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お別れ……ですわ


 道頓堀戎橋。夜の十一時〇〇分。

 無言で夜空を見上げていた。もう、なにを話していいのかも分からなかった。連絡先や合う方法……聞いてファンを苦しめたくなかった。


 一瞬、夜空の星が黒く丸い形に消えたかと思うと、灰色の戦闘服をまとった衛兵騎士団が、急に四人橋の上に降り立つ――。


 ――誰? 急にどこから現れたの――!


 きっと夜空から飛び降りて来たんだわ! 軍隊のように、真っ黒のパラシュートを開いて……。近くのビルに黒いパラシュートが引っ掛かっているかもしれない。


『ファンディル公爵、御無事でした! まさか本当に十日もの長期間、調査滞在されるとは思っておりませんでした』

『お急ぎください! 間もなく転送いたします』

 急に現れたかと思うと、せわしなく周囲を見渡し、ファンを守り囲むよう隊列を整えるのだが、――足音が聞こえない。着地した音も、歩く時も、まるで忍者のように静かだ。ブーツを穿いているというのに。

 わたしは驚きと、四人の男が持っている大きな銃のせいで、口からなにも言葉を発せられなかった。

「……」

 ファンは振り向いてわたしを見つめる。そっと近づこうとすると、衛兵騎士団の銃が一斉にわたしに向けられた。

『ファンディル公、危険です!』


「え?」

 戦闘宇宙服でくぐもった声。日本語じゃない地球とは違う言語……。もはや音……。


「撃つな!」

 ファンの一声に銃を構えた衛兵は即座に銃を上へ向けてその意に従う。

 四人の衛兵の間から一歩進み出ると。その時わたしは、初めてファンの言葉を信じていなかったことに気付かされた――。


 残された二人の時間が、終わりを告げることに気が付く――。


「予は……佳衣が好きだ……」

「……え?」

「最初はなんとか十日間この星に身を潜めるため佳衣に近づいたが、違った。予がこの星に降り立ち佳衣と巡り合うのは、奇跡であり運命だったのだ」

 そっと手を差し伸ばしてくれる。

「……佳衣と……この星で出会えた奇跡を大切にしたい。もう一度だけ聞く。この星の未来を救うため……予と政略結婚をするために、惑星パレールマイヤーに来るか?」

「――え。政略……結婚? 惑星あっ……パ……バレル?」

 ファンが早口で言った言葉の意味が……咄嗟に理解できない。


 その時――!


 耳の所に手を当てていた衛兵の一人がわたしの言葉を聞いて理解すると、日本語で口を挟んだ――、


『――ファンディル公爵、やばいですよそれは! 公爵には婚約候補の侯爵令嬢が、ひいふうみいよお……四人もいらっしゃるんですよ!』

 指を折って……数えている……?

『おまえ、それ言ったらあかんやろ!』

『いや、そんなことより急がなあかんて! あともう、三十秒を切っとる! それに、転送装置だって予備はおまへんで!』

『うわやっべえ、お、お急ぎ下さい!』


 銃を持ったままの衛兵達の会話は聞き逃さなかった――。聞こえてしまった……。


「婚約……候補――」


 ってことは、もしわたしが彼に付いて行ったとしても、結婚できない――。五分の一の確率……とはいかない――。

 一生侍女扱いってわけ? なのに、なのに――! そんなこと、今まで一言も聞いてない!


 四人も愛人がいたなんて、ファンの口からは一言も聞いてない――!

 張り裂けそうな痛みが胸を貫いた――。


 キッと睨みつけて、一歩近づく――。


 パシーン!

 ――!


 公爵の綺麗な白い頬にわたしの掌の形が赤く色付き、ファンは……ゆっくりと目を閉じた。


『この女! 比類なき無礼――極刑覚悟か!』

『自分が何をしたのか分かっているのか――! この身の程知らずの原住民がっ!』

 再び銃が向けらたが、ファンが無言でそれを制する。怒ってもおらず、背を向けたわたしに微笑みながら優しく声をかける。


「佳衣……ありがとう。ここでの生活は楽しかった。……感謝している。が――もう、お別れだ」

「どこへでも帰れバカあ~! もう……もうしらないっ! もうご飯も食べさせてあげない!」

『……そろそろお時間です』

「――待ってく



 泣き崩れるわたしの背後が、急に静かになり……振り返ると、そこには誰もいなかった――。


 ――!


 クラクションの音と、流れる車のヘッドライト……。今の今まで話をしていたファンが、こつ然と消え去っている――。足音さえも残っていない……。


 ファンの言っていた妄想話が……すべて本当のことだったと知った……。なのに、わたしは何一つとして彼が言ったことを信じていなかったことに気付くと、頬から顎にまで……冷たい涙が伝った。


 ……本当だったんだ――。

 しゃがみ込んで泣いた。嗚咽を上げ子供のように――。


 ファンと出会ったあの日のように、四つん這いになって泣いてしまった……。出会った時から今までが、夢か幻覚を見ていたのかと、恐怖さえ感じてしまう。


 道行く人が全員わたしを……チラ見して通り過ぎていく。彼が消えたのを目撃している人もいるはずなのに、誰も何も言わずに、まるで道端に落ちた石ころを見るようにわたしを見て、通り過ぎていく。


 初めて知った――。

 泣きすぎると……鼻水も……止めどなく流れ落ちるってことを……。


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