表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/24

不純……かしら?


 お昼ご飯は同じデパートに務める友達二人といつも一緒に食べている。

 デパートの十階にあるイタリアンレストラン、『エークタスパ』は、今日もほぼ満席状態だ。店長をはじめ、このお店の店員は全員スタイルが良く、颯爽と歩く姿はモデルのよう。男性店員目当てに若い女性客の支持を得ている。

 わたしもその一人だったのかもしれない。ほぼ毎日来ている常連客なのだから……。


「佳衣、遅い!」

「ゴメンゴメン」

 先に入って席をとっておいてくれた優香(ゆうか)と菜々(ななみ)に謝り、丸テーブルの空いた椅子に座った。この二人も同じデパートで働いている同期入社の友達なんだけど、学歴が違うからわたしよりも二歳年上だ。


 西川優香は五階のブランドショップ。

 小谷菜々美は七階の小物雑貨屋さんで働いている。


「ランチに来る前に、急に呼び止められて仕事押し付けられちゃって、慌てて済ませてきたの」

 ハアハアと息を切らせて見せるが、走ったのはエレベーターまでと、エレベーターからのほんの少しの距離だけ。

「ああ~、まだ手がイカ臭いわ」

「……」

「……」

「「……」」

 わたしの声に、店員もこちらを見てギョッとしている?


「いや、さっきさあ、冷凍のイカソーメンを二十パック詰めてくれって急にジジイが言うからさあ、もう手袋するのも面倒だし、そのままババって詰めたのよ。冷たいのを我慢して。それで時間がなくなって、慌てて来たからもう手がイカ臭くてイカ臭くて……。ほら」

 そのイカ臭い手を二人の方に差し出すが、二人とも嗅ごうとはしてくれない。

「嗅いでごらん、イカ臭いから」

「ごめん、いい」

 差し出したわたしの手から二人がスッと遠ざかる。


 そりゃそうよね。『臭いを知って嗅ぐはたわけ』ってことわざがあるもんね……。


「これでも一回洗ったのよ。でもイカ臭いのがなかなかとれないのよ~」

 もう一度自分の手の匂いを嗅ぐ。やはりイカ臭い。爪と指の隙間がとくに臭い!

「……っていうか、イカ臭いってあまり大きな声で言わないでくれる?」

 優香が少し眉間にシワを寄せ迷惑そうに言う。なんか……怒ってる?

「そうそう……イカだって可哀想だわ。イカってイカなんだからイカ臭いはずでしょ。体臭みたいなものよ。イカ臭いんじゃなくて、イカの匂いって言うべきよ」

「えっ、そっちー!」

「「……?」」

 優香の突っ込みどころが分からない。「大阪人の突っ込み」ってやつなのだろうけれど……。


「コホン! あまり店内で……「イカ臭い」と連呼しないでいただけますでしょうか……。当店自慢のイカ墨パスタが売れなくなってしまいますので」

 店長自らがそう言ってテーブルに真っ黒のパスタを置く。イカ墨スパゲッティーだった。

「え、これ注文していませんけど?」

「いつもご来店頂いておりますので、サービスでございます。濃厚で僅かに甘いイカ墨のソースは、アルデンテに茹でられたパスタと相性抜群。是非お試しください」

「「ありがとうございます!」」

「他のお客様には内緒でお願いします」

 ニッコリ微笑むと、店長は厨房へと戻って行った。歩き方が凛々しい。

「なんか得したね」

「そうだね、さっそく頂きましょ!」

 三人で唇と歯の隙間を真っ黒にしながら、イカ墨スパゲッティーを吟味した。


 少し食べてお腹が落ち着くと……二人に昨日のことを話すことにした。……朝から言いたくて言いたくて~ウズウズしていたのだ――。


「昨日さあ、酔った勢いでイケメンに声を掛けてみたら……急にわたしについてきてくれてさあ~……」

 昨日は実際に何を話したのか……あまり覚えていないのだが、上機嫌で話を続ける。

「キスまでしちゃった~」

「ええーいきなりキス? 嘘でしょ! 佳衣がまさかの――イケメンに逆ナン?」

「へえー、やったじゃん。佳衣にもとうとう遅い春が来たんだ」

「へへ」

 遅い春って言わないで欲しいわ……。笑顔を見せるとお歯黒のような黒い歯が姿を現す。


「わたしの家に泊っているのよ。もうウキウキ」

 きゃっ、言っちゃった! 急に二人の顔が笑顔から真顔に戻る。あれれ? いきなりの嫉妬ですの?

「――え? 初対面の男を家に泊めたの?」

「そうよ。今も家にいるはずよ」

「だ、大胆!」

「でもそれってやばくない? なにか大事な物とられなかった?」

「大事な物……?」

 ああ、あれのことか。

「それがさあ~。酔って寝ちゃったから大事な物を奪ってくれなかったのよお~グスン」


「「グスンじゃなーい!」」


「――不用心よ!」

「ふしだらだわ。ああ~不純だわ!」

 優香は頭を抱えてガッカリし、菜々美は口元を隠して驚いている。

「で、連絡する方法はあるの?」

「う、うん。わたしの古いスマホ渡してきた……」

「すぐに掛けなさい! もし出なかったら急いで帰るのよ」

「え? ええ」

 優香……そんなに焦ることないのに……。


 トゥルルルル……トゥルルルル……トゥ、ツーツーツー。


「あれれ、コールしたのに切られたわ?」

「それって「着信拒否」したってことじゃない! 今すぐ帰りなさい!」

 ええ、今すぐ?

「でも、昼からも仕事があるし……」

 ジジイとババが許してくれないわ。

「仕事どころじゃないって! 家じゅう荒らされて逃げられていたらどうする気なの?」

「それなら大丈夫よ。ちゃんと鍵かけてきたから」

 鍵はしっかりわたしのバッグに入っている。


「「――外から鍵かけて……なんの意味があるのよっ!」」


 二人の声に驚いて立ち上がる。その通りだわ!

「もし泥棒だったら、ちゃんと警察に被害届を出すのよ!」

「――うん、わかった」

「鮮魚コーナーにはわたしが上手いこと言っておくから、早く帰りなさい!」

「うん、ありがとう優香」

「――! 口の中、真っ黒だから喋る時に口を開けないのよ!」

「……!」


 ええー、じゃあ、どうやって喋ればいいのよ!


 バッグを持って店を出ると、鮮魚コーナーへは戻らず、直接マンスリーマンションへと走って帰ることにした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