最後のお布団
「卿は予のどこが好きだというのだ?」
今日は早目に電気を消して布団に入っていた。
十日間というファンの言葉を聞いた後くらいから、ずっとわたしの鼓動は早まったままだった。
布団の中で見つめ合う二人の顔を、月明かりとオレンジ色の豆電球が優しく照らす。
「美しく整った顔も、高い身長も、それ自体なにも他を利するものではない。この地において予の王族としての権力、財源、名声、なにも賞賛されるべきものはない」
ご飯も一人じゃ食べられない。炊事洗濯、期待したこともない……。
ババに言われたことを思い出してしまう。イケメン以外のファンのいいところ……。明確な答えを出せていない……。
「……わからないわ。でも、一緒にいて欲しいって気持ち……だけじゃ、だめかしら……」
「そんな曖昧なもので、卿らは人を好きになれるものなのか?」
「……ファンも同じでしょ」
同じ人間でしょ?
「違う。予は人間だがこの地の人間ではない――」
……あっそう。
「でも、人間なんでしょ」
「……ああ」
そっと目を閉じ、口づけをした……。
お月様だけが二人の口付けを見守っていた……。
――!
慌てて彼はわたしから顔を――離した。薄明りでも分かる。とても驚いた顔をしている――。
――あれ? なんか、また……ひさびさにドン引きされている?
「卿は今、な、な、なにをしたと思っているんだ!」
「なにって……キスぐらいでなにを言ってるの?」
毎日、毎食、わたしが口移しでご飯を食べさせているじゃないの~。ディープと言えばディープな。
……舌まで彼に吸われ、食べられかけたことだってあるのに。キャッ!
「あれは――食事であって、せ、接吻の儀式ではないだろ! 卿は予の唇を奪った、つまりそれは――」
あー、言ってることイミフ。まったくの意味不明――。
「つまり、婚姻の誓いの口づけを半ば強引に佳衣が奪ったことになる! 王族の予に対するなんたる無礼――!」
婚姻の口づけ?
ああ、教会でチュッてやるのも、誓いの口付けというが……。
でも、なんだろう。この今更感……。
布団から一度出たファンは、またゴソゴソと布団い入ってくる。
「――そうか。そうだったのか……。卿の陰謀に予は気付いてしまった。卿は予を王太子と知ってしまい、結婚の儀式を行い、王妃の座を狙っていたのだな――」
――ええ! 結婚? 王妃?
……いや……それは願ったりかなったり~かもしれないけど……、
「陰謀はないんじゃない?」
「卿の陰謀は……こうだ――、
我が惑星パレールマイヤーへこの地から皇紀を送り込み、百年後に訪れるわが軍の侵略を未然に阻止する。
策としてはこの上ない。……しかし、果たしてそれでよいのか――? 卿はこの地の未来のためにここでの生活を全て捨て去り、政略結婚の道具にされてしまうのだぞ」
――どんな妄想でそんな言葉が出てくるのか分からないっ――!
でもね、政略結婚って言葉に……キュンキュンしてしまうのよ――乙女は~!
「わたしは……いいわよ」
「駄目だっ!」
――どっちだ~! この胸のトキメキを返しやがれ!
わたしだって、本当にどこか異国の素敵な貴族となら結婚したくてウズウズするけど、……こんな飛んでも妄想話をサラサラ言える厨二病の男とは……恋愛はともかく、やっぱり結婚は慎重にならないといけないのかもしれない……。
焦って結婚すると……、
仲の悪い……両親の二の舞になってしまうかもしれない……。
それに、ファンがわたしのことをどう思っているのかだって分からない。侍女って……次女じゃなかったように、わたしを使い勝手のいい道具くらいにしか思ってないかもしれないわ。
佳衣だって……わたしの名前を呼び捨てにしていると思ったのに……、「卿」だなんて相手の呼び方があるなんて……知らなかったのだ……。
今更気付くと、もの凄く恥ずかしいじゃない~――!
「予がこの星にきて明日、ちょうど十日が経つ。予を迎えに、あの場所に同じ時刻、一分間だけ衛兵騎士団が来る。」
……? なによその「竹取物語」のようなお星様物語。月からお迎えでもくるの? 月に変わって――お迎えよ……か?
「どうせ、明日で……観光ビザが切れるんでしょ」
「……。その時まで……考えておこう」
ガクッとなるわ。
「それに「考えておこう」って、なに? やっぱり決定権はそっち?」
「予が甲で、卿が乙なのに変わりはない。それはどこの地でも覆ることはない」
「好きにしなさいよ。もうしらない。わたし――寝る!」
聞いてないわよ、十日間だけの滞在だなんて! じゃあ、ファンはたった十日間だけの彼氏? たった、十日間だけの、ホームステイ?
