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見てはいけないもの


 ――さて、今日こそは! と意気込み、わたしは先にシャワーを浴びていた。


 もう日は傾き、真っ赤な夕焼けをファンは切ない瞳で窓から見守っていた。時々見せる彼の切なく寂し気な瞳を……わたしが、げ、げ、元気付けてあげるんだ~!


 昨日は酔っ払って醜態をさらしてしまったが、今日こそはと念入りに身体を洗う。

 髪はいつも使っている安物の「お徳用詰め替えシャンプー」ではなく、先程こっそり購入した高くて香りのいいチューブ入りの物を使う。

 細かなエチケットも欠かせない。冬はどうしてもおろそかになりがちな脇の下を処理しようとカミソリを持ったとき、


 ガチャ――。

「予も入ってよいか?」


 急に声がして振り返ると、シャワー室の扉を堂々と開け――、わたしの裸体を真顔でファンが見据えている……。彼は服を着たまま。


 ――あれ? なにこの状況――?


 初めてお父さん以外の男の人に裸を見られ、どうしていいのか困ってしまう。

 ――しかも右手にT字カミソリ、左手はパーで挙手。


「……ええっと~……。ああ、――ウキャアアアー!」

 隣の民家にまで届くような悲鳴を上げ、出しっ放しだったシャワーのお湯を彼に向けて掛けると、彼は身構えてお湯を手で必死に防ごうとするのだが、

「防ぐな――! 閉めてよ! エッチ! へんたい~!」

「予に向かって何をするか――! プハッ、プハッ!」

 息継ぎしてまで抵抗するな――!

「いいから閉めろ~」

 ――はうっ! っていうか、わたしが閉めればいいのか! 咄嗟に胸を隠していた手で扉を閉めた。

「バカ! ――最っ低っ! ドスケベ!」

 見られた! 上から下まで全部見られた~!

 ――泣きそう。というか、もう溢れ零れている……。


 いきなり扉を開けるなんて――!

 わたしの裸を見るなんて――!

 ファンは……王子様どころか――ただのケダモノの変態じゃない! 涙がシャワーと共に頬を伝い流れ落ちる。


 スン……スン……。しばらくそのまま泣いていると、扉の外から彼の声が小さく聞こえた。

「……卿らの文化、慣習を予は知らずにいた。……傷つけたのならば……謝罪……する」

「……」

 謝罪と口にする時、凄く声が小さく、不本意なのが伝わった……。自分が悪いことをしたなんて、これっぽっちも思っていないんだわ……きっと。


 ……悪いこと……。


 泣きながら考えていた。もし彼にわたしの初めてを捧げるのなら、裸を見られるのは……避けられないことなのかもしれない……。

 ……でも、女の子には心の準備って必要でしょ? 部屋の明かりは……暗くするのが、当たり前なのよね?


 ビチャビチャビチャ……キュッ。

 シャワーを止めると、急に静かになる。ファンはまだ扉の前に立ち尽くしたままだ。


「……ううん。わたしの方こそ……ごめんなさい。急にお湯を掛けてしまって……」

「……許そう」

 ……。

 ありがとうございますとは絶対言わない。絶対言えない。

「わたし、出るからそこをどいて、あっちに行っててくれる。……恥ずかしいから」

「……ああ、分かった」

 彼の気配が遠ざかると、わたしは少し扉を開けてそれを確認し、サッと体を拭いて服を着た。



 ビチャビチャビチャ……。


 彼がシャワーを使っている時……。

 何度、仕返しで覗いてやろうと思ったことか~――!


 いやだわ、ドキドキしてしまう。見たいけど……怒られるかもしれない。

 でも、わたしは裸を見られているのに、彼の裸をわたしが見ていないのは、どう考えても不公平よね?

 でもでも、自分がされたら嫌なことは、人にはしてはいけないと……小さな頃から何度も教育されているよね?

 でもでもでも、さっき彼は、「予も入ってよいか?」って聞いてきたわ。ってことは、わたしの裸を見るけれど、自分の裸を見られてもいいってことのハズだわ。


 やだやだ、なんかどうしようもないくらい興奮しちゃっているわ! ファンもきっと今のわたしと同じようにドキドキしていたのよ、きっと!

 わたしの対応が子供過ぎたことに……今更ながら後悔してしまう。


 ほんの少し……扉を開けてみようかしら……。勇気をだして……「お背中流しましょうか」と言えば、「うむ」と答えてくれるのかもしれないわ。


 それで……チラッと見てしまおうか……。


 え? ナニヲ?


 キャ~! 顔が赤らんでいく~。どんどん妄想がエスカレートし、それを止められないわ~。耳まで赤くなり、リアルに……鼻血が出そうな興奮……。やだやだ、どうしようかしら!


 ガチャ――。

 ――!

 急に扉が開き、ファンディルが扉のすぐ前にいたわたしに気付くと、目が合ってしまった――。彼はわたしと違って、慌てることもなければ照れることもない――。


 美しい金髪の先から顎を伝い、ポタポタ落ちる雫。

 鍛えられた胸板、六つに割れている腹筋を伝い、そして――?


 そして……突然わたしの視界はスーッと上の方から暗くなり、幸せの中で気が遠のいていくと、その場に座り込んでしまった……。


 それはまるで……。

 小学校六年の運動会……、来賓祝辞のときに気が遠くなったときと同じ感覚だった……。


 グランドでの来賓祝辞は長くても……一人一分の時間制限を……設けて……欲しいと……。



 ゆっくり目を開けるとベッドに寝かされていた。

 部屋は照明が消され、青白い月明かりがカーテンの隙間から差し込んでいる。

 彼がベッドへと運んでくれたのだろう。お姫様抱っこだろうか……。それとも両足を掴んでズルズルと引きずられたのだろうか……。

 彼の手は、今夜もしっかりわたしの服の中に潜り込んできている。


 お互いがお互いの生まれたままの姿を確認し合った……。

 なのに……今夜も……なにもないなんて。


「スー、スー、むにゃむにゃ、カッポン……」

 ……。


 侯爵様、なんのお夢を見ているのですか?



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