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拒否された


 走ると……やっぱり遠い。こんな時は自転車通勤の方がよかったと思ってしまう。


 自転車で通勤していた頃もあったが、数週間でやめたのだ。美容と健康のために歩くことにした……訳ではなく、自転車を盗られてしまったのだ。

 ……鍵を掛けずに置いていたら。


「……はあ~。そりゃあ自分の家だからって……鍵を掛けずに置いとく方が悪いよ……」

 警察の人に呆れられた。……でも、悪いのは自転車を盗った人よね……。

 自転車を盗る悪い人がいるから、鍵を掛ける必要があるのよね? そもそも、盗る人がいるから鍵なんてものが必要になるのよね?


 鍵を掛けなかったわたしが悪いのは……本当はおかしいのよね……グスン。

 二度と自転車は買わないと……心に誓った。



「ハア、ハア、ハア、ハア~」

 息を整えながらマンスリーマンションの階段を上がる。

 扉はわたしが朝、鍵を掛けた状態のままだ。新聞受けにはいつものようにチラシがたくさん突っ込まれている。


 鍵を静かに開けて、扉をそっと開けると……。彼は朝と同じ姿で本を読んでいた。


 やっぱり……。優香や菜々美が心配するような悪い人じゃなかったでしょ――。

 ホッと一息つく。走ってきて上がった息も、彼の美しい横顔を見ると、スウーっと落ち着いていく。


 でも、そのあとムカっとした。

 ――だったらスマホかスマッホか知らないが、なんで着信拒否をしたのか――!

 そのせいで仕事を途中で抜け出し、家まで走らされ、しかもその道中では口の中を何度も何度も手鏡で見てイカ墨の汚れを取るのに苦労させられたのだから――。


「ちょっとファン! なんでスマホに出なかったのよ。本が読めるんだから『着信』って漢字だって読めるハズでしょ?」

 こちらを見向きもせずに答える。

「触る部分を誤った。予のスマッホでは緑色が了解で赤色が拒否なのが常識だ。咄嗟に色で判断してしまい、緑を触った。だがその後、何も変化がなかったから放置したまでのこと。なにをそんなに案じているのだ」

「……そりゃあ……その……」

 優香や菜々美が心配するから、わたしもその気になってしまって……。

 ファンのこと、ほとんど何もまだ知らないし……。


 でも……人を見かけで判断してはいけないというが、ファンは……、嘘や悪いことをしない気がする。出した本はちゃんと片付けられているし、タンスやテーブルの上などの物も、朝と同じで触った形跡すらない。コップの水道水が、半分くらい減っているだけだ。


 イケメンって……嘘をつかないんだわ、きっと。だからいきなり彼を泊めてしまったんだと思う……。


 スマホには優香と菜々美からメッセージが届いていた。とりあえず、大丈夫と返信をしておく。二人とも仕事中だが、すぐに「既読」の表示がついた。そして次に、

『写真送れ!』

『写真見せろ!』

 が、怒り顔のスタンプと共に一斉に届く。


 ……写真か……。そういえば一枚も撮っていない。

「ね、ねえファン。写真って撮ってもいいかなあ?」

「写真だと? 予のか?」

 一瞬切れ長の目を更に細くして考えたかと思うと、目を閉じてからゆっくりと答えた。

「構わぬ。好きにするがいい。ただ、大衆の者に公開してはならぬ。予がこの地に訪問しているのが(おおやけ)にされては困る」

 つまり、ネット上で公開するなってことよね? そんなことするはずないでしょ。だって、わたしだけの王子様なんだから。

御意(ぎょい)~!」

 ルンルン気分でスマホを構え、彼の一番カッコイイ角度を探し、

 ――カシャ!

 写真を撮るのだが……。部屋が薄暗いせいか、逆光のせいか、彼の美しさが写真では十分伝わらない。


 リアルなファンが……一番美しいのは仕方がないのね……。


「卿は撮らなくてよいのか?」

「え? わたし?」

 いや、自撮りするほどわたしの写真なんて、価値はないんですけど。

「……そうではない。二人一緒に記念撮影をするのが、この地では流行っているのだろう。それに、スマホと呼ばれるこの通信装置の手前側のコレは、そのための物なのだろ」

 言いながらファンは、渡していたスマホの小さな黒いカメラの部分を指さす。


 わたしも最初、それがカメラだなんて知らなかった。

「よく知ってるわね」

「卿の持つ書籍に記載されていた」


 少女漫画も……好きなのね。


 二人で並んでスマホで写真を撮ると、わたしの顔の大きさに愕然とする。できるだけファンを前にして、わたしは少し引き気味でバランスを調整し頬を寄せ合って~、


 ――カシャ!


 撮れた! 今世紀最高のいい一枚が撮れた~! カッコイイ彼の横で、本当に嬉しそうな自分の表情を見ると、なんか……なんか……、


 喉の奥が熱くなってくる……。


 高校を卒業してから、こんなに嬉しそうな表情をしたことは……なかった……。

 一人で寝起きして働く毎日。知らずに身に付いた作り笑い。社会の中に突然一人で放り投げられ、弱音を吐かずに頑張ってきた日々に……心の底から笑える日なんて、なかった……。

 二人に写真を送ろうとしたスマホの画面が、滲んで見える。直ぐに写真を送ろうとしていたのに、大事な思い出の写真を易々とバラまいてしまうような気になり、スマホを操作する指が動きを鈍くする……。


 ――っていうか……。凄く勿体ない。


『また今度、見せるわ』

 と返信すると、

『ふざけるな~、散々心配させといて!』

『そうよ! ランチ代だって私達が立て替えたのよ!』


 キャー!

 怒りの返信スタンプ連発が……マジで怖い~!


『早速、明日の夜見せろ~!』

『写真じゃないぞ、実物よ~!』


 ……実物をですって?

 ……二人には確かに迷惑も掛けてしまった……。しょうがないか。

『考えとくわ』

 と返信し、その後の返信メッセージは放置した。バイブレーターがブーイングのようで本当にウザイわ……。


 スマホの待ち受け画面に彼とのツーショットを設定すると、――やばいわコレ、やば過ぎるわ~。もう、幸せっ!

 今まで友達に何度か見せつけられたツーショット写真……鬱陶しくて仕方なかったのだが、自分がやると見せたい気持ちっていうのがよく分かる。


 ……今になって、すっごく分かるわ。



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