096 イベント
半ば呆然として窓から見える二人を眺めていると、今度は黒川が早霧にかき氷を食べさせている。
「ふふっ、あの二人も結構似合ってるよね」
その言葉でふと我に返って隣を見ると、微笑ましい表情で僕と同じ窓の外を見つめているすずがいた。
どっちも率先して僕をいじってくるという意味では、似たもの同士なんだろうけれど。それに二人とも運動は得意なほうだし、相性は悪くないよね。
それにしても、高校一年生の時からずっと同じクラスだったけれど、今までそういった素振りは見たことがなかった。
この夏休みに何かあったのかもしれない。
と思い始めた時に、今度は冴島と霧島の顔が浮かぶ。
……あの二人はどうなんだろう。早霧と黒川の事は知ってるのかな。……というのもあるけれど。
横幅の広い太ったパソコン好きな冴島と、大人しい料理部の家庭的な霧島と。
この二人の関係も――。
「誠ちゃん……、何を難しい顔してるの?」
「……えっ? あぁ、いや……、冴島と霧島はこのこと知ってるのかなって……」
咄嗟に最初に考えたことが口に出るけれど。
「……聞いてみたら?」
「ええっ!?」
驚きつつも窓から離れてグラウンド方面へと歩き出す。いつまでも早霧たちを眺めていても仕方がない。買ったクレープもあることだし。
というか本人に直接聞くっていうのは……、ちょっと抵抗があるなぁ。
「いや、それはちょっと……」
昇降口からグラウンドに出る段差へと差し掛かると、そのまま日陰になっているところへと腰を下ろす。
すずも僕の隣へと腰を下ろすと、そのまま手に持っていたクレープをはむっと頬張る。
……まぁ、何かあったら教えてくれるよね。
気を取り直して僕もクレープを齧る。イチゴに生クリームとカスタードクリームが混ざり合い、何とも言えない甘さがある。
というかちょっと甘すぎな気もしないでもない。
「ねぇ誠ちゃん」
「うん?」
掛けられた声に反射的に振り向くけれど、すず本人は僕の顔を見てはいない。
なんとなく視線を追いかけてみると……クレープ?
「わたしにも一口ちょうだい」
えーっと、――あっ。
「……イチゴもおいしいね」
僕の前で保持していたクレープが、身を乗り出してきたすずに食べられる。
「はい、わたしのもどうぞ」
思わず固まっていると、目の前にすずの食べていたチョコバナナクレープが差し出される。
もちろん差し出されたクレープはすずの食べた部分が欠けており、具であるチョコバナナがよく見える状態だ。
さらに両端が齧られた状態で、具の詰まった真ん中が残っているあたり、さりげない優しさが感じられる。
「じゃあ、いただきます」
これって間接キス……とふと思ったけれど、以前すずの家で野花さんとパスタをご馳走になった時を思い出した。
すでに体験済みだったことに若干冷静さを取り戻して、すずのチョコバナナクレープへと齧りつく。
「……こっちも美味しい」
「うん。誠ちゃんのイチゴクレープも美味しかったよ」
笑顔でまたクレープに齧りつくすず。もぐもぐと咀嚼して飲み込むと、唇に付いたチョコを舐めるように舌を出す。
艶のあるすずの唇へと自然と視線が向いてしまう。すごく柔らかそうなくちびるに――。
「……誠ちゃん?」
吸い寄せられそうになっていた唇が動いたかと思うと、そこから漏れてきたのは僕の名前だ。
ハッと正気に戻って視線を上げると、小首を傾げてこちらを見つめる純粋なすずの表情があった。
さっきはちょっと冷静になれたとか思っていたけれど、そんなことは気のせいだとでも言うように段々と顔が熱を持ってくる。
「……な、なんでもないよ」
恥ずかしさを隠すようにグラウンドへと顔を向けると、手に持っていたイチゴクレープに齧りつく。
そうなのだ。すずと付き合い始めて一ヶ月になるけれど、僕たちはまだキスをするにまで至っていない。
なかなかそういうタイミングもなく、そんな雰囲気にもならず……。
受験生ということもあって、そういえば二人でデートに出かけるということもまだしていないなぁ。
……まぁ、学校が終わったらいつも二人でいるからかもしれないけれど。
どうやら一緒にいる時間が長いからと言って、そうそういい雰囲気にはならないようだ。
「はぁー、美味しかった。次はどこ行こっか?」
クレープを食べ終わった僕たちは、次のお店を探すべく出店一覧のプリントを二人で覗き込むのだった。
「あの……」
アーチェリー部が主催の、一般人でも矢を撃てるところで、矢を放つすずを見ているときだった。
声を掛けられて振り返ると、私服姿の女の子二人組がいた。
「……なんでしょう?」
すでにお昼過ぎの時間帯だ。こうやって声を掛けられるのは……、今日で五回目くらいかな。ちょっと多い気がするんだけれど。
「黒野……一秋さんですか?」
「はい、そうですよ」
「――っ!! やっぱり!」
最初は声を掛けられるたびに戸惑っていたけれど、でもやっぱりそう簡単に慣れるものでもないのだ。
内心で焦る心を悟られないようにしていたんだけれど、どうも今回はちょっと反応が違った。
「あ、あの、私、黒野くんのファンなんです! それで……、あの、文化祭でイベントをやるって聞いたんですけど、本当ですか?」
……なんだって? イベント?
「へっ?」
まったく身に覚えのない話に、思わず変な声が漏れる。監督からも特に何も言われていないし……。
「え……、違うんですか……?」
もう一人の女の子が残念そうな表情になっている。
いやいや、っていうかそんな話どこから出てきたの。
「黒野くんのあの演奏が聴けるって噂なんですけど……」
演奏!? なんのこと!? ……って、もしかしてクラス対抗の合唱のことなのかな。
確かに伴奏はするけれど……。
「そ、そんな噂があるんだ……」
確かに音楽室での練習とか、昨日の予選とその前日のリハーサルとか、僕の演奏は隠すことはしてなかったけれど……。
それにしても一体、何が『黒野一秋』が文化祭でイベントをやることに繋がるんだろうか。
「まぁ、この後の三年生の合唱じゃ伴奏することにはなってるけれど……」
「ほ、本当ですかっ!?」
思わず呟いた僕の言葉に反応する女の子たち。
「あー、うん。よかったらあとで体育館に来てよ」
「はい! あ……、これですね!」
女の子が文化祭の案内プリントに目を落として、合唱の文字を見つけたようだ。
「うん。それだね」
「ありがとうございます! 絶対に見に行きます!」
それだけを告げると、「いい場所取らないと……」と呟きながら女の子二人組は満足そうに去っていくのだった。