教唆の罪で書類送検、そして、あの子は戸籍上から抹消するすべては精神制御出来なかった、精神異常者のアルケイド、日暮エレンが起こした事件として処理だ。」
「……あの子の存在そのモノを消して、全てはアルケイド人の所為にするということ? この子も犠牲者だ」
勢いよく資料をテーブルに叩きつける、響いた音で店の中に居た客の視線が集まる。
「では、有りのままに公表するか? そうなればあの子は『犠牲者』としてではなく『加害者』として記録に残る、同級生を二十人も惨殺した異常者として」
「だが――」
「誰かが悪役になるしかない、そうでなければ被害者遺族の無念は晴れない」
「その過程で犠牲になるアルケイドの民はどうなる」
「それは君達の問題だ、君達が分別を持ち、誤った道を進まなければいい、そして、それを導くのは君の仕事だ、要」
朝倉はソフトドリンクを一気に飲み干し、金を置いて静かに出口に足を向ける。
「領収書はお前が持って来い」
「……だれが持っていくか」
「桂城、あとで要を迎えに行け、こいつの上りは十時だ」
「えっ、あ、はい」
朝倉はそれだけ言い残して店を出る、その背中に中指を立ててるわたし。
「雲母さん、これでいいのでしょうか」
「言い分けないでしょう、異常な事件が起きる度にわたし達の所為にされたんじゃ堪ったもんじゃない」
「アルケイドの臓器を移植しただけで、アルケイドの力が使える、アルケイド人とは一体……」
「『だから息子よ、強くなれ、誰よりも強く強く』」
「えっ?」
「アルケイド人がこの星に逃げて来た時に以前から、生まれた子に最初に教える言い伝えだよ、アルケイド人の細胞は異様な再生能力を持っている、他の細胞を取り込み置き換える程に」
「置き換える、そんなことが」
わたしはワイングラスを片付けながら桂城に言い聞かせるよう、話す。
「アルケイドと言う意味、知っている?」
「君達を指す言葉だろう」
「違うよ、この星に流れた着いた時代の王が『我らはアルケイドではない』と言ったのを、『アルケイドである』と誤訳したことが由来だよ」
「……本当の意味は何だ?」
テーブルを引き終わり、わたしは静かに溜息をしながら言う。
「地球の言葉で近いのは…… 『家畜』って意味だよ」
それだけ言ってわたしは厨房の奥へと下がった。
バイトが終わり大通りには仕事帰りサラリーマンや飲んだくれがうようよしている。
わたしはその中を歩いてた、このモヤモヤしたイラつきは朝倉に対してだろう。
ふと、大通りに面する商業ビルの大型スクリーンにニュース情報で先の事件のテロップが流れる。
『小学校にて集団殺害事件、犯人はまたもやアルケイド人か?』と言うテロップがデカデカと文字の羅列が流れる。
「ホント、怖いよなアルケイド人って」
電光掲示板を見ているカップルの会話が耳に入る。
「絶滅してくれないかな、そうなれば日本は世界一安全な国になる」
「本当だね、居なくなればこんな事件なんか起きらないのに」
「なんで、地球に来たんだ、ほかの星に行けっつうのによ」
そのような会話が鼓膜を通じて頭に流れる、この人達は何もわかっていない。
我々だって好きでこの星に来たわけではない、我々にはもうこの星しかないのだ。
この星以外にもう、行く当てがない。
この広い宇宙で我々が住める星は数少なく、ましてや他の星系人に見つからない星はここしかない。
この事件で我々の排斥は一層強くなるだろう、下手すれば何の罪もないアルケイド人が正義と言う名の報復を受ける可能性がある、そうなればアルケイド側にもいる反地球思想の地球人への敵対感情が芽生える可能性がある。
わたしは家路に向かわず、町から少し離れた公園に向かう。
丘の上の展望台には二つの光景が広がる、一つは再建された新都東京の姿は三日月型にネオンの光で街の全景が良くわかる、そして薄暗いまるで戦争でも会ったかのような廃墟と化し海へと沈んでいる街、旧都東京。
その旧都東京に小さな円状の光がある、その光が居留区と呼ばれるアルケイド人の街だ。
「ここに居たのですが、雲母さん」
名前を呼ばれる、振り向かわないでも声でわかる。
桂城だ。
「店を訪ねたらもう出たと言われて……」
「ここ教えたの店長?」
「ええ」
「奇麗よね、この光景」
「好きなんですが?」
「嫌い、この光は今のこの国をそのまま表してるから」
「そうですが、ならおれと同じだ」
桂城はわたしの隣に立つ。
「何か用?」
「今回の件、雲母さんはどう思いましたが、その…… 統括長のやり方」
「いつもの事だよ」
「そうですが」
なんだが歯切れが悪いなコイツと思っていると急にこちらに体を向け深々と頭を下げる。
「何だよ、突然」
「まず、今までの暴言を許してほしい、おれは朝倉統括長と同じ考えだった、アルケイド人なんって消えてもさして問題にならないと」
「だから、別に謝ることじゃあ」
「でも、今日、被害者の遺族と遺体確認に立ち会った時に感じたんだ、家族を思う気持ちは地球人もアルケイド人も変わらないと」
桂城の話では遺体確認の為に日暮の遺族が呼ばれた、そこで黒焦げとなり変わり果てた娘の遺体を前にした母親が泣きながら『娘じゃない、娘じゃないわ、ねえ、探してよ」と泣き叫んだと。
「おれの周りにはアルケイド人は居なかった、見て聞いただけの世界に居たらおれは排斥運動者と同じ居なっていた、アルケイドは危険な種族、危険だから排斥しても罪には問われない、そんな考えがどこかに有った」
「いいさ、誰もが持っていることだよ、人間は自分より上位のモノを認めないし下等のモノは侮蔑する、我々アルケイド人も同じだよ」
「でも、他者を思う気持ちは皆同じだ」
桂城は真剣な眼差しは曇りもない真のある瞳をしていた。
「おれは今回の事件で犠牲になった、あの女の子も彼女も二人の無念を晴らしたい」
「何だが、昨日とは打って変わって顔つきが違うね、でもいいのかい、ここに居たら出世は望めないぜ」
「その覚悟は出来ている、自衛官はこの国に住む国民を守るのが仕事だ、無論、この国に住むアルケイド人も含まれる、いつかは二つの種族が分かり合えるその日まで、この国を守る自衛官として職務を全うするつもりだ」
「プフっ!」
「笑うなよ」
「大きく出たね、桂城准尉、でもいいのかい? 事件解決の為にその守るべき国民を殺すことになるかもしれないんだよ、覚悟は出来ているのかい?」
「出来ている」
桂城は大きな手を差し出す、初めて会った時は小さかった手だが、今は物凄く大きく感じる。
「これからよろしく、雲母さん」
「要でいいよ、こっちも桂城って呼ぶから」
「おれも下の名前で呼んでほしんだけど」
「一応ね、目上の人だから」
「ブフッ、意外と律儀なんだな、要は」
「そういうなよ桂城」
わたしは彼の大きな手を握る、この手には今後何回も救われることになるだろうな、この時のわたしはそう思った。
これはわたしの感だ、コイツはわたしの長いパートナーとして共に仕事する。
この三日月の下で握り返した手の顔は最初に会った顔よりカッコよく見えた、わたしはそんなことを考えたのである。
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