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野蛮


 串を打たれたまま大きく口を開けている(さば)。大きな業務用のガスグリルで何十本も焼くと、鯖から落ちた油が波打つくらいグリルの下に溜まる。


 焼き具合を確認しながらババは煙草をぷかぷか吹かす。

 言っておくが鮮魚コーナーだって禁煙だ。デパ地下の休憩室には喫煙所がちゃんとあるのだが、ジジイとババは面倒臭いのだろうか、ガスグリルの換気扇近くで煙草を吹かしている。


 焼鯖に煙草の臭いがついてしまわないか、心配でたまらないわ……。


 焼き上がるのを待っていると、優香からスマホにメッセージが届いた。

『オッス。もしかして、怒ってた? ゴメンゴメン~。あんまりイケメンだったからちょっとからかっただけよ。彼氏も「冗談なのに」って言ってたわよ』

 わたしが悩んでいたのに比べて、優香の軽いノリにガクッとする。それに、ファンが冗談って……嘘でしょ。「嘘や戯言は言わない」といつも言っているもの……。


 返信しなかったが、わたしがメッセージを読んだのに気付いたのだろう。次から次に送られてくる。

『どうせ彼も佳衣に嫉妬させようとしただけよ。今時古いわ。まるで一世紀昔の貴族みたいね』

 嫉妬作戦? 古い? 

 ……どっぷり嫉妬してしまったわたしは……なお古いってわけ? 古代進むシーラカンス?

『だから、今日はいつもの『エークパスタ』でランチよ。言っとくけど、この間のランチ代もディナー代もわたしが立て替えたんだからね!』

 あ、そうだった。慌ててわたしも返信を打つ。

『分かったわ。許してあげる』


『……。そうこなくっちゃ!』

 ……。って文字……必要ですか?



 ランチは、二人からあ~だこ~だと話をたくさん聞かされたわ。


 騙されてないか? とか、絶対に他にも女がいる~! だとか、わたしの心配をしてくれるのは嬉しいんだけど、聞いていてどんどん不安になるのはなぜだろう……?

 でも、お会計の時、

「今日のランチ代を奢ってくれれば、この間の分はいらないわ」

 と優香が気を利かせてくれたのは嬉しかった。


 優香が働く五階ブランドショップは……デパ地下の鮮魚コーナーよりも儲かっているのね……きっと。



 すっかり帰りが遅くなってしまった。

 焼いた鯖の油を掃除中に零してしまい、床掃除が大変だったのだ。鯖の丸焼き……鯖の体重よりたくさんの油が落ちるんじゃないかしら。業務用グリルの下の受け皿には毎回溢れんばかりの油が溜まる。

 油だけをこまめに処理すればいいのだが、一回で全部処理しようとして床に零れた……いわば自業自得……。誰も責められない。


 なんだかんだ、わたしって毎日失敗しているような気がする……。

 ハア~。やになっちゃう……。



 デパートを出ると外はもう真っ暗で、街頭や電飾が目に眩しい。

 田舎と比べると、夜空の星がほとんど見えない。田舎の田んぼ道では、北斗七星の横でヒッソリと輝く不吉な星までハッキリ見えたというのに……。

 ぜんぜん羨ましくなんかないんだけどね……。


 きっと今頃……ファンはお腹空かせているだろうなあ。彼ったら、朝と夜、わたしとしかご飯を食べないんだから。勝手に食べたらいいからねと置いといたお菓子や、パンなどにもまったく手を付けない。本当にわたしと口移しでしかご飯は食べないんだから……。もう、面倒くさくて面倒くさくて……。

 病みつきになってしまうわ~。侯爵様ごっこ!


 マンスリーマンションのエントランスでニヤニヤしながら郵便物を確認していると、急に声を掛けられた。

「ああ、左近充さん! こんばんは~」

 ――!

「……こんばんは……」

 下の階の住人だった。


 名前はたしか……村野太治(むらのたいじ)……。引っ越ししてきた当初、一度食事に誘われたけれど、断ったことがある。わたしよりも背が少し低くて小太り。有名な大学を出ているらしいけど、そんなのわたしの知ったことではない。

 「ご飯を奢る」とか「有名大学を出ている」って言えば、女子が誰でもついてくると勘違いしているのかしら? あまり関わり合いたくないタイプだ。


「左近充さん、最近彼氏できたの?」

 思わず「うん」と返事しかけたが、プライバシーを話す必要はないわ。そんなに親しくもない……。

「僕の食事の誘いは「――男嫌いだから」って断ったのになあ……。覚えてる?」

「忘れたわ」

「ひどいなあ~」

 ちょっとなによコイツ! 早く帰りたいのに階段の前で邪魔をして通してくれない。

「ちょっと、通してくれる?」

「じゃあさあ、僕と食事に行ってくれるなら通してあげる」

「はあ?」

 なんでそうなる!

 見ると顔と鼻が少し赤い。酔ってるんだわ……。クリスマスのトナカイかっ――!

 まったくもって鬱陶しいわ! 酔った勢いで声を掛けてくるなんて最……低……。


「いいじゃん食事くらい。それにイケメンになんて、すぐ捨てられるよ。他にも女が絶対にいるはずさ」

 壁にもたれながらニヤニヤと喋るのが凄くムカついた。

「そんなことない!」

 無理やり横を通ろうとすると、急に腕を握られ、次の瞬間、彼の顔がぐっと近づいてきた――、

「ねえ~いいじゃん~」


 やだ――キスされる! 強く握られた手が汗ばんでいて鳥肌が立つ!


「放してっ!」

 彼の分厚い唇が顔を背けたわたしに触れようとしたその時、小太りの体が急にフワッと浮かび上がる――。


「やれやれ、嫌がる女性の腕を掴み、乱暴を働くとは……。この地の男はそうとう野蛮なようだ――」

「ファン!」

 嘘でしょ! 片手で首筋を掴んで軽々と持ち上げると、エントランスへと放り投げた。


 ――ドテッと落ち、ゴロっと転がる!


「いでで、なにしやがる」

 ファンをにらみつけるが、

「失せろ――!」

 威圧のある低い声に、抵抗することなくヒーヒー逃げ去ってしまった。役者が違うとはこのことなのかもしれない。ファンの体は鍛えられている。喧嘩したって絶対に負けることはないんだわ……。

「卿の帰りが遅いから、扉を少しだけ開け、チラチラ外の様子を伺っていたのだ。大丈夫だったか」

「う……うん、ありがとう」

 そっと抱き着こうとしたが、ここには防犯カメラが付いている~。


 ああ、でも気にせずに抱きしめたい。

 ああ、でも恥ずかしい。どうしよう……。


「……どうした?」


 ……どうもして、ないですわ。



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