敵襲
普段は歩かない狭い路地裏を歩いていると、前から原付バイクが走ってきた。
こんな狭い路地裏を走らないで欲しいわ……。せっかく繋いだ手を放さなくてはならない。
わたしが前を歩いてファンと一列になり道を譲ると、わたしとバイクがすれ違う時――、
「キャア!」
バイクに乗った男がバッグを強い力でひったくり、逃走しようとした――。
パーンパパパ、パーンとアクセルを急に吹かす。
「返して!」
成人のお祝いに、父にねだって買ってもらったバッグ――!
叫ぶのと同時に……ファンがそのバッグを目にも止まらぬ速さで男から奪い返していた。
一瞬バランスを崩してふらついた原付バイクは、逃げるのかと思ったが、キキキキーと向きを変え、ブオンと吹かして突進してくる――!
乗っている男の顔はフルフェイスのヘルメットで見えない。黒いジャンバーがその男を大きく見せる。
「ファン、危ないわ――逃げて! お願いだから!」
逃げる間もなく、ファンは立ち尽くしている。このままでは轢かれてしまう――!
思わず目を伏せた時、ファンアはその場でバイクを飛び越え、フルフェイスのヘルメットに膝蹴りを決めた。
――!
体操選手のようにそのまま空中で大きく一回転し、乱れぬ着地を決めるファンと、派手に転倒して回転するバイク――。
……驚きで声が出なかった。
倒れて首を押さえている黒いジャンパーの男へと近づいていくと、男は悲鳴を上げながらバイクを放置して走って逃げ去った。
バイクのナンバープレートは外されていた。盗品なのだろう……。エンジンも掛けられたまま、後輪だけがゆっくり回り続けている。
「大丈夫だったかい? 佳衣」
そっと奪い返したバッグをわたしに差し出してくれる。
「わ、わたしは大丈夫。 ファンこそ大丈夫だった? 怪我してない?」
「案ずるな。予はこの地の男よりもタフだ」
少し乱れた髪形を直す。
息一つ乱れていないのに驚いてしまう。わたしの胸はまだドキドキしたままなのに――!
「さて、面倒ごとに巻き込まれるのも困るから、我らも逃げようか」
スッと差し出された手に触れる。彼の手は大きくて暖かく……頼りがいがある。部屋で本を読んでいる時とまるで違う彼に、もう胸がときめいたままだわ。
「さ、早く」
狭い路地を走り抜け、人混みの中に紛れ込んだ。
「ハハハハ」
「なにが可笑しいの?」
突然笑い出す彼に少し戸惑ってしまう。
「ハハハ……済まない。久しぶりに外で体を動かしたのが楽しかったんだ」
「楽しかったですって――?」
あんな怖い思いをしたのに!
「ああ。身体を動かして一つぐらい佳衣の役に立つことができた。生きているって実感が湧く」
もう……。わたしなんかのために無理をしないでと言いたいわ。
「……でも、……わたしも楽しかったわ。怖かったけど、ファン、やっぱり格好よかった」
繋いだ彼の手、ずっと放したくなかった。
いつまでも、いつまでも……。




