ONE DAY (オリジナル手直し前)
日常は非日常。繋がっている様で遠い存在。画面越しに見える存在は幻想かもしれない。しかし、変化は突然やってくる。
「ワンデイ~♪泣いて笑って~♪」
人気のない海岸沿いで男の歌声が波に響く。ギターを抱えて海に向かい思いを込める。
彼の名前は『坂田 明善』。26歳のしがないサラリーマンだ。彼の日課はこうして人気のないところで引き語りをすることだった。それともう一つある。SNSでのやりとりや、ネット配信ラジオである。
誰でも簡単にWEB配信ができるような時代なのだ。
家に帰ると彼はギターを指定の靴箱横に置き、スマートホンのアプリを立ち上げる。慣れた口調で彼は口元を動かす。
「はい、初見さんいらっしゃい。」
SNSやこういったWEB配信にはそれなりのマナーや、ルールがある。例えばこの場合画面右下の閲覧数が増えるたびに、閲覧者に対して『初見さんいらっしゃい。』と言うのがポピュラー挨拶なのである。
と言っても、明善のWEB配信は人気があるとは言えずやっと来た閲覧者もすぐに去ってしまい´明善の独り言´とでも呼んだ方がいいのかもしれない。
公の場のインターネット上でこの様な事をするのだ。内心誰もが気付いているのだろうが彼は寂しがり屋なのだ。
そして、このWEB配信の一回の持ち時間は三十分。アプリ内に誰もが持っている『コイン』というものを投げられれば配信時間は伸びるのだか無論、彼にコインを投げてくれる人はいず三十分の持ち時間を彼は毎度の事のように淡々と時間が流れる。
傍から見たら何が楽しいのかわからないWEB配信の独り言だが、これが彼の日課なのである。
彼の仕事はサラリーマン。営業の毎日。仕事に不満はない。むしろこの仕事をしていなければ人と話す機会が殆どない。だから、今の仕事を大事に思っている。会社の人達も良い人ばかりで家族のように思えるほどだ。仕事に不満はないのだが彼には夢というか諦めきれないことが一つだけある。それが、音楽。今もこうやって信号待ちとかで時間があれば彼の両手はギターを触っているように見える。
時がたつにつれて仕事も忙しくなり、実際に弦を触る機会は減っていっていることは彼自身も気付いていた。今思えば最後にギターを引いたのはいつか思い出せないくらいだった。
靴箱横のギターは寂しそうに見えた。
そして、彼から日課が一つ消えた。もう一つの日課は不思議なもので閲覧数がどんなに伸びなくても毎日続けた。きっとこれが彼のある種のストレス発散にもなっていたのであろう。今日も一人来ては一人消える。変わらない日課が続いていた。しかし突然日常は変化し始める。
明善がいつものように日課であるWEB配信をしているといつものように閲覧者が一人増えた。
「初見さんいらっしゃい。」
明善はコメントに気付かず独り言を続ける。
「誰か、聞いている人いますかー?まあ、いるわけないよね。」
淡々と喋っていた明善がコメントに気付く。コメント欄が珍しく埋まっていていることに彼は驚きを隠せずに動揺し始める。
コメントは上から『こんばんは』『よろしくお願いします。』『良かったらお喋りしませんか?』『無視ですか?』『ねえ、コメント見てない?』。コメントを書いてくれたのは『かっぱまき』さん。彼は焦り口調で声をだした。
「かっぱまきさんすみません、普段こんなこと全くなくて気付きませんでした。」
すぐさま、かっぱまきさんからさんからコメントが返る。
『無視されているのかと思いましたよ(笑)』
「ホントにすみません。」
明善は時間を気にしていた。
「もう、30分経っちゃいますね。毎日この時間にやっているんで、良かったら明日も来てください。」
かっぱまきさんからまた明日も来ますと言うコメントが返ってきた。そしてかっぱまきさんは明善のチャンネルをサポートしてくれた。サポートという機能は、配信をしている主が配信を始めると通知が来る機能である。普段はエンディングぽい事なんかしてなかった明善だがこの日はカッコつけて決め台詞を言った。
「以上、あきよしの深夜の独り言でした。また明日。」
動画の配信が終わった。喜びを隠しきれず、部屋の中でガッツポーズをしていた。
本日の彼はいつもと違う。仕事の調子が良いわけではない。度々言われたのが「今日はなんか目がキラキラしているね。」という言葉だ。言うまでもないが彼は昨日の件で顔を輝かせていた。何度も言うが、仕事の調子が良いわけじゃない。今彼の頭の中は仕事よりもWEB配信の事でいっぱいなのだ。案の定、いつもよりミスが目立つ。目がキラキラしているねというのも皮肉が混ざっているのかもしれないが何にも気にならない。それが今日の彼だ。いつもはサービス残業をする彼であったが今日はさっさと帰った。
軽い足取りでいつもより3時間も早く家に着いていた。いつもWEB配信をしている時間は21時。時間がありすぎる。彼はというと、柄にもなく発声練習だとかリハーサルをしていた。そして、配信の時間がやってきた。
「あきよしの深夜の独り言!」
