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最後の日


 わたしより彼が先に起きて……本を読んでいるのが、これからもずっとずーと続くものだと思っていたのに……。

 

 無言の朝食。

 ファンも話さない……。


 チュル、チュルチュルチュル~。


 ――話さないけど、音だけは狭い部屋によく響く……。



 今日は仕事を休んだ。直前に連絡して仕事を休んだのは初めてだった。スマホ越しにジジイの罵声がうるさい。

『最近たるんどるぞ! そんなことで「日本海直送」を継げるのか!』

「継ぐ気なんてさらさらないわ! ……今日だけよ。明日はちゃんと出勤するから! じゃあ」

 スマホの電源を切り、誰からの連絡もシャットアウトする。今日という一日はファンとわたしのためだけに時間を使うと決めた。


 彼とずっと一緒に居たいと思って休みをとったのに……、そわそわ落ち着かない。彼は普段と変わることなく、座って本を読み続けている。

 何度、時計の針を見ただろうか。

 秒針の動く早さは同じなのに、時間だけがどんどん過ぎていく……。ファンに聞きたいことがいくらでもあるのに……。それを聞けば聞くほどファンがいなくなってしまいそうで怖くて、……ただ隣で横顔を眺めているだけだった。


 まるで世界が崩壊する予言の時が、刻一刻と迫るような悲しさ。

 どうしていいのか分からないもどかしさ。


 わたしがこんなに苦しんでいるのに……ファンはいつもと同じように本を読み続けている……。



 夜の十時になると、彼は決意を決めたように本を閉じ、マントを羽織った。緊張と不安が下唇をピリピリさせる。

「ファン……」

「……なんだい、佳衣」

 優しい視線が向けられると、もう彼の透き通るような綺麗な目を見つめることさえできなかった。

「行かないで――ほしいの……」

「……それだけは……できぬ。この機会を逃せば、予は二度と帰れなくなってしまう」

「いいじゃないの。わたしと、――ずっと、ずっと、ここにいてよ!」

 扉の前でドアノブを押さえて必死で抵抗した。しかし、そっと優しい手がわたしの顎に触れ、静かに彼にキスをされると……、とめどなく涙が溢れ出してしまい、気持ちが伝わってきてしまう……。


 ファンも自分の気持ちを選んだ……。わたしよりも彼には帰らなくていけない母国と、やらなくてはいけないことがあるんだわ。

 彼の口付けは……接吻の儀式のはず……。わたしと結婚しても構わないって証明……。ファンはわたしを愛している。そして、わたしもそれ以上にファンを愛している。


 ……なら……。


 大好きなファンの幸せこそ……わたしの希望……。


 ガチャリ――。

 ……泣きながら鍵を開けた。



 二人が出会った道頓堀まで見送り、最後は笑って別れることを決意した。



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