わたしの体だけが目当てだったの……?
布団の中で背中を向けると、……後ろから当然のように手がトレーナーに入ってくる。そして、いつものように冷たい手で許可なくわたしの胸に触れようとする……。
だから、冷たくてヒヤッとするんだってば――! わたしが怒っているのが分からないの――!
……せめて手を温めてからにしなさいよと、いつも言いたかった――。
それに、寝にくいから……と。
拒もうともしたが……。
拒む理由が……わたしには、もう見つからない。
「佳衣は……あたたかい……」
ホッカイロ扱いですか……わたしの胸は……。
でも今日は、いつものようには眠れなかった……。いつもと違い、わたしの鼓動が早くなる。
「明日……帰ってしまうの?」
なにも言わずに頷く。月ではないにしろ、自分の居た国に帰ってしまう。
高級な黒塗りのリムジンが、マントをまとった彼を乗せて走り去る光景が目に浮かぶと、……喉の奥が苦しくなってしまう……。
「なんとか……ならないの?」
直接彼と連絡を取る方法が、わたしにはない。彼はスマホだって持っていない。
だとすれば、彼はどうやって帰るというの……。嘘なんでしょ? わたしを試しているだけなんでしょ?
それなのに、彼との別れが避けられない絶望感が、膨らみ続けてしまう。
「明日、あそこへ行かなかったらいいんじゃないの? それか、もうちょっとここに居たいってわがままを聞いてもらうとか……」
王太子っていうのが本当なら、それくらいの融通、聞いてもらえるはずでしょ。
「……銀河は中心部に近づくに伴い、動きが予測困難になっている。歪みの影響は我々の科学力においても解析できない。宇宙の膨張係数が部分によって僅かな差を生んでいるのだ」
――はあ? そういうのではなくて、観光ビザの延長とか、不法滞在が出来ないのか聞きたいのにっ!
ここで今……それ語る? 覚えておく必要があることなの?
「……この星のことは多額の国費を投資して数百年前から観測が続けられてきた。そして転送誤差がない……いわば転送時の安全が無人探査機で確認されたから予が来た。だが、地球から我がパレールマイヤーへ帰る時にはそうはいかない。時間が経ちすぎて少しでもズレた場所へ転送されれば、地表には降り立てずに宇宙のチリとなるか、星の中央部に埋まり、数万年後に化石としてほじくり返されるだろう……」
彼の妄想話……長い。
「数秒の違いと歪みの誤差により、中央研究省空間研究室の壁にめり込めば、予の命は瞬時に絶え、……フフ、後世の者はリアルな壁画になった王太子と笑うかもしれない」
なんか、……途中から眠くなってきた。
「――というわけだ。予が無事に帰らなかったとしても、進軍が始まれば百年後にはこの星に我らパレールマイヤーの精鋭部隊が到着し、ここに住む民は全て我らの奴隷となるのだ」
……奴隷?
「奴隷ですって?」
「……卿は聞いていなかったのか? 全ての民が奴隷となり、我らパレールマイヤーの貴族のために働かせられる運命にある」
「そんなこと……させないわ。わたしは侍女にはなっても、奴隷なんかにはならないわ」
ファンの奴隷なら……いいかも? と一瞬思いかけ、すぐに頭を振る。
縛られたり鞭で叩かれたりするのは……嫌よ。わたしはМじゃないもの……。
「百年後だから安心しろ。……お前はすでに死んでいる」
指を軽く指して言わないでほしい……。
わたしの本棚にあった漫画に書いてあったセリフだわ。
「クックック」
自分の言ったことに笑いをこらえている~。そしてまた当然のように……手を温めようとして服に手を入れてくる~!
どうしたいのわたしは……。
どうしたらいいの?
彼と別れてしまって……。本当にいいの?
布団の中でそっと振り向くと、顔が鼻と鼻が触れ合うくらい近くにあることに驚いた。
綺麗な瞳が窓から入る月の光に照らせている。
お別れはどうにもならないのかも知れない。
「だとしたら、今日が最後の夜じゃない……」
「そうだ」
「だったら……」
「だったら……なんだ?」
「……」
――最後に二人だけの忘れられない思い出を作りたいのに――。
「……予は……これ以上、卿とは一緒にいられない……。だからこれ以上、……僕たちは近づいてはいけないんだ……。
別れが……辛くなるから……」
急に冷たい涙が溢れ、わたしは咄嗟に背中を向けてしまった――。
いつまでたっても意気地なしなんだわ。そして、それはファンだって同じなんだと……気が付いた。
自分は公爵だの王位継承者だのと偉そうにしているが、わたしとなにも変わらない。
ファンもわたしと同じで――臆病者なんだわ――。
臆病な二人が付き合っても……一緒になれることは永遠に……ないんだわ……。