活気強いオープニングコールとともにWEB配信が始まった。今日はいつも以上に観覧者数、コメントを気にしているかの様に目がスマホ画面から目が離せなかった。3時間ものリハーサルの甲斐があってかいつもよりはマシな配信だ。
開始して5分くらい経ってかっぱまきさんがやってきた。
『あきよしさんこんばんは』とコメントが入る。
「かっぱまきさん、こんばんは。来てくれてありがとうございます。」
明善から笑みがこぼれた。かっぱまきさんが遅れてきたことを謝り、ひとりに向けたWEB配信が始まった。話の内容は他愛もないものだったが、かっぱまきさんが明善の声が好きと言う。かっぱまきさんによると路上ライブをしている好きなアーティストさんに声が似ているとの事。それからあきよしさんも歌って欲しいとか、歌上手そうとか。しかし、明善が昔はよく弾き語りをしていたが最近は全く出来ていないと話すとかっぱまきさんから提案を持ちかけられた。
『だったら、ここで配信したらどうですか?』と。明善は迷うことなくあきよしはその提案に乗った。
そして、翌日から彼の新しい日課が始まった。
いつかを思い出すかの様な日常が戻ってきた。仕事中の車の中。信号待ちの彼の指はギターの弦を弾いているかの様に生き生きとしていた。
それから、あきよしの独り言は弾き語りがきっかけで閲覧者数が伸びていった。彼の声はかっぱまきさん以外の人々の心にも響いたのだ。その中でも、評判が良い曲が『ONE DAY』だった。この曲は彼が海岸沿いで毎日練習していた曲でもあってか、彼自身も十八番の曲であった。しかし、新規のコメントに埋もれていくようにかっぱまきさんのコメントも徐々に減っていってしまった。明善が気付くこともなく。
そんなある日の事だった。いつものようにWEB配信が始まり、ふとした瞬間に明善が呟いた。
「そういえば、最近かっぱまきさん見ないな。」
コメントには「だれ?」といくつか書き込まれた。
「かっぱまきさんって人のお蔭でこうして、ここで歌っているんだ。なんて言うんだろう。きっかけ?をくれた人なんだ。言ったら、初めての俺のファンになってくれた人かな。」思い出にふけるように彼は語っていた。
「そうだ、明日は外からの配信にしようかな。昔よくギターの練習していたところで。」
初心に戻りたい気持ちになった。初心に戻ればまたかっぱまきさんとお話ができるんじゃないかと思いたかった。彼にとってかっぱまきさんは特別な人だと気付いた。会えるなら、会ってお礼が言いたい。そんな思いが言葉にも出てしまった。
「かっぱまきさんに会ってお礼が言いたいな。」
恥ずかしくなった彼は5分の時間を余らして配信を終えることにした。スマホのアプリを閉じた明善はそのまま床に大の字で寝そべり天井を見上げため息をついた。
かっぱまきさんの事を思いながら彼は瞳を閉じた。
翌日の仕事終わり、車にギターを載せて海岸沿いに向かっている明善がいた。海岸追いに向かう時はいつも近くのコンビニに寄り腹ごしらえをしてから向かっていた。購入したかっぱ巻きを何気なく食べていると、ある日の事を思い出していた。
その日はいつもと違い、海岸沿いで腹ごしらえをしていた。今日と同じくかっぱ巻きを食べていた。目の前を一人の女性が通り過ぎていく。何かあったのだろうか、彼女は一人で海を眺めていた。しばらく経つと彼女は何処かへ行った。そして彼は誰もいない海に向かって、声を響かせた。
普段はかっぱまきなんて食べない。今日はかっぱまきさんの事を思い出してか手に取っていた。あの日は売れ残っていたのがかっぱ巻きしかなくてそれを買った。
突然、明善は急ぎ海岸沿いへと車を走らせた。
海岸沿いに到着するとスマホのアプリを起動していつもより早い時間にWEB配信を始めた。辺りを見渡しながら彼は大声で問いかけた。
「かっぱまきさん!かっぱまきさん!聞いているんでしょ!」
彼の声が辺り一面に響く。しかし返事がない。スマホ画面を見ると、閲覧者数が一人という表示が入った。
「かっぱまきさん、聞こえているんだったら返事して下さい。」
コメントの応答は無い。
理解できるようで、理解が出来なかった。偶然かもしれない。でも、あの時ここで海を眺めていた人、それがかっぱまきさんなんじゃないかと。
しかし相変わらず応答は無い。
立ちすくんでいるとコメントが入った。かっぱまきさんからだ。
「また、あきよしさんの歌を聴けたので私は嬉しかったです。」
たった一行のコメントにそれ以上の想いが詰まっていた。
かっぱまきさんは、WEB配信がある前から明善のファンだった。それがいつしか、明善が海岸沿いに来なくなってから好きだった彼の声を聞けないことがとても悲しかった。
そして、偶然見ていたWEB配信であきよしの声を聴き海岸沿いで歌っていた彼だと気付いた。
そして明善は思った。彼女がかっぱまきさんで、かっぱっぱまきさんが彼女なら今ここに来てくれているかもしれない。明善のスマホの画面が涙で滲む。それ以上のコメントが読めなかった。それでも、色んな事を理解できた。そんな気がした。
事実を知った明善は彼女に想いを伝えた。
「最初のファンがかっぱまきさんでよかった。ありがとう。」
「こちらこそありがとう、明善さん。」
明善達は、時間と共にWEB配信を始めた。