縮まらない距離
デパートの外は雪が降りそうなくらい寒い――。
コートも着ていないわたしは、嗚咽を上げながら歩道を歩き続けていた。
「ファンの……バゥカ~ア~」
――もう家に入れてあげない!
――ご飯も食べさせてあげない!
――一緒に寝てあげない!
――ご飯も食べさせて……パンも食べさせてあげない!
一生許してあげるもんですか! 男なんて、男なんて、二次元で……。
……二次元で、二次元なんかで……。
……もうわたしの心は満たされない――。
ファンの体の温もり――。一緒にいるときのドキドキ――。二次元なんかで誤魔化すことなんてできない……。もう、できないよお――! 立ち止まると、体がどんどん冷え、冷たい涙が顎から首筋を伝い、さらに体を冷えさせる。
寒いわ……、心臓がその鼓動を止めてしまいそうなくらいに……。
「コートを忘れているぞ、……佳衣」
「――!」
真っ黒な空を見上げ泣いていたわたしに、そっと声とコートを優しく掛けてくれた……。
吐く息は白く、走った後なのか、少しだけ荒い……。
「――な、なんで、なんで追掛けてくるのよ! わたしだけじゃないんでしょ! あなたの侍女は――!」
そういって背中を見せる。
一生許してあげないって決めたのに――。もう涙が零れ、一分も経たないうちに許してしまいそうな自分の気持ちに釘を刺す――。
抱き着いてしまいそうな衝動を、必死に我慢する――。
「予に仕える者は侍女の他にも大勢いた。……だが、ここでは卿しかいない。あの者達も戯言を述べていたに過ぎなかった。この予に対して……」
ファンがいたところのことは何も知らない――。でも、ここではわたしだけなんでしょ――。だったら、だったら――、
「わたしだけにして――。あんな思い、もういや!」
「……侍女の仕事を一人でこなすというのか……。事情はよくわからないが、大変だぞ。覚悟はよいのか?」
咄嗟に頷いた……。大きく頷いた……。
けど……。
え?
覚悟が必要なことなの……?
「……それでも構わない。誰かにファンが取られるのなら、なんだってできるわ」
彼の唇は……他の誰にも奪われたくない――!
そんなところ、見ていられるわけがない――!
涙で濡れた顔を、ファンの胸へと擦り付ける。わたしのせいで彼の体も冷えてしまった。
思いっきり抱きしめた。抱きしめたのだが、ファンは……軽く肩へ手を回して抱きしめてくれるだけだった。
彼との見えない距離を感じた……。
優香や菜々美からは……なにも連絡をしてこなかった……。
家に帰ると気まずい空気が漂い、普通に接することができなかった……。今日も……おあずけなのね……。
それなのに……?
でも……?
キッチリ食べそこなった夕食の代わりに、部屋でカップ麺を口移しで食べるし~、夜は「予は寒い~」とか言って、わたしのトレーナーに手を突っ込んで――、
心地よさそうに、スースー眠っている~!
「ムニャムニャ……けい」
寝言で名前を呼んでいるところなんかが……普段の偉そうにしているところと違って可愛い。
「……まあ、……いっか」
なにをされても、許してしまうかもしれない危険な魅力を感じてしまう……。
「侍女の……事情……ムニャムニャ」
ひょっとして……ダジャレだったのですか!
……今日も眠れないと思っていたのに、気が付くと朝まで熟睡していた。
彼と一緒に狭いベッドで寝ることに、……すっかり慣れていた。




